一章 15夢 最後の欠片
シギリと似ても似つかない。
髪色、双眸、その他――そのほとんどが、どこかシギリを彷彿とさせるものがあるが、まるで違う。
――――笑顔が似合う。
そんな第一印象を抱くほど、清爽なる青年であった。
軽装な服が汚れているのはきっとこの部屋のせいだろう。それでも、やんちゃな一面とそれは捉えられる。
匂いでさえ、この現状では優雅とは言いがたいが、どこか落ち着くものがある。
そこに淡とした冷徹さはない。あるのは温もり。
親身になって、ユミへと接するのその態度に向かって、
――――バチン。
と、静寂の薄暗い闇の中に一閃が走る。それはユミから飛び出したものであった。
嫌悪からではない。それだけは断じて違う。ただ、ユミにとって、その人物は、とてもとても――待ちに待ち焦がれた人物であったのは確かで、それだけに、その人物へと与えた第一印象は、最悪と捉えられてもおかしくはない。
その覚悟以上に、ある感情があった。
「……おぉ、いって~」
唐突な一閃を受け、バランスを崩して尻餅をつくコウ。頬を擦りながら、何が起こったのか――現実に着手している様子。
ユミを襲った鈍い痛みは先程と同様。だが、それに高揚感はなく――。
ただ、
「……はぁはぁ。やっと……見つけた。――バカ王子」
今できる精一杯の無愛想な対応と、紡ぎだした言葉の凄みをお見舞いする。
それでも、それには覇気などまったくといっていいほど、備わってはいなかった。
涙をぬぐい去りながら、二本の足で立ってコウを見下ろす。
あったのは、そう――やっと会えたという、『安堵感』。
そして、思い描いていた通りの人物という、『安心感』だった。
一人、異世界で孤独感を味わわされ、頼る術を無くし、力を失くしたユミは牢へと繋がれた。
そんなユミにひとときでも、安らぎを与えたのは、同じ牢に入っていた一人の青年である。
しかし、ユミはその行為を蔑ろにし、その人物を今や見下ろしている。
「……やってくれたな、赤髪」
当然の報いといわんばかりに、今度はコウから発せられた凄みに当てられるユミ。軽やかに立ち上がったコウに、ユミは壁際へと追いやるように詰め寄られた。
壁を震わす音。逃げ道を封じられた前後の壁。手の柵。
先程、シギリにやられたことの再来であるが、今度のユミは目を開いてコウを見上げていた。
そこにあったのはシギリと違い、温もりがあることをその表情が伝えてくれたためだった。
「……何があった? 泣くなんて、よっぽどのことだぞ」
その優しい問いかけと、にこやかな表情に、ユミは抑えていたものが止まらなくなり、ただただ慟哭する。
「……ばかぁ。ばかばかばかばか……」
そして、懐へと忍び込み、罵詈雑言と暴力をお見舞いする。
それでもコウはびくともしない。何度も――何度も――それらを浴びせられても、
「あぁ、俺はバカだよ。大バカだ。――だから、こうしてやることしかできない。わるい」
自分を卑下して包容で返した。ユミの闇を全て包み込むコウがいる。
――――八つ当たりだって分かってる。分かっているのに、歯止めが聞かない。止まらない。
負わされた傷の深さに比例し、薄暗い闇の中でユミの慟哭は今だ続く。
赤髪の彼女――ユミを、コウは黙って受け入れていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……っ、ご、ごめん。私……」
落ち着きを取り戻し、状況判断を行った結果――突き放すという選択肢をユミは自然と行った。目を合わせられずにうつむく。
頬が紅潮し、無様にも泣きついたという事実を、思い返せば思い返すだけ、その赤は髪をも越える。
「い、いや、いい。そういうときもあるだろ」
頬を掻きながら、コウもまた目を背ける。
しばし、静寂がその場を支配する。
「と、とりあえず――何があった? それと合わせて、外の状況も知りたいんだが……」
「う、うん。――――」
ユミは起こったことを事細かに説明した。会談のこと。決裂したこと。魔女のこと。そして、シギリとのことも――。だが、『リダイアル』のことだけは話さなかった。話しても、意味がないためだ。
余計な情報の提示は、混乱を招くだけだからだ。
「――なるほどな。はぁ、くそ兄さんめ」
お互いに牢屋の床へと座っている。ユミは正座で、コウはあぐらをかいて――汚い言葉で罵るが、コウはうなだれて頭を掻きむしる。
それは、己の未熟さを悔いての行為だというのが見てとれる。
「あと……すまない。ユミを傷つけた兄に変わって俺から謝る。――本当にすまない」
「いや、いいの。私が……悪いから」
今度は、両ひざへと手をついて頭を垂れるコウ。
慌ててその行為を止めさせるが、ユミの声はか細くなっていた。
シギリが脳裏を過る度に、胸を締め付けられてしまい、苦しい。その行為をどこか望んでいたユミが少なからずいる。
「……私が、魔女だって偽ったことが原因だし……コウが謝る必要なんてないよ」
だが、それでもコウにそれをさせる所以などない。
その行為を否定し、自分の非を認めるユミ。
「まぁ、確かにそうだが……ユミも、そこまでして身体張って、兄さんに何を進言したかったんだ?」
「……戦争を止めて欲しいって。でも、聞く耳なんてなかった」
――――何も出来なかった。
その心情と、押し寄せてくる歯痒さに、涙は再び溢れてきそうになる。
「そうか……だけど、改めて言う――ユミ、本当にすまない」
コウは再び、頭を垂れた。「え?」と、ユミは渾身のハテナが飛び出す。
「……俺がこんなことになってなければ、ユミに辛い思いをさせずに済んだ。今の俺はこんなことでしか罪を償えない。俺の不甲斐なさを笑ってくれ」
真剣なコウがそこにはいる。先程見せたものとは少し意味合いが違う。
どちらにもこもってはいるが、『誠意』の度合いが違うのだ。
そんなコウの誠意を受け取らないわけにもいかずに、それをしっかりと受け取った。
だが、
「……笑え、ないよ。だって、コウは悪くないんだもん。私が選んだの……わたしが。わたしがじぶんでそうしたいって……でも、けっきょくできなくて……コウにあたって、なきわめいて――わらわれるのはわたしのほうだよ……」
コウの要望に、応えることはできなかった。
――――戦争を止める。
そう、『リダイアル』した後にあった数ある選択肢。その中からそれを選んだのは、紛れもなくユミ自身だ。コウのせいではない。
紡ぎ出せば、紡ぎ出すだけ、感情の抑えが利かずに零れ落ちる。
何度拭ってもそれは止めどなく――くしゃくしゃになった表情など、見せられない。
「笑わなくてもいい。だけど、泣かないでくれ」
コウの手がユミの赤髪に乗せられ、ゆっくりと撫で上げる。不意の出来事に、くしゃくしゃのままにその表情は上がってしまう。
「あっはっはは。顔まで赤いぞユミ、アハハハ」
いっそ清々しいほどに笑い声を上げるコウに、ユミの涙は止まった。
釣られるように――少しずつ笑えた。笑えたのだ。
「おっ! ――そっち顔の方がユミには似合ってるよ」
爽やかに綴られた雑じり気のない言葉に、ユミの顔は別の意味で紅潮し出した。




