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夢戻リダイアル  作者: やまは
夢と現実の一日
15/63

一章 14夢 力

 ユミは呆気に取られた。そのために、シギリの組まれていた足が解除されたこと。立ち上がったこと。その足でユミへと近づいていること。

 シギリの一挙手一投足。それら全ての認識力を欠いていた。

 だからこそ、ユミはシギリの行動に対処する術を無くした。


 ――――気づいたときにはもう遅かった。

 シギリはすでに、ユミの目の前にいる。


 眼前を覆うシギリの白い服。耽美たんびな世界に誘われそうなほど、優雅な香りが包み込む。


「……っ、な、に……を……」


 ユミの眼前が不意に、白から碧眼を伴うシギリの顔へと上がりを見せる。


「言ったはずだ――肩書きは捨てた……と」


 ユミの顎を持ち上げる手とは別に、ユミのフードは捲られる。そして見えるは赤い髪。


「これは無礼でもなんでもない。そう、君が望んだことだ」


「ち、ちが……」


 ユミはそれ以上、言葉の続きを押しきれなかった。


 今もなおユミは、シギリの端正な顔立ちを至近距離で味わわされる。眉一つ動かさず、その碧眼がユミの双眸と繋がる。

 ――――目を逸らすことができない。


 別の形で会えていたのならきっと、ユミはシギリの全てを受け入れるという、謎の自信があった。

 それほどまでに、幻想的な風格がシギリには備わっている。それがようやく分かった。

 そして、もう一つ。芽生えていた感情の正体も理解した。


 ――――バチン。

 シギリの顔が弾け飛び、顎を持っていた手がそこを手当てする。しかし、それでも表情は崩していない。ゆっくりと顔が戻りを見せ、ユミを見下ろす。


「……無礼講ってやつよ。シギリ殿下」


 一、二歩下がって冷静に綴り、分からせる。

 溜めに溜めてたうっぷんをようやく晴らせた気がした。シギリの顔を弾き飛ばした手のひらが鈍く痛む。だが、そんな痛みなど、どうということは無い。

 残ったのはやってやったという高揚感だけがあった。


 ――――分かった一つ。それは、ユミはシギリが嫌い。ということだ。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 姿を表したのは、ユミの赤髪以上にシギリの危うさであろう。

 妙な色気に当てられたのなら、きっと堕ちる。だが、その一手を打ったユミにとってそれはあり得ない。


 今一度イスへと誘われ、ユミとシギリはイスに腰かけて向かい合う。

 露にされた赤は、もう隠す必要がなかった。


「はははは。どうやら君には嫌われてしまったようで」


 注がれたお茶を優雅に嗜みながら、落ち着き払うシギリ。


「……っ、当たり前よ! いきなり何するの!」


 そんな様子と、先ほどの何とも言えない雰囲気。色恋仲なら話は別だが、それはない。決してない。

 ユミが覚えたのは嫌悪。外見ではなく、その性格が合わない。それ以外は完璧なのに――。

 ユミは声を荒らげて、そんなシギリを非難する。


「そんなこと、どうでもいいはずだろ。――そろそろ、君がここに来た理由でも聞こうか」


 一瞬にして雰囲気がガラッと一変する。

 それは先程までの雰囲気を、和やかと表現できるほどである。実際、シギリにはそう思っているのかもしれない。


 ――――これが嫌。

 何もかもがシギリの手のひらの上という、そんな場を支配する力。見透かしたかのような態度と、淡とした声色。

 シギリのこの『力』がユミに嫌悪を与えている。

 それでもユミは負けるわけにはいかなかった。


「……戦争を辞めてください」


 ユミは立ち上がって、頭を下げて懇願する。

 シギリは王なのだ。彼に懇願するために、ユミはここに来た。


「……なるほど。では、この伝書の中身はそういうことか」


 テーブルに乱雑に捨てられた紙を振りかざしながら、ユミの赤を見つめる。


「私は言わなかったか? 肩書きは捨てた、と。そんな権限を今の私は持ち合わせていない。頭を上げろ。それとも何か――その可憐な赤い花をしばらく見せてくれるのか?」


「……っ、ふ、ふざけないでよ! そんな場合じゃ――」


「――そうだな。確かに、そんな場合じゃないな」


 ユミは評された赤を戻し、罵倒のコメントを繰り出す。しかしそれを遮り、シギリは合わせだした。まるで効いていない。

 だが、その落ち着いたシギリの様子に、ユミの期待度は一気に跳ね上がった。


「じゃ、じゃあ……」


「君の処分を検討しなければな」


「……え」


 思い描いていた答えどころか、予想だにしない言葉が羅列された。その意味を知り得ているがために、ユミは喫驚きっきょうの声が微かに発せられた。


「その前に君にはいくつか質問する。正直に答えた方が身のためだと思うがね。――では、一つ――」


「――ちょ、ちょっと待って!」


 今度はユミが遮った。慌てながら、勝手に進めるシギリを止める。

 目まぐるしい急展開の中でも、シギリに対していくつか非礼の数々は思い当たる。


「……ご、ごめんなさい。私の無礼があったのは謝ります。だけど……処分される所以なんて」


「……まさか、この私を欺けると思っていたのか?」


 急変したシギリはゆっくりとユミへと詰め寄る。ユミは後ずさりを余儀なくされ、壁へと背がぶつかる。冷たい白い壁が後ろにも前にも――。


 壁を震わせた音に、思わず目を瞑るユミ。

 ――――もう逃げられない。

 逃げ出せたのは、白から黒へと変貌した視覚。

 シギリの全てを捉えなくないのに、防げない五感はそれをお構い無しにと研ぎ澄まされて、感化している。


「私は魔女特有の匂いが分かる。そうである者とそうでない者――君からは全くその匂いがしない。この国の信仰の対象である魔女を気安く語ったのだ――それに、君を処分できる所以など、いくらでも作れる。私は『力』があるからな」


 耳元で呟かれ、ユミの身の毛がよだつ。

 魔女の匂いというものが分からない。たとえそれが嘘だとしても、シギリにはそんな事を度外視できる『力』がある。

 わざわざそれを矜持したのは、ユミを絶望の淵へと叩き落とすためであろう――それは見事に成功している。

 ユミの心は希望から一転――絶望へと変化を遂げている。それは表情――身体も全てそれに倣う。


 ユミは震えてその場に崩れた。

 ――――ただ、弄ばれたいただけ。

 そんな事実だけが、絶望したユミにその景色を与える。

 あったのは絶望。あまりにも強大な白い絶望であった。


「君の名は」


「……ユミ・ヒイラギ……」


「何故、愚弟の名は知っている」


「……おしえて、もらい、ました」


「誰に」


「……カイ……さん」


「――――」


「――――」


 ――――何を言ったのか、覚えていない。

 シギリから矢継ぎ早に繰り出される問いに対して、ユミは虚ろながらに全て正直に答えを出していた。

 見下され――蔑まれ――露にされた。

 丸裸にされたユミはただ、一刻も早くこの場から無様にも逃げ出したかった。


 そして、彼女は――。

 シギリの問いかけが、終わったことにすら気づいていない。

 シギリの呼び掛けから、衛兵が二人その部屋に入ってきたことすら気づいていない。

 衛兵に立たされ、連行されていることにすら気づいていない。


 気づいたときには、この場から消えることのできる喜びだけで彼女の脳裏は支配されていた。

 それでも、


「ありえない」


 確かに彼女――ヒイラギ・ユミの口元がその言葉の動きを見せた。その部屋の最後の抵抗にさえ、彼女は気づいていなかった。


 それは、ユミとシギリ――二人が出会ってから、たった十分。そんな短時間の間にユミは堕ちた。堕とされた。帰ってこれないほど深い闇に――。


「……夕陽」


 衛兵に連れられる中、窓から零れて差し込む光の正体を呟く。

 色を変えてもなお、光続ける太陽。闇に消えてもなお、また別の存在を照らしてくれる――そんな存在が果たしているのだろうか。


 彼女はただ、その光すら届かない地下へと連れられ、そして囚われた。それは、逃げ出すことなどできない牢屋であった。

 彼女は一人、その壁に寄りかかって丸くなる。


 誰も助けに来てはくれない。

 誰にも頼ることができない。

 誰も救いだしては――、


「お~い、どうした? 入ってくるなり、そんなに丸くなって。大丈夫か?」


「…………!」


 不意打ち気味に放たれた一撃に、彼女――ユミの顔は上がりを見せた。膝を抱えるユミの赤髪が、一人の人物によって撫でられている。


「……だ、れ?」


 濡れきった双眸と薄暗い闇のために、その人物を捉えられない。かろうじて捉えられたのは、その人物が目線を合わせるようにしゃがんで、優しく涙を拭ってくれたことだ。


「俺は、『コウ』――『コウ・ゼネリア・プラノ』。プラノ王国、第二王子だ」


 それは、太陽のように温もりのある声色であった。

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