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夢戻リダイアル  作者: やまは
夢と現実の一日
28/63

一章 27夢 長い一日の終焉

 ユミの手を取るコウ。向かい合う二人に新たな来訪者――カイが姿を見せた。

 手にはマントと、鞘に収まる立派な剣。それらを持って。

 マントはカイと同じもの。少しばかり汚れているコウの服装を隠すには十分。

 剣はシギリの物と似ている。王家の者の証なのだろう――鞘には装飾として紋章のようなものが見て取れる。


「……よし! ユミも行くぞ」


「……えっ!? 私、お邪魔虫でしょ?」


 カイの持ってきたものを身に付けるや否や、ユミへと振り返ってそう告げる。ユミは身を捻って驚愕の反応を見せる。


 剣を差し、マントを羽織った風貌は、改めて王子という名を冠しているのだと分かる。

 シギリとはまるで正反対。漂うオーラというものが違う。それは、シギリの方が圧倒的だ。だが、コウはコウなりの別のオーラが見える。

 ユミは目を奪われた。その姿に、そのオーラに、その全てに。

 ――――なんて、カッコいいんだ。と。


「ユミ、しっかりして」


「どぅわぁあ――は、はい! 私はしっかりしてますカイさん。……じゃなくて、これからしっかりしようと思います! はい」


 上の空のユミに呼び掛けるはカイ。彼女の言葉にあわてふためき、力一杯に言葉を羅列する。それもまたうわごと。


「……コウ殿下、何かされたのですか?」


「するわけないだろ。そんな目で見るなよ」


「……どうだか」


「カイ……俺を信用できないのか?」


「わーわー、待って、待ってー。ケンカはなしなし。私、しっかりするからー」


 二人の間に割って入り、両手を使って妨害を試みる。見やるのはコウ。カイを背にして、送られている火花を赤は浴びる。


「大丈夫だよユミ。そんなに慌てなくても」


 カイはユミの肩に手を置くと、そう言って柔らかな笑みを見せる。先ほどまでコウへと見せていた、冷ややかなものとは違う。いつの間にか、その場の空気は――いや、そもそも変わっていない。

 これはつまるところ、


「これはいつものやり取り……的な感じでしょうか?」


「「正解」」


 二人揃っての回答は、ユミに冷静さをもたらした。

 信用し合っているからこそできるやり取り。そんな二人を知っているからこそ、ユミはあえて蔑む目をコウに送る。


「ユミもそんな目で俺を見るな……お前のは結構効く」


 存外にもダメージは受けているらしく、胸を押さえ、声は落ちている。


「だと言ってますが、どうしますかカイさん」


「続けて欲しいけど、そろそろ出ないと本当に間に合わないよ」


 カイの追撃要求はあったものの、その言葉の意味にユミも流石に気づいている。だからすぐさまその目を止めた。

 ふざけている場合ではない。と、結果間に合いませんでしたでは済まされない。


「分かってる。でも、ユミを一人にはできない」


 コウもまた、それを理解し、真剣な眼差しがユミへと向かう。あとは彼女の返事次第。彼からしてみればそうなのだろう。


 ――――また、変にコウを苦しめている。

 そんな負い目がユミにのし掛かっていた。


「ごめん、コウ。私、また迷惑掛けてるよね……連れていって欲しい。私も関わった一人として、その結果をこの目で見届けたい」


 ユミはコウの目を見て、しっかりとその意思を伝えた。

 気を使わせたくない。わがままを言っている場合ではない。時間がない。だから行くと、今度は直ぐにコウの要求を受け入れた。


 今もっとも優先すべきことは、ユミの――自分の価値観ではない。コウだ。国だ。人の命だ。そのためなら、邪魔者だろうと自分を卑下するより、素直に従う。意味のないやり取りは、意味をなさないのだ。今、なすべきことはただ一つ。

 ――――戦争を止めること。


 ユミはこの世界で巻き込まれ、それを自分の意思で決めて、そして最後のピースをようやく手に入れた。あとは連れていくだけ。最後――『リダイアル』の、ループの元凶の終焉は近い。


「あぁ、分かった。行こう。お前の頑張りを無駄にはしない」


 マントをなびかせ、颯爽と歩き始めるその後ろ姿を、ユミはいつまでも見ていたいと思った。


「行くよ、ユミ」


「は、はい!」


 カイによって背中を押されて、ユミは進む。もう一度あの場所へと、その後ろ姿を共に追って――。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 魔獣『バドラ』。その速さは精々、馬ほどの速さだとユミは勝手に思い込んでいた。街道を走るバドラや、王都を駆けるバドラはそれほどの速さを出していなかったがためだ。

 だが、実際はそれを優に越えた。例えるならそう、車。その中でも特に速いレーシングカーといったところか。時速約百キロは出ていてもおかしくはない。

 大草原と言えど起伏はある。道もデコボコ。それなのにバドラの上では、一切の揺れも、風切りも、酔いさえも、感じなかった。

 流石は魔獣と言ったところか――曲がりなりにも『魔』と名のつくものの言われを、ユミは肌で感じとった。カイの背中の温もりを感じながらに――。


 大草原の会談場。そこにはイスも、テーブルもありはしない。

 その場の中心には、『コウ』と『カエル』と『屈強な老体』が話し合いの真っ只中。

 緊張の面持ちでその成り行きを見届けていたユミだが、それも直ぐに消えた。その会談は、重苦しい空気とは言い難く、和やかなまま、円滑に進んでいるためだ。

 そして、その時は訪れた。握手を交わして、コウと『カエル』がそれぞれの陣営に戻って来る。


「ど、どうだったの?」


 ゆっくりと歩み寄ってくるコウへと駆け寄り、その答えを待つ。


「とりあえず、一時休戦でまとまった。あとは、『メトン』殿が兄さんに伝書を渡してくれるだけだ」


「そ、それじゃあ……」


「戦争はない。最悪の事態は免れたよ」


 その言葉が嘘でないと、コウの爽やかな笑顔がそれを示す。

 ――――終わった。

 ユミは体の力が抜けていった。へなへなと、緑の地面へと落ちていくのを、コウが手を取って受け止めてくれた。


「お疲れさまでした、殿下」


「お前達のお陰だ。本当にありがとな」


 コウからの感謝の言葉が、しみじみとユミに浸み込む。

 ――――すべて終わった。

 改めてそう思う。

 長い長い一日。時間にしてたった三時間ほどの出来事。だが、ユミにとってあまりにも長い一日。死んで戻って――その繰り返しから脱したのだと。力が未だに戻らない。コウに甘えている。


「大丈夫か? ユミ」


「ご、ごめん。力抜けて……落としていいから」


「大丈夫だユミ。――お前案外軽いんだな」

「――こ、こここ、コウ!? ダメだよ……こんなの」


 ユミはコウの行為に、紅潮を抑えきれずに手で覆い隠す。その隙間から垣間見える彼の笑みが、さらにも増してそれを助長させる。

 コウの顔が近い。コウの温もりが全身を包む。コウの匂いがする。巡りゆく思考に冷静さなど皆無。だって今、コウに抱っこされているのだから――お姫様抱っこで。

 力の抜けたことによる僥倖。言葉は否定を羅列するが、心はそれを肯定している。


「いいんじゃない? 今は甘えなよ、ユミ。一番の功労者なんだし」


 冷静な側近の言葉は、その行為の正当性を示した。「だってさ」と、それに乗っかる王子。


「ありがとう――コウ。止めてくれて」


 コウの首へと手を回し、耳元で感謝を伝える。


「コウ、また会おうか。カイも、また」


 カエルこと――『ノイ』の声が響き、ユミたちはその方を見やる。

 中年男性こと――『ゼーブ』と共に、二人はバドラに跨り、ユミたちの近くまで来ていた。その言葉は、しばしの別れを意味する。

 流石にお姫様抱っこのままとはいかず、「お、下りるよ」と若干後悔しながらも、そう綴る。「あ、ああ。悪いな」と、コウもすぐに納得し、地に足を着ける。

 相手はカエルの也でも王子。コウと同様の地位なのだ。無礼があってはならない。


「ノイ殿も、ゼーブ殿も、また会いましょう。今度は別の形でお会いしたい」


「それはこっちのセリフなんだけどなぁ~まぁいいか。シギリ殿によろしくと――そこの赤髪の子も、また会いたいね」


 ノイの言葉に、ユミの心がピンっと張り詰める。ありがたい言葉に、頭は自然と下がっていた。

 繋がりは消えている。だけど、コウが繋いでくれたのだと、『会いたい』――その言葉がしみじみ刺さる。


「コウ様、ありがとうございました。カイ殿も、お変わりないようで――大事にならずに済んだのは、あなたのお陰だとノイ様から伺っております。上からで不躾ですが、私からも感謝を……ありがとう」


 ゼーブまでもがそれを並べる。感謝の言葉はまた、ユミを刺す。

 ――――うれしい。

 ある感情はそれだけ。二人とまた別の形で繋がれたのだと――そして、その形は今までの『リダイアル』とはい一線を画す。

 あの時は魔女。でも今は違う。ノイとゼーブの中で、ユミは魔女ではないのだ。それだけのことだ。


「ノイ殿下も、ゼーブ殿もご自愛ください」


「うん。それじゃあ、また……」


 バドラを振り返らせ、去ろうとする中――「待って!」と、ユミは声を強めて呼び止めた。


「どうしたの?」


「す、すみません。一つだけ覚えてもらいたいことがあって……いいですか?」


「いいよ。君は私たちにとっても恩人だ。何でも聞くよ」


「……ユミ。ユミ・ヒイラギです」


「……そうか――また会おう、コウ、カイ、そして赤髪のユミ」


「お元気で、ユミ殿」


 颯爽と手綱を握ってその名を呼んで去っていった。

 正式な自己紹介はまだ、二人にはしていなかったのを思い出した。二人から名前を呼ばれたのは、この日が初めてで、そしてこの時が初めてであった。


「……行っちゃったね、コ……ウ……」


 ユミはその場にバタリと倒れこんだ。押し寄せてきた疲れが一気に噴出したのだ。溜めに溜めて――緊張の糸が、今ぷつりと切れた。


「「――――!!」」


 コウの声が響く。カイの声も。返事をしたいが、出来ない。闇が来るのが怖い。だけど、自然とそれに飲み込まれた。その闇は、今までのとは違う。そんな安心感と安堵感の中、その闇はユミに夢を見せた。

 ――――異世界での楽しい日常。

 ここから始まる新たな物語を。今はユミの夢の中だけで――。

 ヒイラギ・ユミ。何の取り柄もない一人の少女が、心に植え付けた小さな欠片は、確かに叶った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 『夢』を叶えるのはいつでも自分自身。『夢』を見るのもまた、自分自身だ。

 『見る夢』と『見る夢』。似て非なるものは、確かに誰しも一度は『夢を見る』。


 『夢』には二つの意味がある。

一章はこれにて完結です。

一章と二章の繋ぎの話を一つ挟んで、二章へと続きます。

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