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夢戻リダイアル  作者: やまは
夢と現実の一日
13/63

一章 12夢 ありがとう

 スマホが指し示す時刻を教えるとするならば、現在――十二時を越えたところ。


 深々と下げられていた二人の衛兵は、仮魔女の言葉でその行為に終止符が打たれていた。

 その誠意をユミが受けたのは本日二度目。しかし、今度の誠意は欲しかったものである。


 起き上がったアツリとサムヤの目の色は変化していた。

 特に顕著なのがサムヤだろう。興味本意からか、ユミを色物のように扱い、自分の欲求を満たそうとした時の覇気は既に遠い彼方へと消えている。今や姿勢を正し、次なる言葉を待つだけの忠実な配下と成り果てている。


「とりあえず――その紙と指輪を返してくれないかな?」


「は、はい!! 魔女様。――どうぞっ!」


 ユミの言葉に、アツリは一歩前に出て、伝書と指輪をユミへと明け渡した。

 さっきまでの気だるげさは一変。アツリの底にある真面目さが引っ張り出されてしまったようで、


「ありがとう。ええっと、アツリ……さんでいいのかな?」


「はい! 私は『アツリ・アザウェル』と申します。魔女様に名前覚えていただけるなんて、光栄です!」


 と、まるで人が変わったかのような急変した態度に、サムヤでさえも度肝を抜かれている。


「……で? こっちのサムヤ……さんは、私の髪――見てないよね?」


「は、はい! 私は何も見ていません」


「じゃあ私に乱暴して、何がしたかったの?」


「……うっ、も、物珍しい髪色を見たかったと――あっ!」


 引っ掛かったと気づいたときにはもう遅く、アツリからの本日三発目の裁きは手のひらから繰り出された。


「お前は、城に魔女様が到着したと伝えてこい!」


「は、はい~ど、どうかご内密に~」


 帽子を押さえ、あわてふためきながらに、門の奥へと消えていったサムヤ。ユミは「あはは……」と、思わず苦笑いが飛び出した。中々に憎めない性格の持ち主のようだ。


「全くあいつは……本当に申し訳ありません。――魔女である証をお持ちでしたら、最初からお出しくだされば、このような無礼は……」


 ――――と、言われても……。

 と、ユミは思う。

 すれ違いの原因は、ユミの魔女に対する観念と、アツリ達の魔女に対する観念が全く違うためだ。

 少しのやり取りですら、それが垣間見えていた。

 魔女と認識されてからの一変した態度。魔女に対して『様』発言。まだまだありそうだか、サムヤが来るまでの間、時間があるために、


「それは……ごめんなさい。私もこの国に来るのは初めてなの。別に咎めたりはしないからさ、よかったらこの国について教えてほしいんだけど……いい?」


 当たり障りもない理由を交え、魔女とこの国との関係を問いただす。


「はっ、魔女様! ここプラノ王国は、魔女様を信仰し、崇拝する『親魔国しんまこく』です」


「エッ!? シンコウ? スウハイ? シンマコク? ――ナニソレ?」


 片言に成り下がるユミの声帯。

 それぞれの単語の意味ぐらいはユミでも知っている。一部、聞き及ばない単語があったが、その前の言葉の意味から察するにそれは――。


「一言でいいますと、『魔女様と交流の深い国』ということです」


 アツリはそう言った。確かにそう言ったのだ。


 ――――なかなかどうして、魔女に辛辣でない者達もいる。

 アツリの言葉と態度で、ユミは考えを改め直す。

 これまで、魔女に対する偏見と魔女本人から受けた忠告。それらを身をもって、そして言い渡されたユミの魔女に対する概念が変わった。


「そっか……魔女にも優しい国があるのね」


 ユミの双眸と手はナニかを確かめるように、自分の胸を捉えて――掴んだ。


 ――――ない。確かにない。


 喜怒哀楽――それらではいい表すことのできない感情。ただ、近いものは『喜』。

 ユミの心のどこかに刺さっていたつっかえ。そう表現できるものがいつからかそこにあった。


 まだ仮であるが、『ユミは魔女である』。そう認められている。


 魔女が何故忌み嫌われる存在なのか、今はまだ定かではない。たとえ魔女の大多数がそうであったとしても、フィアやメトンのように『心』ある者は確かにいる。ユミの『心』は確かにその施しを受けている。


 この国には一つ。全貌は知り得ないが、一つ。それが魔女ユミの心のつっかえを融解させたのだ。


「ま、魔女様!? 大丈夫ですか!?」


「……へっ?」


 アツリは心配そうな声色を上げながら、慌て出してうつむくユミを覗き込む。

 アツリの言葉に、ユミは反応を示し顔を上げた。


 何をそうも慌てているのか――。


 何をそうも心配してくれるのか――。


 ――――何をそうも溢れてくるのか。


「……だいじょうぶ。だいじょうぶ、だから」


『……ありがとうっ』


 誰に対してでもない。でも、その一つにユミが返せるのものがあるとするならば、その言葉だけであった。


 今はただ、返した一つの反動から、溢れ出すものをぬぐい去ることだけで、ユミは手一杯であった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 魔女が認められている国。それがプラノ王国。

 王都ゼネリア。その王城の門の前で、一人の赤髪をもつ魔女が落ち着きを取り戻し始めた。

 他の人々とは一線を画す格好で、目を少しばかり腫らした――そんな仮の魔女。

 ――――そうと知るのは彼女だけ。


「……一つよろしいですか?」


 慟哭を聞き入れるしか選択肢がないアツリは、それが収まるのを待ってから口を開いた。「なに……?」と、少し掠れたユミの声色がその情景を物語る。


「お名前をお聞きしても……?」


「そ、そうね……ヒイラギ・ユミ」


「ヒイラギ様……少々変わった……あぁ、申し訳ありません。大変ご無礼なことを」


 慌てて訂正し、頭を下げるアツリ。

 異世界ならそう捉えられるのも無理はないだろう。同じ世界でもそれはあるのだから。


「いいの、いいの。それより、もしかしてだけど私の名前、『ヒイラギ』ってことになってない?」


 ユミは手を振ってその光景を止める。そして投げたのは、日本との違い。姓と名が逆のパターンで受け止められる可能性があるためだ。

 本当はどうでもいいことなのだが、魔女『ヒイラギ様』では、小難しいというか、何というか――素っ気ない。魔女『ユミ様』――なんて、中々に誇り高い。

 ――――気分の問題だ。


「家名が、ヒイラギ。名前がユミ。――『ユミ・ヒイラギ様』ということで、間違いありませんか?」


 アツリは訂正し、それを提出した。

 訂正の結果、フルネームでは結局『ヒイラギ様』にはなってしまうが、それはいいだろう。

 ユミも頷き、それに判子を押した。


「アツリさ~ん」


 微かながらにこだまする声。手を振りながら駆けてくるサムヤが、開かれている門の向こう側の世界から鮮明になり始めてきた。

 速さからして、質問はあと一つだろう――サムヤの到着は、心を入れ替えを余儀なくされる。

 ――――プラノ王との謁見。心のゆとりなどあるわけがない。


「ねぇ、アツリさん――」


 ユミの言葉に、アツリはその視線をサムヤから戻された。


「――どうして私が魔女だって信じてくれたの?」


「それは指輪の文字列のためです。その文字列は魔女様にしか描くことのできない配列だと言われています」


「……はぁはぁ。ま、魔女様。ど、どうぞ、お越しを……」


 息急き切らせ、膝に手を当てるサムヤ。身を低くして――それは懇願より疲労の方が勝った姿であるのは、明らか。

 それでも、


「……っ、わ、たしは『サムヤ・リリメイス』。どうか、お名前だけでも……」


 その体勢は姿を変わることはなかったが、見る目だけは懇願へと姿を変えた。


「あはは……ありがとね、サムヤさん」


 本日二度目の苦笑いだが、しっかりとそれは買った。

 この期に及んでの見上げた姿勢で、サムヤの執念をユミは感じた。


「あ、ありがとうございます!! 魔女様!」


「ユミでいいよ。――アツリさんもね。様はいらないから」


「「――はっ!!」」


 二人の衛兵は敬礼をユミへと送り、道を作った。

 開かれた門へと――王城へと続く道のりを、ユミは進み始めた。


 指輪の文字列は解読できない。それが意味しているものを、すぐに捨て去り、対峙するは城の敷地内にいたある人物。


「着いてきて、案内するから」


 その冷静さを、今は見習うしかなかった。

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