一章 20夢 一から始める修復活動
ユミはようやく顔見知りを発見した。
王城――門番の二人。『アツリ・アザウェル』と『サムヤ・リリメイス』。
ユミは内心、出会えたことにホッとしながらも、築き上げた小さな関係性が崩れているという事実は、どうしても消せない。
何故なら、二人にとってヒイラギ・ユミは、初対面なのだから。
息急ききらせるユミは、二人の目の前で止まった。膝に手を当て、今しがたゴールテープを切った彼女は、荒れる呼吸を整えている真っ只中。
二人はそれを、困惑の表情を浮かべ、眺めている。
――――どうしていいものか……。
そんな言葉が聞こえて来そうだ。
それもそのはずで、突如寝巻き姿の裸足の少女が、赤髪を引っ提げてやって来たのだ。
門番として、人として、今脳内を二つの天秤にかけているところだろう――不審者か、保護すべき者か、と。
だが、ユミはその天秤をぶち壊せる者である。その物を持ち合わせているのだから。
「……はぁはぁ」
未だ正常に呼吸をすることができない。しかし、ゆっくりと二人へとポケットから取り出した物を見せる。
陽の光を反射し、光沢する指輪が一。
「はぁ……これ、はぁ……みて」
荒らぐ隙間を練って、言葉を紡ぎ出す。差し伸ばされたそれを二人はじっくりと観察して、
「――――!!」
一人がそれに反応を示し、姿勢を正す。その姿は先程までとは一転――衛兵の規律性と、緊張感を持った表情へと変貌を遂げていた。
「アツリさん、どうしたんですか? これはいったい……」
皆目見当もつかないのか、もう一人はユミのそれを指差し、アツリへとそう問いかけた、
――――次の瞬間。
アツリの拳が一発落とされた。
あの時は天罰であったが、今回はそうではない。ただ、罰なのは間違いないなく、
「……うぐぐっ、な、なにするんですか!?」
突然の暴力と痛みからか、殴られた門番は、ユミを見る視線をアツリへと向けた。
被っている厚みある帽子は、少しへこみを見せ、そこを手当てしている。
「お前こそ、この国の衛兵としてどうなんだ。――申し訳ありません『魔女様』。『サムヤ』がとんだご無礼を……どうかお許しください」
膝をついて謝るアツリ。その姿は忠義を誓うがこどく。
それに遅れること数秒――頭を押さえていたサムヤもそれに倣う。だが、アツリと違い、それには震えを伴っていた。
――――『魔女』。
それがこの国でどういう立ち位置なのかは、今だ定かではない。ただ、ここプラノ王国は『親魔国』。魔女を信仰し、崇拝する国だ。
もしかすると、王に匹敵していてもおかしくはない立ち位置。それだけに、今のサムヤの震えも頷ける。
そして、その名を語り――偽る罪の重さを、ユミは身をもって体験している。
「いいの、いいの。私、全然怒ってないから。――顔を上げて」
呼吸も元通り。半ば強制的ではあるが、二人を見下ろすこととなったユミ。
二人へと優しく語りかけ、それを解除させようとしたが、
「し、しかし、私達は見苦しいやり取りをお見せしてしまいました……」
「そ、そうです。私は……わたしは……」
内に秘めた生真面目さが全面に飛び出すアツリ。今にも泣き崩れてしまいそうなサムヤ。
聞き入れてくれる素振りは無さそうだ。
「話を聞いて!!」
突如として発せられたユミの怒号。
それに二人の顔は釣られるように彼女へと向かう。そんな中、彼女は膝を曲げて、目線を合わせる格好を取った。
「許してあげるから、私の言うこと聞いてくれない?」
コソコソと、二人だけに聞こえるようなトーンで話を始めた。それはいわば、小さな作戦会議。小さくまとまって、顔を向かい合わせている。そんな状況だ。
この二人は、ユミにとって大事な人物達。曲がりなりにも名を交換した仲。ましてや、フルネームを最初に教えたのは、実を言うとアツリだ。もちらんサムヤも同様――ここで縁切り、はい、さようならでは悲しすぎる。
そして、ユミのたどり着いた結論で、重大な鍵を握っていると言ってもいい人物達でもある。
――――第一王子を回避するための。
「……ん? ど、どうしたの? アツリさん、サムヤさん」
突拍子もない言動だったのか、二人ともキョトンとした表情をしている。
「あ、い、いえ……魔女様が私達の名を……と」
「名前? 忘れるわけないよ。二人とも私の赤と繋がってるんだから――にこっ」
「「――――!!!!」」
満面の笑みで答えたユミから、二人はそっぽを向いた。しかし、息があったかのように、二人はそれぞれの顔を確認しあった。
――――紅潮を遂げたその表情を。
「いたっ! またぶちましたね! なにするですか!?」
「……いや、何となく」
「酷くないですか!? 魔女様? 何となくで殴るなん……うぉっ!?」
「――魔女様に告げるな、サムヤ」
「ま、また……くぅぅ!?」
「ふふっ。やっぱり二人は見てて面白いね」
ユミは笑った。その光景を純粋に笑った。
――――楽しい。
このやり取りが、アツリとサムヤの関係を象徴するものであると、すぐに分かる。
「――ユミでいいよ。ユミ・ヒイラギ。よろしくね、アツリ・アザウェルさん。サムヤ・リリメイスさん」
「「はっ!! ユミ様!!」」
ふざけ合いながらも、ユミから――魔女からの呼び掛けには、息ピッタリに答えを出した。
そして、ユミの気分はやっぱりよかった。




