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夢戻リダイアル  作者: やまは
夢と現実の一日
17/63

一章 16夢 赤い糸

 わけ隔てなく接するコウに、ユミは少なからず好意を抱き始めていた。


 ――――手を上げたにも関わらず。

 ――――泣きわめいたにも関わらず。

 ――――何も出来なかったのにも関わらず。

 そんなことを度外視し、全てを包みんでくれたコウにときめいた。

 そして、そんなコウをユミはこの場から救いだしてあげたいと、思い立った。

 ――――いつまでも、泣いてる場合じゃない。


「こ、コウはどうしてここにいるの?」


 勇気を振り絞って聞いてみた。コウの情報がこの場を解決するかもしれないと踏んで、問いただす。

 ユミの情報はもう出し尽くしたために、次はコウの番であろう――そんな一つに、打開する術を探る。


「起きたらここいた。以上!」


 清々しいほどに端的な説明で、呆れるユミ。ジトっとした細目でコウを見つめる。


「うっ……そ、そんな目で見るな。俺だって脱出しようとしたけど、剣もないし、衛兵も来ないし、壁は厚いしで、完全に手詰まりだったんだ。今日初めて会ったのがユミだ。以上ぉ!」


 開き直った爛漫ぶりに、「ふふっ」とユミは思わず笑みが零れた。


「――!! そ、それよりも魔女を偽るなんて、ユミも大胆だな」


「……? どうしたの、急に背中向けて」


「……っぐ、お、俺のことはいいの! それより教えてくれよ。何で魔女だって偽れたのかを!」


 どことなく不機嫌になり、背中で語るコウに、ユミはハテナで首を捻る。


 ――――これは、答えないとダメなやつだ。

 と、コウの意地のようなものをユミはすぐに察する。


「アツリさん……あぁ、門番の人ね。が、言うには、ええっとねぇ――これ! この指輪の文字が魔女にしか書けないって言ってた」


 ユミが魔女の物であると、示した人物の名を出し、指輪もそれに倣うようにポケットから取り出した。

 刻み込まれた文字を確認するが、やはり読めない。

 半ば偶然の産物として、指輪の効力を知り得たが――その結果があの様である。

 匂いで判別可能だなんて、ユミは聞いてなかった。


 意地を解いたのか、コウは振り返ってそれを見せるように促す。促されるまま、ユミはコウの手のひらに指輪を落とす。


「ふーん。確かにこれは、魔女の文字列だな。文献で何回か見たことある。――何となく兄さんの意図が読めてきた。はぁ……容赦ないなほんとに」


 コウにはその文字が読めるのか、納得の表情でそれを見やる。だが、突如として苦笑いを浮かべながら、一人ぶつぶつと呟き、そして項垂れる。


「ど、どうしたの? 急に青くなって?」


「いや……ユミが魔女だって偽れた意味が分かったんだよ。それで、兄さんがユミを処罰しなかったのも、きっとこの指輪のせいだってこともな。――これ兄さんに見せたか?」


「うんうん。そんな余裕はありませんでした!」


「……そんな自信満々に敬礼されても」


「ご、ごめんコウ。そんなつもりじゃなくて……和ませようと」


 コウとの会話で、少しゆとりを持つことのできたユミ。だが、コウはその指輪を見てから、顔色が悪くなっている。

 そのために、道化を装い敬礼のポーズでそれに答えたが、コウは冷静に返してきた。

 そのためにユミはちょっとばかり落ち込んだ。


「わ、悪い。――俺は魔女ってやつがあんまり好きじゃなくてな……親魔国家の第二王子なのに魔女が嫌いって、ははっ――笑うだろ?」


「……え? あはは、そ、そうだね」


 ユミは乾いた笑いで、コウに合わせるしかなかった。

 ――――衝撃の事実。

 魔女じゃなくてよかったと、ユミは思った。


「ユミからは、魔女の匂いなんてしないし――この指輪から発してたんだろうな、きっと……じゃないとあの容赦ない兄さんが、偽魔女なんて許すわけないからな」


 ユミは身を持って体験している分、コウの言葉には説得力がある。それでもユミが今も生きているという事実は、シギリの中に彼女が魔女である可能性が、ほんの僅かながら――そんな疑念があるのだろう。

 コウと同じ牢というのも、計らいなのか、それとも魔女嫌いのコウに対する嫌がらせなのか――。


「――ある意味、俺とユミと繋いでくれた『赤い糸』だよな、これは」


 その意味深な言葉を詰めるのは、野暮だろう。


「「…………」」


 ――――二人揃って紅潮しているのだから。


 暫しの静寂の中、お互いの目が合うことはなかった。


「な、なぁユミ。とりあえず返すよ」


「う、うん。ありがとう、コウ」


 ぎこちない指輪の返却のやり取りも終わり、また静寂が包む。

 嬉しいような、悲しいような、それでいてこの場を乱したいような――不思議とこの空間にいたたまれなくなる、

 大音量の音楽でも流したいくらいだ。


「でも、流石にそれだけじゃないだろ、ユミ。いくら指輪があるからってそれだけで兄さんに会えるなんて……身分証もないのに」


 それを打破するかのように、コウから全うな質問が飛び出す。

 確かにユミはそれを持っていた。だが、持っていたもの――伝書は渡してしまってもう手元にはない。

 だが、


 ――――一つだけある。

 ユミのポケットには確かに、それを示せる物がある。

 それは、ノイとゼーブにそうだと認められたお墨付きの物。


「あるよ。――これっ!」


「あるのかよ! ……なんだそれは?」


 思わず突っ込んだコウに見せるは、スマホ。魔道具だ。


「魔道具って言うらしいけど、知ってる?」


「……いや、俺も魔道具は初めて見るから、よくわからん」


 目を細めてスマホを見ているが、衝撃の出会いなのか、腕を組んで前のめりで――スマホに夢中の様子。


「その魔道具の力がどれほどのもんか、少し見せてくれ。俺から兄さんに懇願する時の材料になるかもしれない」


「え……それじゃあ」


「まだわからんが、きっと助けてやれる。一応、第二王子の肩書きはあるからな。兄さんも譲歩はしてくれるはずだ。だが、その魔道具は取り上げられるかもしれんがな」


 心拍が早まるのをユミは感じた。


 ――――助かる。

 その言葉がユミには響いた。

 一時は絶望の淵に落とされ、自分というちっぽな存在に嫌気が差していた。しかし、コウとの出会いがそれを変えた。身元も分からない、魔女だと偽ったのに、それでもコウは優しく包んでくれた。

 だけど、


「わ、私だけ……助かっても――コウも一緒に」


「心配してくれるのか、ユミ」


 抜け駆けを拒否するユミに、コウは爽やかな笑顔で切り返した。そこには、自分のことなど後回し――ユミのために残ることを決めたコウがいた。

 救い出したいと、思い立ったはずなのに、結局のところ一人では何もできず、それどころかコウの立場を逆に利用し、助けてもらう立場と成り果てている。


「心配するよ……コウだって百パーセント安全だって……言えないのに」


 スマホ――魔道具の力を、来るであろうシギリに示したとてきっと、それはそれとして受け取られる。その時、コウの肩書きはユミにとっていいように働くのは間違いない。

 だが、コウにとってはどうだろうか。それを利用したことで、シギリに咎められるのは必須――確定事項なのだ。コウがどうなってしまうのか、それこそ分からない。

 だからこそ、


 ――――最悪の想定をする。

 だが、その最悪すら凌駕する『力』をもつ、シギリという人物。ユミの中にあるシギリに味わわされた絶望が今もなお残留し、それが恐怖を連れてくる。


「――それにね、この力……どうなるか、私にも分からないの」


 ユミにも、魔道具の本当の力というものがどういうものなのか知らない。そもそも機能するのかどうかすら分からない。

 あの時は魔獣『バドラ』――もといウマゴンの地響きを体験し、踏み潰されそうになったが、状況がまるで違う。いっても室内。音が届くのかどうかすら怪しいものである。


「とりあえず、見せるだけ見せてくれ。駄目だったら駄目だったで、その時その時だ。また何か考える。だけど、俺がお前を守ってやることに、変わりないからな」


 コウからユミへと繰り出された庇護の言葉に、偽りなど微塵も感じさせない。王子――もとい殿下の民を思う気持ちを、シギリにも少し分け与えて欲しかった神様と、ユミは思った。

 庇護の表れなのか――立ち上がっているコウからユミへと、手が差し伸ばされている。

 だが、ユミはそれを拒んで自分で立ち上がった。


「ごめんコウ。今は甘えたくないの――」


 それは自分への戒めを込めて。


「――これ以上甘えたら私、コウに何でも頼っちゃう――」


 それは自分への忠告を兼ねて。


「――だからその手は今度、私から出させて」


 それはちょっとばかり勇気を持って。


 向かい合う中、ユミの真剣な眼差しと張った声色を、コウは黙って聞き入れていた。


「ははは、分かった。待ってるから――その時は、甘えさせてもらう」


「うん! 絶対……約束する」


 アイコンタクトだけでそれを契り、ユミは音楽を鳴らした。


 静寂が包む牢屋の中を走り抜けるテンポアップな曲。

 突然の出来事に、コウは度肝を抜かされたのか、数歩下がりを見せた。だが、すぐに受け入れてそれを聞き入いっている。どうやら、気に入ったようだ。

 ユミは身構えていた。この後押し寄せるであろう――地響きに備えて。


「コウも構えて! 大きな地震が来ると思う」


「……分かった。――何だ? 何の音だ?」


 コウの疑問投げに、ユミも疑問が浮かんだ。


 ――――何の音だろう。

 バドラが駆けてくる音とは違う。擦るような音とは違って……こう


 ――――次の瞬間、


「――ユミっ!! 下だっ!!」


「……えっ」


 コウの警鐘の声も時すでに遅く、亀裂が走り崩壊した床にユミは飲み込まれていた。

 コウから伸ばされたその手も、交わることなく――。


「――――!!」


 遠くなるコウの声が微かに聞こえる。

 手を伸ばして、その落ちたと思しき場所へと甘えを求めたが、コウは答えてはくれなかった。

 邪魔をする重力だが、それには逆らえない。


 辺りは闇。響き渡るは、ユミの手に持つ魔道具から発する大音量の音楽だけだ


 いつ訪れるとも知れない衝撃を、ユミは考えもしなかった。コウと離れていくこの時が妙に寂しく――その手はずっと、落ちた場所のコウへと向かってなおも、訪れるはずのない温もりを求めて、閉じることはなかった。


 ――――バサッ。

 大きな羽を震わせたような音に、ユミは戦慄した。

 ここは地下。そんな訳ないと、たかをくくるも、その双眸は好奇に引かれ、確かにそれを注視した。


「みどり……」


 闇の中を翠玉が二つ。それだけを捉えて――突如、闇が押し寄せた。


 翠さえも消し去った闇の襲来に、ユミは辺りを見渡すも――そこには黒に覆われた世界しかなかった。


 何が起こったの。落ちていたはずなのに、衝撃がいつになっても襲ってこないなんて……あの、みどりの正体はいったい……。

 コウは……コウはどうなったの……。


 あれ……こえ……でてない。きこえ……ないじゃん。あじわえない……じゃん。みえない……じゃん。かげ……ないじゃん。

















 かんじ……れないじゃん……コウ……の……てを…………。

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