一章 22夢 かい心の修復術
城の敷地内の一角。人など滅多に来ないと思しき、草木生い茂る城壁のそば。何故かこの一角のみ、見事に草木が刈り取られている。
城壁の外に、助けは呼べない。鉄柵も去ることながら、向こう側が覗けないためだ。
ここで悪質ないじめでも起こっていたのなら、助けが来るのは遅れるだろう。
ここでサボっていても、露見することは滅多なことではないだろう。
ここで親の目を盗み、子猫でも飼ってみるのもまた一興か。
状況はまるで、体育館裏に呼び出された不良少女と、呼び出した凛々しい生徒会長――そんなところだろう。
武力で制圧しようとしたが、不良少女の一言にそれは止まった。
だが、
「……信じる? 無理よ。私はあなたの何も知らない。そんな相手を、いきなり信用なんてできない。ましてや、殿下のこととなれば尚更」
至極全うな正論で、不良少女――ユミを突き放す。当然だ。凛々しい生徒会長――カイからしてみれば彼女は得たいの知れない人物。
それでも剣先は、今だ地を捉えている。ユミに向けられていないという事実もある。
「そう……だよね。簡単に信用なんてしてたら、側近なんて勤まらないよね」
カイの立場を垣間見れば、たとえ欲しい情報があったとしても、迂闊に手は出さない。それが信用できるものかどうか、まずは判断する。
ユミもそうだからだ。何でもかんでも、手を出していたら、酷い目に遭う。ネット社会の教訓は、異世界でも生かせる。
「――それでも、信用して欲しい……です。私、何でもします。カイさんに信じてもらうためなら何でも」
体勢を、地に頭を擦り付ける格好――土下座を取ったユミ。
その行為に偽りなどない。恥じらいもない。悔しさも、苦しさも――あるのはただ、誠意だけだ。
だが、この世界でこれが誠意の形なのかは知らない。ユミが知る限り、最も誠意ある行動を取っただけだ。
「相手の信用や信頼を勝ち取るって、そんなに単純じゃないの。あなたは今、身勝手な行動を取っているって……自覚はある?」
「……はい」
ユミは顔を上げられなかった。カイの一言、一言がユミを突き刺す。
全てが正論。全てが冷静。そして、全ては優しさでしかない。
ユミは、愚かな行動をした自分に怒った。墓穴を掘った。焦る気持ちがゆとりある行動を妨げている。
信頼関係は、一朝一夕では作れない。ましてや、初対面。一方的な押し付けは、相手の不服を買う。当たり前だ。上っ面だけの信頼関係など、あってないようなものなのだ。本当の信頼関係とは、そういうものでは買えない。
「ごめんなさい。私は……私はただ――」
「――まず、名乗りなさい。話はそれから」
「……っ、ユミ。ユミ・ヒイラギです……」
「私はカイ。カイ・スミレア。――さぁ、顔を上げて立ってユミ」
ユミへとカイは手を差し出す。
全てにおいて、ユミより一枚も二枚も上手。
――――コウがいない。
そんな状況で、一番もがき苦しんでいるのはカイだ。それでも冷静沈着で、何よりユミへと助け船まで出すゆとりを見せている。
だがその実、その心をユミは知っている。あの時、溢れはしなかったものの、溜まっていたものを確かに見ていた――涙を。
カイのその手を取り、ユミは立ち上がらせてもらう。
――――その時だった。
「……ユミ、何――」
「――ごめんなさい、カイさん。分かんないけど、こうしたいと思ったの……カイさんが、壊れちゃいそうな気がして……」
ユミはカイに抱きついた。
ユミ自身――何故こんなことをしたのか本当に分からなかった。
完全な悪手。信頼が失せるのは、目に見えている。
――――どうでもいい。そんなこと。
信頼だとか、時間だとか、今はコウだとか、ユミにはどうでもよかった。ただ、誰よりも辛いだろうカイへと、救いの手を差し伸ばして上げる者がいないというのが――悲し過ぎる。
「一人で抱え込んでも、何の解決にもならないよ」
カイにだけ聞こえるように呟く。心へと訴えるように、彼女の胸元で――そっと。
ユミもそうだった。一人で抱え込んで、一人で悩んで、一人で足掻いた。だが、一人では何もできない。いつも誰かに助けられていた。だからこそ、『赤』は舞い戻ってきた。自ら決めた宿命を終わらせるため、与えられた力のために、この世界へ。
――――救うんだ。
「……赤はいつでも私たちの中に流れてる。外に溢れても、また蘇って流れるの。――あはは、しつこいでしょ?」
「ユミ。あなたはいったい……」
「それ以上はなし。私はただ、カイさんも、コウも、そしてみんなを救いたい。それだけだよ。他には何もいらない。欲しくもない」
――――カラン。
ユミは、その音の正体を自然と理解していた。だから野暮なことは聞かなかったし、包容を止めなかった。
「ユミ……私はあなたを信頼したい。コウ殿下を助けるために、あなたの力を貸して」
「うん……そのために、赤は――私は戻ってきたんだから」
今一度、その涙は溜まりを見せるが、落ちはしなかった。
落ちたのは、カイの手に握られていた剣だけであった。




