一章 11夢 夢の王都
きっかり二時間後。王都ゼネリアは姿を表した。
石畳で舗装され、その縫い目であみだくじでも出来そうなほど、造りは精巧ではない。それでもそれは味ともいえる。アスファルトとはまた別の意味での舗装といえるためだ。
建物一つ一つが現代日本とは駆け離れており、どちらかといえば西洋風。
そんな中でも人目につくのはやはり王城であろう。全てを見下ろすほどにそれは高位。
そんな王都を駆けるのは、ウマゴンこと『バドラ』。何匹ものバドラの列は圧巻だ。砂埃を上げながら、規則正しく大通りを駆ける。
「さすが異世界……ファンタジーって感じね」
「では、ユミ殿。私はこの辺で」
そんな王都の光景に見とれるユミに、別れのイベントが発生した。
「ま、待って。せめて、城の前まではお願いしたいんだけど……リスクは避けたいのよ」
辺りを一見し、フードを深々と改めて押し下げ懇願する。
王都へ入場する前から、ユミはフードを被っていた。それはユミなりの防衛策。
それでも隠しきれないものには、好奇の眼差しが向けられている。
珍妙さでいえば、この場の二人に勝るものはない。それでもメトンは気にする素振りなどまるでない。
――――だからこその、リスクは避けたい発言。
メトンのその屈強さに手を出す輩などいるはずもなく――狙われる可能性で言えば、ユミの方が高確率。
少なからずそういう輩との接触は避けたいもので――一人になればますます危険なのだ。
「すぐそこなのですが……まぁいいでしょう」
「ありがと~メトンさ~ん」
気落ちしていたユミの心は、棲みきった異世界の青空のように晴れて、感謝の言葉を口にした。本当は抱きつきたいほど嬉しい回答であったが、流石にそれは自重し、感激の声と表情でそれを表現した。
「では、着いてきてくださいユミ殿」
「は~い」
その屈強な背中を前に、ユミは王都の風景を堪能しながらに思う。
「……染めればよかったかな」
今や、ユミの持ち物はスマホとハンカチとポケットティッシュと指輪。ポケットに収まる類いのものだけになっている。
少しでもその珍妙さを消すためにと、世にも珍しい白いレジ袋と共に、お買い上げの品々は、街道沿いの木の下に埋めた。
役には立たないと判断したためでもあり、手荷物になっていたのもあったためだ。
だが実際は、赤髪の方が珍しいというのが現実。辺りの『人』や『亜人』とは、ユミの髪色はだいぶ駆け離れている。
青や緑や金色。ましてや黒まで――しかし、赤はどこを取ってもいなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――王城の門が姿を表した。
見るからに門番なのだろう――二人の男性が、遠目にもそこにいるのが分かる。
閑静としていて――暇そうなのが見て取れる。
――――あ、今あくびした。
「今度こそ、ここでお別れですな。お気をつけてユミ殿」
「う、うん……ありがとメトンさん」
「そう身構えなくとも大丈夫ですぞ。――その伝書を持っているうちならば」
優しく緊張をほぐしたかと思えば、付け加えたかのような条件に、ユミはさらにも増して緊張する。
――――じゃあ伝書を渡したら。
なんて、怖くてユミは聞けなかった。
曲がりなりにも王へと渡す伝書。魔女の何かしらの力で守られているのだろう。そう解釈するしか――それを絶ったユミに方法はない。
「王に私のことはくれぐれもよろしくと、お伝えください。――それでは、またお会いしましょう魔女ユミ殿」
悠然と去っていくメトンの背中に小さく手を振りながら、ユミは気持ちを切り替えて、門へと進み出した。
まず、門は開かれていない。それに伴い、門番もとい衛兵との接触は免れない。堂々と通過、とはいかないようだ。
城の回りを囲う城壁――とまではいかないが、侵入者防止策は徹底され、格子は人の何倍もの高さで張り巡らされている。その先端は鋭く尖っており、刺さったのなら、出血は免れない。
「……本当に行けるのかな?」
進む度、だんだんと不安は募る。それに合わせて、うつむく姿勢となって行くユミ。
たった紙切れ一つで身分すらないユミが、一国の王との謁見とはあまりにも話が上手すぎる。
メトンを信用していないわけではない。それでもつきまとうものはどうしてもあるもので――。
「どういったご用件でしょう」
不意を突かれてユミの足は思わず止まる。
ユミの見上げた先――それはすでに、二人の衛兵がこちらを認識するほどの、距離であった。
「身分証はお持ちで?」
ユミから見て、左側の衛兵がそれとなく問い質してきた。
二人とも同一の格好なのは、衛兵としての制服なのだろう。
厚みのある帽子には、まるでカーテンのように、顔以外の頭部を覆い隠す布地を伴っている。
軽装な水色と黒の制服。その上に厚着のマントを羽織る。胸元でしっかりと止められており、背中からくるぶし辺りまでのロングタイプ。
一目で衛兵だと認識できるほど、シンプルながらも、特徴的な風貌であった。
王都の入り口――その他、見回りの人物も同じ格好をしていたのを思い出す。
衛兵としてはまず真っ先に聞くことなのだろう――それは、ユミにとって後にも先にも答えられない問いであった。
――――持ち合わせていないのだから。
「え? み、身分証……ですか?」
当然ながら知らない――とは言えないわけで、知った風な口調で、ユミは道化を演じさせられる。
あたふた身をひっぺがすように探すも当然、あるわけない。
「あはは……忘れちゃったみたい……です」
「……では、お引き取りを。身分の分からない方を城にお通しすることは出来ませんので」
呆れ果てた口調で後ろの帰り道を差し出した左の衛兵。
何もされないというのは、この衛兵の器量の大きさなのか、ユミのような変人がたくさん来るからなのか、それは衛兵になって見ないと分からない。
「それじゃあ……どうも」
本当はこのままそそくさと逃げ出したいが、そうもいかない。不審者だと思われたのは確かで、ゆっくりとユミは振り返った。徐に考えを巡らせ、歩幅を小さく歩む途中、
「ちょっと待った、お嬢ちゃん。その頭の布地を取って顔を見せてくださいよ。――『アツリ』さんも、さっさと追い払ってどうするんですか。怪しすぎるでしょ、あの格好。それに――」
間髪いれず、詰め寄ってきた右の衛兵に、ユミのフードは掴まれた。
「ちょ、ちょっと、なにするのよ!? 助けて、兵士さん」
咄嗟に身を守ろうと、その取った手を握り返し、抵抗を見せるユミ。力を込めて精一杯の抵抗を見せるが、相手はびくともせず、
「俺が兵士だ。残念だが、助けられない。それにな、見えたんだよ。その下の髪色が――」
綴られた言葉の意味を理解し、ユミは恐怖を覚え、表情は強ばりを見せ出した。
その光景はただ、男と女の力比べに他ならない。男の力に任せた強硬は、女にとって厳しいものであった。
ユミの抵抗虚しく、そのフードは捲られ赤を露呈させられる。
「……っ、いたた」
その際に生じた反動により、ユミは石畳へと尻餅をつかされた。
「――やっぱ、赤だったか。そんな物珍しいお嬢ちゃんが城に何のよう……」
恐怖に戦く中、その言葉にハッとしたユミの見上げた先――襲っていた衛兵の表情が苦痛に歪んでいた。それは、厚みある帽子までもがそうであったのだ。
言ってしまえばそう――裁きの一撃が下ったのだ。
「いたっ! なにするんですか!?」
「助けてって言われたから助けた。俺も兵士だからな」
下したのは、傍観していたもう一人の衛兵だ。
衛兵の傍らにある武器。それは『槍』と呼べるものである。
人の背よりわずかに長いその槍の矛先が、振り落とされて、ユミを襲った衛兵に見事命中。それが真相だ。
「だからって……うおぉ!?」
「いちいち騒ぎを起こすな『サムヤ』」
戒めるのような二発目の裁きにより、その衛兵はその場に頭を抱えて踞った。
「去るものは追わなくていい。それに相手は女性だ。兵として恥ずかしいとは思わんのか?」
「……は、はい。すみませんでした」
諭すような『アツリ』の言葉に、反省したのかユミへと頭を下げて謝る『サムヤ』。
その関係は、まるで上司と部下といったところか。気だるげな上司と、真面目な部下。そんなところだろう。
「お嬢さん、お怪我は?」
「は、はい。大丈夫です……一応は」
助けられたことに一応の感謝を述べるが、心拍はまだ収まらない。
一人で立ち上がったが、もう立ち直れないほどに、このまま引き下がれなくなってしまった。
衛兵とのやり取りは、特に問題視されることはないのだろう――民のやり取りは日常と変わりない。ただ、ユミの赤を露呈させられてからは、民のざわめきの声が一層にも増してユミの耳に伝わってきたのだ。
――――どうしよう……どうしよう。
焦る気持ちと、恐怖の感情に冷静な思考など今は皆無。
――――身分。身分。と考えれば考えればほど、ある一つが頭を支配した。
「魔女……」
小さく呟いたユミの言葉に、衛兵の目付きが変わった。アツリの槍の矛先がユミの喉笛に突きつけられる寸前で止まり、遅れること数秒。サムヤの槍もそれに倣った。
また別の意味の恐怖でユミは支配され始めた。それは、
――――『死』の恐怖だ。
「その言葉……この国でどれだけの意味を持っているのか知ってての発言か?」
「冗談では済みません。返答次第では、死んでもらいます」
二人の衛兵の態度は、先程までとまるで違う。
魔女と名乗りを上げてしまったがために陥った状況。忠告の言葉を無視した結果ではあるが、こうなってしまってはもう、とことんやるしかない。
「……わ、たしは、魔女『メトン・ジャルバ』から王へと伝書を預かってるの」
一つ一つ丁寧に言葉を紡ぎだし、伝書をゆっくりと体から取り出して、差し出す。
アツリは槍を傍らに立て置き、ユミのそれを取り上げて見せつけながらに、
「もし仮に、この伝書が『メトン様』直々のものであっても、我々では確認できない――その意味ぐらい、分かりますよね?」
アツリの言葉に、ユミはただ頷くしかなかった。
それが封書であるが故に、開封済みというのはその中の効力を無くす。流石にその事もユミは知ってはいるが――示すには開くしかないのは確かで、それ以外の方法が、
「……これ、じゃあ……ダメ?」
一つだけあった。
突きつけられている矛が一つ、減ってはいるがそれでも恐怖は終わらない。
ユミが徐に取り出したもの――――そう、指輪だった。
サムヤは指輪を取り、それをアツリへと渡す。アツリが隈無く確認する中、見つけた何かに血相を変えて、
「こ、この方は『魔女様』である。サムヤ、槍を戻せ」
「え? どういう……」
「いいから、頭を下げろ!!」
サムヤの頭を掴み、二人揃って頭を下げ始めた。サムヤは半ば強制的であったが――それは見違えるほど急変した態度であった。
魔女という存在が、この国ではまた別の意味を持ち合わせているのだと、ユミは思った。
頭を垂れる二人の衛兵からの完全に脅威は去り、ユミは一先ず、フードを被り、一息呼吸を整えた。




