一章 24夢 繋ぐ者
プラノ王国、第一王子――『シギリ・ゼネリア・プラノ』。
正式に王位継承はされていないが実質、シギリがプラノを治めている。
ユミとカイの前に、この場にふさわしくない人物の登場。それを彼女達は、それぞれ真逆の行動で出迎えた。
ユミは咄嗟にカイの背中へと隠れた。彼女の背中を掴み、その両手の他、全身を身震いさせている。
カイは会釈で対応した。城で働く身のため、それは必然。
ただカイは、ユミの震えが恐怖を纏っているのだと感じ取った。
先程、剣を振りかざした時と違う怯えよう――それは、『トラウマ』と呼ぶに近しいものに感じた。
――――震えている。
ユミから送られるシギリへの拒絶反応。それを受けながら、
「保護した者を兵舎に連れていく途中です。少女ということもあって、私が……と」
場を切り抜けるためにも、いつも通りに構えて答える。それは嘘を見繕って。
だが、
「私に嘘をつく意味があるのか?」
あっさりと見抜かれ、立場は危うい。
だが、
「流石はシギリ殿下。参りました」
それすらも折り込み済み。冷静に紡ぎ、頭を垂れて非礼を詫びる。
これで、はっきりしたことが二つある。
ユミはシギリを知っている。それは、恐怖を覚えるくらいに。
そして、シギリはユミに用事があってやってきた、と。
その用事というのは十中八九、魔女のことだろう。シギリもまた、魔女を匂いで判別できるのだから。
それはゼネリア王家の血筋がそうさせるのだと、カイはコウから聞かされていた。
「カイ、遊んでいる場合なのか?」
「いえ――それでは失礼します」
再び頭を下げて、その場をあとにしようと振り返る。そして、震えるユミを何とか歩かせて、去ろうとするが、
「待て、カイ。出掛けるのに、その子は必要なのか? 私が兵舎まで送る。置いていけ」
淡とした声色は、抑揚を出すことなくその命令を下す。
揺るぎない王族という最高位の存在。それだけに、その力は圧倒的だ。断ることなど当然できない。
だが、
「……それはできません」
カイはそれをきっぱりと断った。今大事なのは、ユミの――少女の心だ。
――――次は私が救う番。今、ユミが折れてはいけない気がする。
女の勘という、あやふやなものではあるが、それで方をつけるしかない。
魔女だと偽る罪を犯してまで、城へと――カイを指名したのには理由があるはずなのだから。
「何故だ、カイ」
「シギリ殿下はご存じかもしれませんが、この子は魔女。しかしながら、酷く怯えてしまっている。そうさせた元凶がいるのではないか、と思いまして」
「……私を疑うと?」
「いえ、そうではありません。そうではありませんが、殿下のお姿を拝見してからというもの――この有り様です。殿下は何かご存じありませんか?」
震えるユミを見せつけ、カイは冷静に問いただす。
これでもう、シギリは言い逃れができない。知らないでも、知っているでもそれだけで情報は得られる。
「……ふふっ、ハハハハ。参った、参った。流石はカイだ。まどろっこしいことは、無しにしよう。――用件を言え」
大胆不敵なまでの余裕綽々ぶり。それだけに、シギリからの情報を得られることは稀だ。見事にそのチャンスを作ったカイ。
「この子を――ユミをどうするおつもりで」
「聞きたいことがあるだけだ。――魔女と言ったな、カイ。その嘘だけは見逃せんぞ。そこにいるのは魔女ではない」
「知っています。だからこそ、シギリ殿下からその言葉を引き出したかったのです」
淡々と引き込んでいくカイに、シギリも流石に顔色が変化している。だがそれは、さらなる余裕というなの笑みにだが。
「ハハハハ。もういいカイ。――早く行け」
「……はい」
何一つ変わらず、笑い、命令を下すシギリ。だが、その命令は絶対。それ以上の戯れは許されない。
ユミは魔女ではない。それを知り得たうえで、シギリが聞きたいことは、つまり――、
――――ユミの持つ、魔女の証……。
カイはそう結論付ける。そして、この場に突如として来訪できたのは、それが魔女の匂いを発しているのだろうと、考えるのが自然だ。
「少しだけ、ユミと話しても?」
「構わん。ただ、時間は待ってはくれないぞ」
「はい。ご忠告、ご厚意、感謝します」
会釈でシギリに御礼申し上げ、カイは振り返った。
震えて何もできずにいるユミの頬を、両手で掴んで見上げさせた。
今にも崩れてしまいそうなほど、怯えきった表情をしている。いたいけで希有な赤が台無しだ。
「ユミ……私はあなたを置いていくしか、選択肢がないの」
「……いや! い、行かないでカイさん」
カイへと抱きつき、別れを惜しむ様はまるで、母と子だ。
「しっかりして、ユミ!」
そんな子を叱りつけるように、カイは声を強め、萎れた赤い花に訴えかけた。
いきなりの荒らげぶりに、ユミはビクりと反応する。震えは少し、違う意味のものを持ち始めていた。
――――この子は、強い意思を持って来ている。それを引き出す。
その片鱗を、カイは垣間見ている。今はただ、強大なものの前にひれ伏してしまっているだけだ。
「分かってるの? このままでは、シギリ殿下に何をされるか。あの方は容赦しない」
両肩を掴み、包容を解除させる。そして、その事実を再確認させる。
「……わ、分かって、ます。ただ、身体が言うことをきかないの。――怖い。あの人が、恐い」
「……なら、一つ――お互いに信頼してみる?」
「……え? どういう……」
突拍子もないカイの提案に、震えは少し治まりを見せていた。
「私はユミを百、信頼する。そして、ユミの全てを百、信用して上げる。だから、あなたも、同じように信頼して、信用して欲しい」
カイの手は、ユミの手を強く握って、その言葉を伝えた。
「わ、私はカイさんを一度だって疑ったことなんてないよ」
その双眸と言葉に、偽りの文字など確認できない。そこには、ユミの強い意思を感じる。
――――私を頼った理由はこれか。
初対面――ほんの数分前に出会った相手を、そこまで信頼し、信用できるかものか――否、それは出来ない。多少なりとも、曇りはある。
だが、ユミにそれはない。それどころか、あの人と同様――いや、それ以上に透き通っている。
目の曇りが一点もない。あったのはそう、綺麗なまでの双眸の輝きだけだった。
「……それが、私を頼った理由?」
「……はい。上手く言えないけど、私が会った人達の中で、カイさんは誰よりもコウを想ってる。涙まで出せるんだもん。カイさんは心がきれいな証拠だよ」
「それはどうも」
照れ臭くなるが、冷静にそれを追い出すカイ。ユミの言葉、一つ、一つが純粋無垢――混じりけのないもののために、鋭く刺さる。
そして、カイの脳裏をふと過る疑問。
――――この子はひょっとしたら、あの事まで……。
信頼し、信用したからこそ、ユミの行動の全ての点が繋がる。
今日という日。魔女。そして、『コウ』。
「……ユミは『ルテーノ』の回し者なの?」
「ち、違う。違うよ……私はどっちでもない。私は、私は……」
唐突に突き放したカイの言葉に、ユミは弱々しくなってうつむく。
回りくどいが、巡らせるしかない。誘導させ、それへと繋ぐ線を紡ぐために。
「ユミ、はっきり言って! あなたの為すことを! あなたの口からしっかりと、私に教えて!」
カイは声を荒らげた。
柄ではないがそれは、ユミを奮い立たせるために。
「私は……私は……」
『私は、戦争を止めたい! コウを助けたい! 全てを終わらせたいの!』
怯えはどこへやら――ユミは声高らかにそう宣言した。
ユミの本心という名のその言葉をしっかりと受け取り、頭を撫でるカイ。
――――この子は、全て知っている。
カイの中で、そうと結論付けた。
「……ユミ、コウ殿下の場所を教えて」
「……せ、正確には分からないけど、牢屋みたいなところだった」
「……牢屋? だった?」
「う、うん。地下だった気が……そうだ、夕陽。夕陽が差してた窓の近くだった」
思い出したかのように、次々に説明を繰り出すユミ。
ずいぶんとアバウトな説明だ。いったい夕陽が差し込む窓が城いくつあると思っているのか。
それでも――――応えなければ。この子の頑張りを無駄にできない。
「……分かった。ユミはここで、時間を稼いで。コウ殿下を必ず連れてくる。だからあなたも――」
「――もう大丈夫だよカイさん。信頼……してるから。ありがとう」
ユミの震えは消えていた。
カイが――こちらが安心してしまうほど、先程の怯えようが嘘のように変化を遂げていた。
「シギリ殿下。この子お願いします」
会釈と共に、ユミを頼み込む。
「あぁ。――その子は、色々と面倒なものを持っているようだな」
「それは、お答えできかねますが――」
ユミへと一つ、「ふふっ」と笑みを見せ、シギリへと元の表情で見やり、
「――この赤を持つ者は、私達を繋ぐ者です。いずれ、殿下の側にいるかも分かりません。――失礼します。シギリ殿下」
そうとだけ言い残し、カイはその場を去った。
心配する必要はなかった。
――――信頼しているのだから。
疑う必要はなかった。
――――信用しているのだから。
カイは一つの思い当たる節があった。ユミの言っていたその場所が。
だから走る。息急ききらせて、その場所へと――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……はぁはぁ。ご無事で何よりです――」
『――コウ殿下』




