一章 10夢 夢の続き
スマホの時刻は九時半を越えていた。
あれから変わったことは一切無く、ただ時間だけが、空の雲のように流れ行く虚しい時。
「時間となりましたため、これにてこの会談は決裂。これにより『プラノ王国』と『ルテーノ王国』は戦争状態と相成ります。よろしいですかな? 両陣営」
切り裂くように、メトンから告げられた言葉
それをユミは――両陣営の三人までもが、ただ黙って聞き入れた。
場を乱しても待っているのは『死』。それは変わらない。だからこそ待つことをユミは選んだ。
もし乱したとして、それがこの状況を打破するとはとても思えない。高確率でそれは『死』の選択。それを知り得ている脳体を持ち合わせているからこそ――ループ物ではあるが、わざわざ好き好んで『死』を選ぶほど、ユミは馬鹿ではない。
ユミは待っている間、曲がりなりにも備わる脳を回転させていた。それは、最善へ向かうために。そして、わずかな期待もあった。
当然ながら最初とは違う状況であるがためだ。
二週目。この場で起こせる変化というフラグをある程度ユミは選んだつもりだった。
が、結局コウの登場というフラグとは何ら関係のないというのが現実。
いましがた発せられた魔女メトン言葉が決め手である。
「「「………………」」」
両陣営が押し黙って――その後、何も言わずにウマゴンへと跨る。
ウマゴンの嘶く声が、鳴り渡る草原。それに始まり、砂埃を舞い上がって、擦る音がだんだんと遠退き、
――――会談の幕引き。それを告げた。
残されたのは魔女の二人。赤と白。少女と老体は、今もなおそこから動こうとはしない。
――――嵐の前の静けさ。そんな前触れを予感させるほど、静寂な草原へと変貌していた。
ただユミの心はもがき苦しんでいた。
苦渋の決断を強いたがために――知り得ているがために陥った自己嫌悪。
息苦しいさと、情けなさと、歯痒さと――それら負の仲間達にまで疎まれ、そして苛まれた。
――――バンッ!
そんな思いを一撃で殺す。殺してやったのだ。
奏でられたユミによるシンバル――それは異世界で二回目の闘魂注入。
「ユ、ユミ殿!?」
「……よしっ! ――それじゃあ行こう、メトンさん」
唐突なユミの行動に、心配そうな面持ちでその巨体は慌て出す。
似ても似つかない赤を、頬が作り出すが、そんなことなどユミは気にせず、カイの去っていった方角を指差し、メトンへと促した。
結論――――コウは来なかった。そして、来れない何かがあるのだと。カイのついていた嘘というのが、きっとこれと関係があるのだと。
心はきれいさっぱり。とはいかないが、リセットはかけた。
動き出した未来にあるはずの打開策を得るために、ユミは進み出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
赤髪とレジ袋を片手に携える少女。その後ろを、屈強な肉体を張りながらついて行く老体。
何とも言えない凸凹な魔女二人が、草原を歩み進む。
そんな中、
「して、ユミ殿の手伝いなるものをそろそろお聞かせ願いたい」
メトンの口が開き、ユミの一つに対する真意を問いただしてきた。会談は決裂。今はユミの一つという名目のためにメトンは着いてきている。
ユミは振り返り、後ろ向きに歩きながら、
「とりあえず『プラノ王国』? だっけ? そこでどうにかして『王』に会いたい」
「プラノ王国はここですぞ」
メトンは大地を指差し、ここがプラノの領地であると直接的にも間接的にも伝えてきた。
その一言に思わずユミはその場に止まり、メトンもそれに合わせて止まりを見せた。
「……じゃあ私たちはプラノ王国にいるのね」
「そういうことですな。王がいるのは『王都ゼネリア』の王城。そこへと向かうということでよろしいですかな?」
「う、うん……」
知識の無さを露出させられ、押し寄せてくる紅潮を見せないように歩みを始めたユミ。
少しずつだが、ユミにとって有益な情報が開示させられている。
ここはプラノ王国の領地。それだけでも獲得できたのは大きい。
「どのくらいかかるかな?」
「ここからですと、約二時間ほど……走ればもう少し速く着きますぞ。『バドラ』ならもっと短縮できますな」
問いかけにあっさりと答えるメトン。何だかんだで、聞けばそれなりに教えてくれるようだ。
恐らくはウマゴンこと指しているのだろう――魔獣の正式名称をユミは今更ながら知り得た。
――――ふーん。人は見かけによらないんだぁ
首だけ後ろを向き、改めてその魔女――メトンの容姿が飛び込む。筋肉美とはまさにこの事で――老体とはいったいと、考えさせられるほどである。
「ありえない……ほんと」
あり得ないはあり得ないのだが、あり得ているのだからそれはあり得ない。
「痛い目に遭うかぁ……確かに」
首は戻され、後ろのあり得ないから、宛のないどこまでも続く草原に癒しを求めた。
学んだ教訓を改めてその足りない脳へと埋め込み、一人。ユミは物思いにふけった。
佳麗なメイドと、屈強な老体。選べるのならそれは佳麗なメイドを選ぶ。
だがその実態は言わずもがな――見事的中。
「一つよろしいですかな、ユミ殿」
「んー? 何かあったの?」
「いえ、実をいうと私とて暇ではないのです。王都までということでご勘弁願いたい」
懇願するメトンへと、ユミは再び足を止めてその屈強な巨体と向かい合う。
「まあ、王に会いたいなんて言うのは流石に無茶だって分かってるけどさぁ……こんな可哀そうで、みすぼらしくて、物珍しい赤髪の少女をほっぽり出すほど、大切な用事なの?」
一つの過度さを咎めつつ、上目遣いで懇願し返した。
身なりの珍妙さから、一人で王都をさ迷うなんて、まず危険。それこそ赤信号、一人で渡ればはい終わり。
そんな分かりきったことを改めて認識させたのは、温情という点に他ならない。そこを引き出したかった。
「そこまで虚偽なく自分を卑下できるなら、きっと慎ましいながらも生きていけるでしょう」
「……ジジイが、こらっ! 私の苦労も知らないで」
思わず口走ってしまったそれは――暴言である。それと同時に、ユミの懇願は破局した。
歯止めを失ったのは、メトンのあしらいと揺るぎない態度のためであった。
だが、効いたものはあったようで、その巨体はユミの暴言によって傷心したのか、小さくなったように見える。
ならせめて、残された時間というものを効率的に使いたいために、
「じゃあせめて、プラノについていろいろ教えてくれない? 城への抜け道とか、知り合いとか、何でもいいんだけど?」
「そこまではお教え出来かねますな。ただ、ユミ殿には私にはない武器があるではないですか」
それはキッパリと拒否された。
胸襟の張りが戻り、その巨体を輝かせながらに――メトンはあることを提示しだした。
「私に武器? そんな大層なものなんて――」
ユミの言葉を遮るように、メトンの巨躯から繰り出された手の指がそれを差し示した。
ユミの双眸がその指し示すものを捉える。
――――そこにあったものは、ユミの身体だった。
「……体、売れってこと? 最っ低だね、くそジジイ」
表情は歪み、正当なる暴言を示した相手に放つ。
蔑みの双眸すら、その筋肉ジジイに向けるのを嫌う。その思考に陥ったことさえ、それに倣う。
異世界であるためではない。現代でもそれはあることだ。もちろん、ヒイラギ・ユミの生活環境は劣悪ではない。一般家庭の一般的な生活水準。まさしく親の賜物である。
だからこそ、ユミにとってそれは脳裏の片隅にさえなかった。突きつけられ、その現実に着手するくらいなら、それこそ――。
「そう捉えらるのは心外ですぞ。ですが、その容姿に赤髪でしたら、目をつけられたらそうならざるを得ないでしょうな」
「そう!! 分かってるのに見捨てる薄情ものだったのねっ! ホントに最低。あり得ないっ!! 少しでも紳士だと思った私がバカだったよっ!!」
メトンに嫌悪が芽生え、怒りのままに踏みしめる足の地響きは力強く、草など意に介さずそれを擦り潰す。
メトンへの値踏みはその草同様、もう何も思うところはない。
「ユ、ユミ殿!? お待ちを」
「着いてこないでっ!!」
「一度冷静になっていただきたい」
「うるさいっ!! 体売れって言われて、それを見過ごすあなたに対して冷静になれって――あなた何様なの? どの口が言ってるわけ? どんな聖人だってキレるに決まってるでしょ!!」
振り返らず、止まることなく綴った言葉を受けてもなお、着いてくるメトンの足音がする。
ここまで言われて止まらないメトンはいったいなんなのか、魔女という人種がユミは分からない。
「……ユミ殿、少々軽率でした。『裁定者』としてあるまじき愚行。ユミ殿の心情を省みず、傷つける結果となってしまったことをお許しください」
ユミの進む足は止まり、振り返ってそれを見るその双眸は、巨体の誠意を確かに捉えて焼きつけた。
深々と頭を下げ、許しの懇願に偽りなど皆無。そうだと分かる。魔女として、その力を行使する自分自身が虚偽でそれを演じることは、それこそあってはならないはずだから。
「……それでも、助けてはくれないんでしょ?」
残酷――残忍――残念。散々をユミは、その巨体に追い討ちとして浴びせた。
その誠意だけは受けとるが、それが欲しいわけではない。欲しいのは――それこそ身体だ。
「……はい。私が魔女という立場上――『裁定者』であるが故に、私がユミ殿に手をお貸しすることにも限度があります。あくまでも公平で、中立。そこからの逸脱は私には行えません。それはユミ殿でなくとも、たとえ同じ魔女であったとしても、変わりません。ですが、一つはしっかりと替えさせていただきます」
深々と曲がっていた腰を上げ、見せつける巨体と胸襟。そこから一つの封書のような、長方形の紙を一つ、ユミへと差し出して、
「これは『ゼネリア城』へと、会談決裂を伝えるための伝書です。これと私の名前を出せば、『王』と謁見ぐらいは可能でしょう」
さりげなく発した事柄が、あまりにも巨大なことで、突発的なことでユミは呆気に取られた。
「い、いま、何て言ったの?」
「王との謁見といいました。望むのでしたら、お受け取りを」
改めて促し、メトンから差し出された封書を拒否する理由などユミにはなく、気まずいながらもそれを受け取った。
メトンの言葉と態度に偽りがないからこそ、この封書の信憑性が薄さに反して、有り余るほどに厚い。
「……ありがと」
罵詈雑言を並べた相手に、ユミはそっと感謝を呟いた。
相手がどんな心情でそれを指し示したのかは分からない。ただ、その道の可能性が、ユミの中で確かな一つとして分岐した。
――――冗談半分だった。
その道。つまりは『物』として扱われる自分。
――――そんなこと、されるはずはない。
たかをくくっていた。
だからこそ、言葉として告げられたそれに、ユミは憤慨したのだ。
――――『物になる可能性がある』ということに。
胸を締め付けられそうなほど、それはユミを圧迫し、押し潰そうとしてきた。だが、それでも進むしかない。たとえ、その道しかないとしても――。
言葉の全てが信憑性に長けた魔女は、未だにその事を悔いているのか、筋肉達が光を失い、落ちている。
希望と呼ぶべきものなのか、それはユミ次第。
たった一つの紙切れとユミの身体。それらは、草原から一変し、街道と呼ぶべき石畳へと変化した道のりを行く。その先に現れた王都を目指して――。




