一章 16夢 赤い糸
わけ隔てなく接するコウに、ユミは少なからず好意を抱き始めていた。
――――手を上げたにも関わらず。
――――泣きわめいたにも関わらず。
――――何も出来なかったのにも関わらず。
そんなことを度外視し、全てを包みんでくれたコウにときめいた。
そして、そんなコウをユミはこの場から救いだしてあげたいと、思い立った。
――――いつまでも、泣いてる場合じゃない。
「こ、コウはどうしてここにいるの?」
勇気を振り絞って聞いてみた。コウの情報がこの場を解決するかもしれないと踏んで、問いただす。
ユミの情報はもう出し尽くしたために、次はコウの番であろう――そんな一つに、打開する術を探る。
「起きたらここいた。以上!」
清々しいほどに端的な説明で、呆れるユミ。ジトっとした細目でコウを見つめる。
「うっ……そ、そんな目で見るな。俺だって脱出しようとしたけど、剣もないし、衛兵も来ないし、壁は厚いしで、完全に手詰まりだったんだ。今日初めて会ったのがユミだ。以上ぉ!」
開き直った爛漫ぶりに、「ふふっ」とユミは思わず笑みが零れた。
「――!! そ、それよりも魔女を偽るなんて、ユミも大胆だな」
「……? どうしたの、急に背中向けて」
「……っぐ、お、俺のことはいいの! それより教えてくれよ。何で魔女だって偽れたのかを!」
どことなく不機嫌になり、背中で語るコウに、ユミはハテナで首を捻る。
――――これは、答えないとダメなやつだ。
と、コウの意地のようなものをユミはすぐに察する。
「アツリさん……あぁ、門番の人ね。が、言うには、ええっとねぇ――これ! この指輪の文字が魔女にしか書けないって言ってた」
ユミが魔女の物であると、示した人物の名を出し、指輪もそれに倣うようにポケットから取り出した。
刻み込まれた文字を確認するが、やはり読めない。
半ば偶然の産物として、指輪の効力を知り得たが――その結果があの様である。
匂いで判別可能だなんて、ユミは聞いてなかった。
意地を解いたのか、コウは振り返ってそれを見せるように促す。促されるまま、ユミはコウの手のひらに指輪を落とす。
「ふーん。確かにこれは、魔女の文字列だな。文献で何回か見たことある。――何となく兄さんの意図が読めてきた。はぁ……容赦ないなほんとに」
コウにはその文字が読めるのか、納得の表情でそれを見やる。だが、突如として苦笑いを浮かべながら、一人ぶつぶつと呟き、そして項垂れる。
「ど、どうしたの? 急に青くなって?」
「いや……ユミが魔女だって偽れた意味が分かったんだよ。それで、兄さんがユミを処罰しなかったのも、きっとこの指輪のせいだってこともな。――これ兄さんに見せたか?」
「うんうん。そんな余裕はありませんでした!」
「……そんな自信満々に敬礼されても」
「ご、ごめんコウ。そんなつもりじゃなくて……和ませようと」
コウとの会話で、少しゆとりを持つことのできたユミ。だが、コウはその指輪を見てから、顔色が悪くなっている。
そのために、道化を装い敬礼のポーズでそれに答えたが、コウは冷静に返してきた。
そのためにユミはちょっとばかり落ち込んだ。
「わ、悪い。――俺は魔女ってやつがあんまり好きじゃなくてな……親魔国家の第二王子なのに魔女が嫌いって、ははっ――笑うだろ?」
「……え? あはは、そ、そうだね」
ユミは乾いた笑いで、コウに合わせるしかなかった。
――――衝撃の事実。
魔女じゃなくてよかったと、ユミは思った。
「ユミからは、魔女の匂いなんてしないし――この指輪から発してたんだろうな、きっと……じゃないとあの容赦ない兄さんが、偽魔女なんて許すわけないからな」
ユミは身を持って体験している分、コウの言葉には説得力がある。それでもユミが今も生きているという事実は、シギリの中に彼女が魔女である可能性が、ほんの僅かながら――そんな疑念があるのだろう。
コウと同じ牢というのも、計らいなのか、それとも魔女嫌いのコウに対する嫌がらせなのか――。
「――ある意味、俺とユミと繋いでくれた『赤い糸』だよな、これは」
その意味深な言葉を詰めるのは、野暮だろう。
「「…………」」
――――二人揃って紅潮しているのだから。
暫しの静寂の中、お互いの目が合うことはなかった。
「な、なぁユミ。とりあえず返すよ」
「う、うん。ありがとう、コウ」
ぎこちない指輪の返却のやり取りも終わり、また静寂が包む。
嬉しいような、悲しいような、それでいてこの場を乱したいような――不思議とこの空間にいたたまれなくなる、
大音量の音楽でも流したいくらいだ。
「でも、流石にそれだけじゃないだろ、ユミ。いくら指輪があるからってそれだけで兄さんに会えるなんて……身分証もないのに」
それを打破するかのように、コウから全うな質問が飛び出す。
確かにユミはそれを持っていた。だが、持っていたもの――伝書は渡してしまってもう手元にはない。
だが、
――――一つだけある。
ユミのポケットには確かに、それを示せる物がある。
それは、ノイとゼーブにそうだと認められたお墨付きの物。
「あるよ。――これっ!」
「あるのかよ! ……なんだそれは?」
思わず突っ込んだコウに見せるは、スマホ。魔道具だ。
「魔道具って言うらしいけど、知ってる?」
「……いや、俺も魔道具は初めて見るから、よくわからん」
目を細めてスマホを見ているが、衝撃の出会いなのか、腕を組んで前のめりで――スマホに夢中の様子。
「その魔道具の力がどれほどのもんか、少し見せてくれ。俺から兄さんに懇願する時の材料になるかもしれない」
「え……それじゃあ」
「まだわからんが、きっと助けてやれる。一応、第二王子の肩書きはあるからな。兄さんも譲歩はしてくれるはずだ。だが、その魔道具は取り上げられるかもしれんがな」
心拍が早まるのをユミは感じた。
――――助かる。
その言葉がユミには響いた。
一時は絶望の淵に落とされ、自分というちっぽな存在に嫌気が差していた。しかし、コウとの出会いがそれを変えた。身元も分からない、魔女だと偽ったのに、それでもコウは優しく包んでくれた。
だけど、
「わ、私だけ……助かっても――コウも一緒に」
「心配してくれるのか、ユミ」
抜け駆けを拒否するユミに、コウは爽やかな笑顔で切り返した。そこには、自分のことなど後回し――ユミのために残ることを決めたコウがいた。
救い出したいと、思い立ったはずなのに、結局のところ一人では何もできず、それどころかコウの立場を逆に利用し、助けてもらう立場と成り果てている。
「心配するよ……コウだって百パーセント安全だって……言えないのに」
スマホ――魔道具の力を、来るであろうシギリに示したとてきっと、それはそれとして受け取られる。その時、コウの肩書きはユミにとっていいように働くのは間違いない。
だが、コウにとってはどうだろうか。それを利用したことで、シギリに咎められるのは必須――確定事項なのだ。コウがどうなってしまうのか、それこそ分からない。
だからこそ、
――――最悪の想定をする。
だが、その最悪すら凌駕する『力』をもつ、シギリという人物。ユミの中にあるシギリに味わわされた絶望が今もなお残留し、それが恐怖を連れてくる。
「――それにね、この力……どうなるか、私にも分からないの」
ユミにも、魔道具の本当の力というものがどういうものなのか知らない。そもそも機能するのかどうかすら分からない。
あの時は魔獣『バドラ』――もといウマゴンの地響きを体験し、踏み潰されそうになったが、状況がまるで違う。いっても室内。音が届くのかどうかすら怪しいものである。
「とりあえず、見せるだけ見せてくれ。駄目だったら駄目だったで、その時その時だ。また何か考える。だけど、俺がお前を守ってやることに、変わりないからな」
コウからユミへと繰り出された庇護の言葉に、偽りなど微塵も感じさせない。王子――もとい殿下の民を思う気持ちを、シギリにも少し分け与えて欲しかった神様と、ユミは思った。
庇護の表れなのか――立ち上がっているコウからユミへと、手が差し伸ばされている。
だが、ユミはそれを拒んで自分で立ち上がった。
「ごめんコウ。今は甘えたくないの――」
それは自分への戒めを込めて。
「――これ以上甘えたら私、コウに何でも頼っちゃう――」
それは自分への忠告を兼ねて。
「――だからその手は今度、私から出させて」
それはちょっとばかり勇気を持って。
向かい合う中、ユミの真剣な眼差しと張った声色を、コウは黙って聞き入れていた。
「ははは、分かった。待ってるから――その時は、甘えさせてもらう」
「うん! 絶対……約束する」
アイコンタクトだけでそれを契り、ユミは音楽を鳴らした。
静寂が包む牢屋の中を走り抜けるテンポアップな曲。
突然の出来事に、コウは度肝を抜かされたのか、数歩下がりを見せた。だが、すぐに受け入れてそれを聞き入いっている。どうやら、気に入ったようだ。
ユミは身構えていた。この後押し寄せるであろう――地響きに備えて。
「コウも構えて! 大きな地震が来ると思う」
「……分かった。――何だ? 何の音だ?」
コウの疑問投げに、ユミも疑問が浮かんだ。
――――何の音だろう。
バドラが駆けてくる音とは違う。擦るような音とは違って……こう
――――次の瞬間、
「――ユミっ!! 下だっ!!」
「……えっ」
コウの警鐘の声も時すでに遅く、亀裂が走り崩壊した床にユミは飲み込まれていた。
コウから伸ばされたその手も、交わることなく――。
「――――!!」
遠くなるコウの声が微かに聞こえる。
手を伸ばして、その落ちたと思しき場所へと甘えを求めたが、コウは答えてはくれなかった。
邪魔をする重力だが、それには逆らえない。
辺りは闇。響き渡るは、ユミの手に持つ魔道具から発する大音量の音楽だけだ
いつ訪れるとも知れない衝撃を、ユミは考えもしなかった。コウと離れていくこの時が妙に寂しく――その手はずっと、落ちた場所のコウへと向かってなおも、訪れるはずのない温もりを求めて、閉じることはなかった。
――――バサッ。
大きな羽を震わせたような音に、ユミは戦慄した。
ここは地下。そんな訳ないと、たかをくくるも、その双眸は好奇に引かれ、確かにそれを注視した。
「みどり……」
闇の中を翠玉が二つ。それだけを捉えて――突如、闇が押し寄せた。
翠さえも消し去った闇の襲来に、ユミは辺りを見渡すも――そこには黒に覆われた世界しかなかった。
何が起こったの。落ちていたはずなのに、衝撃がいつになっても襲ってこないなんて……あの、みどりの正体はいったい……。
コウは……コウはどうなったの……。
あれ……こえ……でてない。きこえ……ないじゃん。あじわえない……じゃん。みえない……じゃん。かげ……ないじゃん。
かんじ……れないじゃん……コウ……の……てを…………。




