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夢戻リダイアル  作者: やまは
夢と現実の一日
27/63

一章 26夢 約束

 ――――コウが現れた。

 その事に、ユミの胸の高鳴りが一気に跳ね上がる。

 その声のする方へと、今すぐにでも視線を向けたかった。だが、今なお向かい合う人物の――シギリの視線が外れていない。

 迂闊な約束をした赤を、嘲笑うかのようにそれを忠実に遂行しているシギリ。それだけに、ユミも外せない。逸らせない。見やることができない。

 だが、待ちに待った人物の解放を成し得たユミだが、今の心境は複雑に絡み合う。


 ――――よかった。

 と、安堵の気持ち。


 ――――何で来たの。

 と、若干の戸惑いの気持ち。


 ――――なに……こんな状況。

 と、冷静な気持ち。


『目を逸らしたら命はないと思え、ユミ』


 そんなユミの思考は、その言葉によって瞬時に上書きされた。それを表すならそう――恐怖におののく気持ち。

 小声ながらに、シギリの込めたそれの本気度が常軌を逸している。それは、絶望の淵に叩き落とされたときと似て――抗えない。


「はい」


 ユミは震えながりそう答えた。トラウマはいつ再発するか分からない。

 コウが来ているというのに、そのことなど気にする素振りも見せず、ユミの顎を持ち上げて見つめるシギリ。

 その男――何を考えているのか、まるで読めない。

 それだけに、この後のシギリの一挙手一投足から目が離せない。それは、直接的にも間接的にもだ。


「やぁ、コウ。お前の方こそ、ここに何しにきた。カイはもう出掛けたぞ」


 それは、とても軽い口調あった。

 まるで何事も無かったかのように平然と、現れた弟にそう綴ったのだ。


 ――――あり得ない。

 ユミは心の中でそう言った。

 情勢は大きく覆っているはずなのだ。その決定打がコウ。彼が現れたにも関わらず、揺れ動くどころか、シギリは平然としている。とぼけたことまで抜かす余裕まで見せて。

 ただ、それらを隠さんとして振る舞っているわけではない。何故なら、その青き双眸には一転の曇りも見せてはいないのだから。


「カイなら私の服と剣を取りに行ってますよ。――その子がユミですか?」


「あぁ、そうだ。珍しい赤髪の少女……お前の女か?」

「「――――!!」」


 ユミとコウ。予想の斜め上を行くシギリの言葉に、二人揃って反応する。だが、それは似て非なるもので、ユミは紅潮したのに対し、


「冗談にしては少し、兄上らしからぬ外しようで」


 流石に初対面の女を自分のものとは言うはずもなく――コウは呆れたように返したが、


「ただ、その子は私を救ってくれた。それは紛れもない事実。できれば、兄上のその行いを今すぐ止めていただきたい」


 コウは片ひざをつき、頭を下げて懇願した。そしてさらに続ける。


「私にとっても、カイにとっても、ユミは大切な娘です。どうか……お願い致します」


 コウの誠意の籠った声に、流石のシギリも対応を見せた。ユミから手を放し、コウのその態度を見下ろすように立ち上がっている。

 シギリの双眸が逸れるや否や、ユミは後方に倒れそうになるのを両手を着いて止める。そして、すぐさまにコウへと視線を移した。捉えたのは、あの時と変わらない姿。確かにこの場に彼はいた。


「コ、コウ……よかった」

「――ならば、コウ。今一度牢に戻ることも覚悟の上だろうな?」


 安堵するユミを他所に、シギリは剣をコウへと突き付けながらにそう言い放つ。


「それ以上のことを受け入れる覚悟でここに来ています! ユミを解放してください、兄上!」


 だが、コウは怯むことなく――そして、臆することなくシギリを見上げてそう、強く言い放った。

 その双眸に曇りはシギリ同様に感じ取れない。遠目からでもそれがはっきりと伝わる。同じ青き双眸が向かい合う。


 完全な場違いのために、ユミは何もできずにただ黙ってその二人を見届けるしかなかった。この際、空気なのは致し方ない。


「……フッ、なら好きするといい。あの娘はどうやら私ではなく、お前に興味があるようだ。――厄介な赤にならんといいがな」


 シギリは剣で空気を切り裂き、鞘へと納める。そして、そのままこの場を去ろうとするが、


「厄介な赤にはなりませんよ。カイは私と似ていると言っていましたので」


 コウの反論の言葉に、それは止まった。だが、振り返って向かい合うことしない。徐に立ち上がり、その背中を見つめるコウと。


「それは自分を厄介者だと認めたことになるぞ、コウ。いつまでも魔女嫌いの王子でいる自分を少しは見つめ直せ」


「……っ、それとこれとでは話が別です!」


 痛いところを突かれたか、コウの表情は歪む。

 『親魔国』の第二王子でありながら、魔女を嫌う。国の中での評判はいささかよくないのだと、事情をよく知らないユミでもそれは分かる。


「別ではない。今に分かる」


「どういう意味ですか、兄上」


「知りたいのなら、今すぐ牢に戻れ。それ以外では教えられんな、ハハハハ」


 教える気などさらさらないと言わんばかりの条件の提示に、コウは何も言い返さなかった。いや、言い返せないのだ。話は終わりだと――そう告げる条件であったのだから。

 笑いながらに去って行くシギリをただ見送るしかできずにいる。それはユミも同様であった。

 しばらく、呆然とする時が流れる。


 一矢報いたはずだった。コウの登場はそれに拍車かけたはずだったのに、シギリはそれでも変わらない。平然とコウをあしらって去っていったのだ。


 ――――勝てない。

 あまりにも格が違う。役者が違いすぎるのだ。そう植え付けるには十分すぎるほどの、『力』を誇示した。

 ただ、ユミは生きている。この場にはコウがいる。

 まるで見逃してくれたかのように、二人は放置されたのだ。


「……はぁ。敵わんな、本当に……」


 その場に座り込んで、頭をかきながら項垂れるコウ。


「そうだね……でも、見逃してくれたみたい」


「そうだな……何かされたか、ユミ。そうだとしたら俺から謝る」


「うんうん。何もないよ。ありがとうコウ」


「いや、俺の方こそ助かったよ。ありがとなユミ」


 それぞれ座りながらも、お互いを確認しあって感謝の言葉を口にする。二人揃って、にっこりと笑顔をつくって。


「そ、それよりコウ。早く行かないとまずいんじゃないの?」


「あ、ああ。そうだな」


 お互いの笑みに紅潮し、そっぽを向く二人。ぎこちないやり取りの中、次なる行動のために立ち上がる。

 コウはこれから大事な会談が待っている。だがユミはというと、


 ――――何もない。

 全てが終わって、さてどうしようかと途方に暮れ、がっくり項垂れる。


「どうしたユミ? そんなに落ち込んで」


「えっ!? う、うんうん。何でもない。何でもない」


 手を振って、慌てて誤魔化す。だが実際は、死活問題に直面している。生き抜く術がないのだ。

 この先、どんな未来が待っているか分からない。それが未来。それ普通だ。しかし、ユミの未来はとてもじゃないがいいものとは呼べないだろう。それは、赤のために。赤ゆえに。そして、狙われたという事実は決して拭えずに、ユミの中に居座る。


「……ユミ。俺はお前を『客人』として迎えたいと思ってる」


 ユミへと近づき、そう告げるコウ。


「……えっ。だ、駄目だよコウ。私なんか……」


 ユミはうつ向きながらに、それを断る。

 第二王子の客人。受け入れればそれなりの待遇で迎えられるだろう。だが、それは様々な意味でコウに悪影響をもたらすことになる。ユミはそれを望まない。そんな形とってまで、甘えるつもりなど毛頭なかった。


「ユミは俺の恩人だ。そんなお前をこのまま捨ててはおけない。それに行くところがないんだろ? カイから聞いたよ」


「……私、教養なんてほとんどないし、右も左も分からない。きっとコウに迷惑掛かるだけだよ……それに、こんな髪なんだよ?」


「こんなじゃない。きれいな赤だ。俺とユミを繋いでくれた赤だ」


 この世界を全く知らず、この世界の読み書きも出来ない。城でのマナーも、態度も、ましてや物珍し赤髪が側にいること何て――ユミは自分を色々と卑下したつもりだ。だが、コウはユミの一番のウィークポイントをストロングポイントととして捉えているようで、


「違う……ただ赤いだけ。何の役にも立たないの……」


 それを否定する。この赤がただの飾りであることを告げる。


「では改めて頼む、ユミ。俺の『客人』として、城に入ってほしい」


 コウは片ひざを着いてその構えを見せた。シギリに見せた懇願の構えを。

 ユミは今度、それを捉えた。捉えてしまった。

 幾度となく拒否を示したはずなのに、これではまるで強要だ。

 しかし、これほどに誠意がびしびしと伝わる構えがあるのだろうか。

 コウだからそう感じてしまうのか。王子だからそう感じてしまうのか。ユミの心は揺れる。


 ――――甘えたい。

 本音はそれだが、葛藤が蠢いて仕方ない。


「やめて、コウ。私何かに頭を下げないで……」


「いや、下げる。ユミが受け入れてくれるまで、ずっと下げてるつもりだ。――俺にお前の赤を見せて欲しい。お前の顔を見せて欲しい。そして、俺に甘えて欲しい。頼む、ユミ」


 力強くコウによって綴られる一つ一つがユミを刺す。

 偽りのない誠意だけに、それが嬉しくて――嬉しくて――ユミはすすり泣く。涙が溢れて止まらない。


「……ごめんコウ。私、身勝手に泣いて、迷惑掛けてる……」


「いい。俺は迷惑だなんて思ってないよ」


 優しく包み込むコウに、ユミは涙を拭って手を差し出した。

 それはあの時の約束――覚えていない約束を果たすために。


「……わがままなのは分かってる。分かってるけど……私にも甘えるって約束して欲しい」


「それがユミからの条件か?」


「……うん」


「わかった。プラノ王国第二王子、コウ・ゼネリアの名に誓おう」


 ユミから差し出された手に、コウは手を取った。

 その手と手は、確かに交わって――あの日の約束は果たされた。


 そして、新たな約束をもう一度紡ぎ出す。

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