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夢戻リダイアル  作者: やまは
夢と現実の一日
19/63

一章 18夢 全部知ってるから

 百合から言い渡された約束事は、ものの一時間で全て終了した。


 食器洗いは、スポンジをこねくり回し――流して終了。

 掃除は、某ロボットが勝手にしてくれる。人の出番などない。ボタン一つで終了。

 洗濯は、物を突っ込んでボタン操作で終了。乾燥まで自動の優れものだ。


 夢美にとってその約束は、取るに足らないこと。それでもどこか『めんどくさい』は存在する。


「はぁ~終わった~」


 自室のベッドへと夢美は倒れ込んだ。疲労など皆無だが、達成感に打ちひしがれた。

 ――――ようやく何か一つに応えられたということに。


「……八時かぁ~――どうすれば……」


 スマホで時間を確認しながら、夢美はあの事件を思い出す。

 死んだあの時を――これから起こるであろうあの事件を。


「通報……でも、起こるかわかんないし」


 夢美が今日、あのドラッグストアに赴くことはまずない。理由がなくなったためだ。

 それは、百合からの逃走のためというのが第一の理由。既にそれは解決済み――というか、露見したがためにその理由は既に消失したといってもいい。

 第二の理由は、学校だが、


「学校なんて行ってる場合じゃないよ」


 ――――今日死ぬ。

 それが今日起こる可能性が高いのに、明日のことなどどうでもいい。


「それに……何て言えば……」


 夢美だけが未来を知っている。だが、それを伝えることが難しい。

 あの人物の特徴も、声色も、男か女かさえも、夢美は知らない。断裂されたがために知り得ていない。


 それでも、『起こる』という事実は、断言こそ出来ないがそれは確定的。矛盾しているかもしれないが、それがループ物の特徴だからだ。

 夢美が回避したとしたも、別の人が被害に合う。この場合、夢美が行かなかったがために犠牲になる魂が、少なからず発生してしまうという、確かな現実が待っているのだ。


「……よし! やるしかない」


 迷っていても仕方ない。やらない後悔より、やる後悔だ。

 意を決して夢美は、ダイアルをあの番号に合わせた。

 耳を伝わる呼び出し音はすぐに消し飛び、


「はい、こちら警察百十番。事件ですか? 事故ですか?」


 中年男性のような声色だった。とても冷静な声で、夢美の緊張は瞬時に跳ね上がる。

 警察官との会話など、夢美の人生で初めてなのだ。

 普段は掛けない番号。普段は聞かれないこと。普段は意識しないこと。関わらないことが、平和の証。


「どうしましたか?」


 夢美の黙りに、慌てる様子もなく事を問いただす警官。

 その警官にとってこれは真剣なことなのだ。一分一秒を争う世界に身を置いているからこそ、夢美の沈黙にさえ、冷静に対応する様は流石である。


「きゃあぁぁぁ!!」


 甲高い声で、夢美は危機に陥っている迫真の演技を開始した。


「た、助けて!! い、今『花宮はなのみや』高校近くの、ドラッグストアに……あっ!? ちょっ……は、早く助けてー!! 刃物を持った……」

「だいじょ……」


 ――――ツーツー。

 警官の言葉を待たずに、独りよがりの終演を打つ。

 場所は伝えた。危機的状況なのも伝わったはず。あとはもう、賭けるしかなかった。


「……はぁはぁ。――んっ? な、何、寒い目で見てんのよ。こっちは真剣だったのよ。感想ぐらい寄越しなさいよ。――柊夢美の迫真の演技にお付き合いいただき、誠にありがとうございました!!」


 チャンチャン。


「チャンチャン、じゃあなーい!!」


 誰に対してでもない、ただ夢美は――彼女は、押し寄せてきた羞恥心をその場に吐き出すことで、それを紛らわせようとしただけだった。


 ――――チャンチャン。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――――夕刻。

 夕陽が水平線へと沈み行く間際の、淡い赤の時。


 一日、引きこもり生活を堪能した夢美は、降り注ぐはずだった災難を回避したのだと――そのいつまで経っても訪れない『死』への警戒心は、薄らぎ始めていた。

 来訪者の一人もなく、ただパソコンと向かい合って暇を潰していた夢美。


「……ん~。夕方かぁ」


 背を伸ばして、肩の疲労を吐き出す。

 ネットサーフィンは終わり、小説の更新も確認済み。

 やることがなくなってからも、そのパソコンから離れなかったのは、『リダイアル』した時のために備えていたから。

 それも今しがた終わらせた。情報から、名前まで――記憶を思い返してそれらを書き留めた。

 危惧していたことだが、やはりスマホのメモは消えている。

 この行為事態、意味をなさないのかもしれない。だが、それでも繋がりをは消したくはなかった。


「時間が足りない……どうやっても」


 夢美は頭を抱えて、その現実に何度も項垂れた。

 有り余る時間を使って出した結論は、いくら突き詰めても変わることはなかった。


「ただいま~夢美~いる~?」


 異世界のことに根を詰めていた夢美は、ふと現実に引き戻される。

 ――――母が帰ってきた。

 当たり前のはずなのに、どこか嬉しい。夢美はイスから立ち上がり、部屋の扉へ駆けた、

 ――――その時だった。


「……くっ、ま、またっ……!?」


 襲いかかってきた『痛み』の対処に、お腹を押さえ込んだ。

 それは一時間に一回の割合で発生し始めた『痛み』だった。

 鋭い針のようなもので刺された『痛み』は、数秒足らずで収まりを見せる。

 それほど『痛み』はないが、ふいの発生のために、アクションは少々オーバー気味。


「……っ、はぁ……な、何なのよこれ。……ま、まさか――」

「――夢美~? ちょっと降りてきてー!」


「は、はーい!」


 ある思考を巡らせるはずが、割って入られ、その思考は別のものへと変化させられた。

 百合の呼び掛けに答えようと、夢美の止まりを見せていた足は進み出した。


 ――――あり得ない。ただ、痛覚が過敏に反応しているだけだ。

 そう思い込むことしか――見えざる『痛み』の正体に、『あり得ない』と、結論付けるしかなかった。


 ――――『死』じゃない。絶対に違う。

 夢美の足音は、いつにも増して力強く、階段を駆け降りる音を奏でていた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 帰って来た百合から最初に告げられた言葉は、「ごめんね、夢美」との、謝罪の言葉であった。


「ドラッグストアで髪染め買おうって決めてたんだけど、不審者が捕まったって聞いて、怖くなって買うの忘れちゃった。――ごめんね、夢美」


 軽い口調でポーズまで決めて、許しを請いに来た百合。それは、お願いのポーズであったが、そんなことはどうでもよく、今朝の出来事の顛末を間接的ながら知り得た。

 百合にとっては、何も思うことはないから仕方ないことだが、夢美は血相を変えて、


「そ、それで亡くなった人っているの? ――ねぇ、お母さん、答えてよ~!」


 切羽詰まったように百合へと詰め寄り、肩を掴んで、体を振る――今朝の再現だ。


「ゆ、夢美~お、おちついて~」


「落ち着きたいから早く答えてよ~」


「い、いないって~。で、でも、女の子が怪我したって聞いたよ~~」


 夢美、百合共々その場に崩れて――一人は安堵を浮かべ、一人は歪む世界を体験している。


 ――――よ、よかった~。

 一先ず、犠牲者が出なかったことに夢美は、ホッと胸を撫で下ろした。


 それから夢美は、食事――テレビを見ながら談笑――お風呂と、一日の終わりを足早に味わって、床へと入った。

 ――――時刻は二十一時前。


 照明を消せば、あら不思議――真っ暗闇。だが、勉強机のスタンドが、一点の光として淡く光輝いている。

 寝るには早いし――かといってやることもない。

 そんな時間だ。

 だが、彼女にとって今はそれどころではなかった。


「……っく、はぁはぁはぁ」


 全身を刺すような『痛み』が急速に夢美を襲っていたのだ。百合と過ごした時間に、それは現れなかったのに、今しがた事態は急変した。

 呼吸は荒れ、脂汗が流れて止まらない。

 すぐにでも助けをと、体を奮い立たせて、立ち上がるも、足の力が抜けて、部屋の床へと顔から強打した。


「……ぐぐっ。いた……い」


 額に汗ならぬ――赤する夢美だが、這いずりながらもそこを目指す――部屋の向こう側へと。


「――――ガハッ!」


 突如として込み上げたものを、口から吐き出す。

 淡い光の中でも、それがどす黒く――鉄の臭いを醸し出しているのが、見ても――嗅いでもそれだと分かる。


 ――――血だ。

 夢美は血反吐を吐き出したのだ。何度も咳き込みながら、それと共に赤を吐き出す。そして、床が見る見るうちに赤で染まる。木目へと流れ込み、それを辿り――溢れさせ、また辿り――そして溢れる。決壊は止まることを知らなず、やがて布へと染み込む。

 通常、人が血を流せる量は相場が決まっている。それを越えた時、訪れるものは――。


 ――――なん……で。いきなり……こんな、ことに……。

 訳もわからず――それでも夢美は進む。進むしかなかった。

 ――――助かるために。

 腕を懸命に伸ばして、何倍にも重くなった体を動かす。

 吐き出した血反吐を、腹這いで擦りながら道を作る。


 予兆はあった。しかし、それがまさかこれほどまでに、夢美を蝕んでいたとは誰も思うはずがない。『痛み』は伝わりづらい。

 例えるならそう――腹痛。その程度の『痛み』であったのだから。


 やっとこさたどり着いたその扉が、あまりにも重くて、嫌になる。


「夢美~どうし――」


 突然、百合の声が消えた。音が消えたのだ。テレビの電源を落としたように――ぷっつりと。


「――――!!」


 光が入り込んだはずなのに、それも突然消えた。目の前が闇しか写さなくなった。最後に見えた、手の大きさと温もりをどこか、遠くに感じる。


 感じた。

 感じてしまった。

 感じ取ってしまったのだ。


 ――――『死』を。


 何で死ぬ。

 何のために死ぬ。

 何で――何で、こうも、


 ――――素直に受け入れたの。


 最後に夢美は、死ぬことを望んでいた自分がいたことに、恐怖を覚えて、


 ――――覚えたことさえ、覚えてはいなかった。

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