一章 19夢 Re:Re:夢物語
三度目の正直。『リダイアル』したからには、選択肢はもう、
――――やるしかない。
すでに、ユミは駆け出していた。
脳がそのことを理解するよりも。
体のこわばりが残されていようとも。
開かれた双眸がその地の光景を――現代とは一線を画す光景であっても。
あの人物たちがいる国――『プラノ』の王都へと。陽の出方角にある王都『ゼネリア』に、赤は駆け出していた。
体は異様に軽く、足はその緑をダイレクトに受け、陽の光と風のなびきは、時刻と相反している。
「……やっぱり、時間は合ってないよね。そりゃそうか。当たり前よね」
草原を駆ける中、ユミはポケットから取り出したスマホで時刻を確認した。
――――スマホの時刻は六時二十分。
現代では、まだ薄暗い夜明けの時間帯のはずだ。
しかしここ異世界では、すでに太陽が昇っており、朝をとっくに迎えている時刻と、断定できる。
日差しが眩しく照りつけ、風もそれに伴い熱気を少し含む。
「……はぁはぁ。足いたっ」
走ることを一時止め、思いの外蓄積した足の裏のダメージ。それでも、歩みは止めない。止める時間すら惜しい。
服装すら、前回、前々回とはまるで違う。
水色のパジャマ姿のユミ。よりにもよって赤が一層映える服であった。
そして、持ち物はスマホと指輪の二つだけ。
「行くんだ! なんでか知らないけど、時間ができてる」
パジャマの袖を捲って、気合いをいれる。そして、また走り出す。
前回よりも、約二時間以上早く『リダイアル』している。それが現状、どういう意味なのかは知るよしもない。『リダイアル』すら意味不明なのだ。考えるだけ今は損。今やるべきこと、考えること、それは、
――――戦争を止める。
それだけを胸に宿して、ユミは街道と出くわした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
メトンはこの舗装された石畳の街道――『フェリアル街道』と、呼んでいた。
草原に突如として現れる人工物は、王都への道を確かに繋いでくれるのだ。
『バドラ』が数匹、それを操るは商人だろうか、荷台に荷物を積んで、街道を進み行くのが見える。
「ムリムリ! 流石にムリ! こんな格好であそこを歩くなんてムリ! あり得ないから」
ユミはフェリアル街道と出くわすや否や、その場に伏せて、バドラの過ぎ去るのを待った。
木一本ないのだ。起伏はあっても、目立って、目立って仕方ない。
王都『ゼネリア』への道。
行くこと事態は訳ないはずだが、そうだと断言できないのは、『メトン』がいないからだ。何が起こるか分からない。
――――状況がまるで違うのだ。
下手な異世界人との遭遇は、タイムロスの要因になりかねない。
それで済めばいいのだが――全員が全員、善人とは限らない。
「……はぁ、行ったみたい」
ホッと一息ついて、フェリアル街道か離れようとした矢先――、
「おぉ! あれは!?」
ユミから歓喜の声が自然と上がった。
咄嗟に伏せて、ゆっくりと腹這いで街道へと近づく。少しでも距離を詰めるために。
ゼネリア方面へとやってくるバドラの荷台には、『藁』が大量に積まれているのだ。
「あれに乗れれば……」
藁を載せてるためか、バドラの速さを考えれば非常に低速。
時間短縮以上に、体力の消耗を抑えられるこの上ないチャンスだ。逃すわけにはいかない。
「……よし――ゴーッ!」
過ぎ去ったバドラと商人の死角から、ユミは飛び出した。
草と土の温かみから、石畳の冷たい感覚が敏感に足から伝わる。アスファルトとはまた別の――ヒタヒタと、踏みしめれば、踏みしめるほど転がる小石が突き刺さる。
――――痛い。痛いけど……安いのよ!
荷台の角を掴み取り、颯爽と体を藁へと飛び込む。
縛られた藁はびくともせず、それでもユミを優しく受け入れて――異常無し。前の二人にそう告げた。告げたことすら人も魔獣も、気づきもしない。
「ふぅ~やったね。成功!」
あとは揺られるだけ。安堵をついて、藁の中へと入り込む。
今からゼネリアまで、約二時間の旅。
「……あとは、指輪。――よしっ! あるね」
ポケットから指輪を取り出して、存在を確認する。
これがないと話にならない。
揺れが激しいのがたまに傷――、
「……うぇっ。な、なに……この……ゆれ」
乗った早々、グロッキー状態に陥り、藁から顔を出さずにはいられなかった。外の空気を堪らなく欲してしまう。
体験したことのない揺れがユミを襲う。車のそれとも、船のそれとも、訳が違う。上下左右に揺れ動く世界がそこにはあった。
――――これが約二時間も続く。
藁の中から飛び出した赤が、まだ目立たなかったのは、藁からの少しばかりのお助けがあったからだろう――頭に藁を乗せたまま、体力は歩くよりも消耗してしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それはもう地獄の時であった。ただ、人とは凄いもので、眠ってしまえば耐性が多少なりともついていた。
カタカタと揺れるバドラ車は、もうすぐ王都へと侵入を開始しようとしていた。
「お、降りないと……」
荷台と石畳との間に少しばかり恐怖を抱きながらも、意を決して飛ぶしかなかった。
このバドラ車がゼネリアのどこに行くか、皆目検討もつかないためだ。王都で飛び降りなんて、間違いなく目立つ。ただでさえ赤で目立つのに、拍車をかけてどうするのか。
「……せーの!」
できるだけ身を乗り出して、尻から落ちた。足からなんてとてもとても――足が死ぬ。
「いったいなぁ!!」
誰にぶつけるわけでもなく――ただ痛い。それだけだった。それでも、乗せてもらったバドラ車のあとを追いかけるように、走り出した。
気力、体力共々、まだ余裕がある。まだ始まってもいないのだ。ここからが、重要。
「……待ってて、『コウ』。絶対あなたを助けてあげるから」
覚えていないだろう約束をその手に宿し、ユミは進む。
王都ゼネリアへと、確かに入国したのであった。
足早に、分け目も触れずにユミは、王城の門を目指す。
辺りの視線が痛いのは分かっている。だが、そんなことなどお構い無しにと進む。メトンに連れられた道を右に左にと、
――――バシッ。
後ろから振っていた右手を不意に掴まれ、ユミの動きは止まった。
「ちょいまち、お嬢さん。そんなに急いで、どこ行くんだ?」
青年の声色であった。そして、軽い口調なのが印象悪い。
現状、捕まっているという事実は部が悪い。振りほどいて逃げられない。
ユミは振り返って、その人物を見やった。捕まえられた手の感触から『亜人種』出はないのは確かだ。
「……何?」
「おっと……これは嫌われたよ――ちょい、ちょい!」
蔑みの目で振り返ったユミに気圧されたか、手がほどかれた瞬間――ユミは走り出した。
制止する声など無視して走った。
「……おいおい。それはないだろ?」
「――――!!」
ユミはまたしても捕まえられた。進めた距離は僅か五十メートルほど。
意表を突いたはずなのに、息一つ乱さず――この男の身体能力の高さが窺える。
つり目が目を引く青年であった。
上背はユミよりやや高く、短い黒髪は見慣れた髪色であるため、違和感はない。
身軽そうな服装で、上着だけ腕捲りを見せ、短くまとめている。
「元気あるってことは、家出少女か何かか?」
づかづかと土足で人の事情に付け入るラフさが危うい。それはいい意味でいい距離感。だが、悪い意味でいうと、隙を与えてしまうほど、飄々としている。
「そうだとしたら? 養ってくれるの?」
冗談混じりにユミは強気に打って出たが、冷や汗を一つかかされた。
向かい合いながらも、腕が外せない。完全に力負けしている。細身ながらも、やはり男ということか。
絡んできたということは、つまり――。
「いいね、あんた。いいところ紹介してやるよ」
「あいにくだけど、もう間に合ってるよ」
「なら、断れ。傷つけたくはないんでね。――そこの路地までゆっくり行け」
首もとに、ひんやりとする鋭利な刃物が突きつけられる。これ以上の冗談は通じないとの警告だろうか――路地行ったら最後、終わりだ。
ユミは一つ唾を飲み込んで、ゆっくりと後ろ向きに歩きながらに、
「きゃあああ!! 衛兵さん、助けてー!!」
甲高い声をその場に轟かせた。
尻目に衛兵の姿を捉えたためだ。
「……ちっ、肝据わってるとかと思えば、ここまでやるか!?」
「人さらいに同情する価値なんてない!」
注意を奪われた人物の腕をほどき、少し距離を取る。
駆けつけている衛兵の足音がするために、逃げなくてもいいと判断したためだ。
「その赤髪、忘れないからな!」
捨て台詞を吐いて、その人物は身軽にその場から路地へと消えていった。
「……はぁ。助かった……」
胸を撫で下ろし、一息つく。
変なイベントであったが、予習のお陰で何とか切り抜けられた。
時刻は八時半。それなのに太陽は、もう頂点に達していてもおかしくないくらいに――ユミの頭上で、その光景を嘲笑う。




