一章 9夢 魔女ガチャ
――――は、早くない? それに誰?
ユミの時間感覚が狂っていなければ、その時にはまだ早い。
それ以上に登場した人物がまた別の意味で珍妙。
老体にしては、鍛えられた屈強な体つきであるのが見てとれる。それは目に見えて。目に飛び込んで。目につかされる。
それはまさしく胸襟が開かれている――と言える服装である。
穏やかな面持ちを覗かせ、白髪、白髭。
異世界の白髪というより、それは年相応に衰えた証に受け取れる白。
全身が筋肉の塊。その老体あるまじき風貌が、ユミに不気味さを与えた。
まるで正反対の二人の登場。あとウマゴン。
「……名乗るなら、そっちからが礼儀じゃないの?」
そんな礼儀が異世界にあるかは分からない。ただ、ユミは一歩も引かずにその場の老体へと向けてそっくり返した。
「ほぉー、これは失礼。私は『魔女生』『第二十』の魔女、『メトン・ジャルバ』。これでよろしいですかな? 赤髪のお嬢様?」
一切の迷いを見せずに紡がれた口調であり、それはがたいのわりに丁寧であった。手を前に名乗りを上げたそれは、フィアとはまた違って――ジェントルマンといったところ。
ユミの体は思わず、その紡がれた単語で電気が走った。
「この方が今日の仲介役となる魔女。近くにいたから連れてきた」
颯爽とウマゴンから降りて、その細身の体が地に降り立つ。
冷淡とはまさにこの事。それに悪気などない。ただ説明してくれただけ。ただ、その言葉がユミの心に更なる追い討ちとして突き刺さったのは、言うまでもなく、
「あれ、『カイ』。赤髪の子が仲介役の魔女じゃないの?」
「私も分かりません。この方が仲介役の魔女だと……この辺りにいたのでそうなのだと勝手ながらに。二人……」
当然、疑念が生まれてしまう。
それぞれの陣営が、対極にいる二人の魔女へとその疑惑の目を向けているのが分かる。
ユミはそうであると示すために、ポケットに手を突っ込み、スマホに手をかけ、それを手に取る。
すると、
「何やら落とされましたぞ、赤髪のお嬢様」
「え? ――あぁ、ホントだ」
老体からの声かけに、ユミは緑の大地に落ちた指輪を拾い上げた。
銀色に輝く指輪をつまんで、それをもとの場所に戻そうとした、
――――その瞬間、
「もし間違いでなければその指輪、フィア殿から頂いたものでは?」
思いもよらぬ言葉に、ユミの体は一瞬硬直した。そんな一瞬に脳裏を駆け巡るフィアの言葉がユミにはあった。
『この先この指輪はきっとお役に立つことでしょう』
ほんの少し前にその言葉を思い出していたことで、瞬時にそれを閃けた。そして、フィアを知っているということはその老体が、『本物の魔女』であると確信を得る。
「ええ、そうよ。まだ仮ってことだけどね――だからフィアさんにここに来いって言われたの」
指輪を弾いてキャッチ。仲間である知らしめるためにフィアの名前を使って、そう答えた。
「見せていただけませんか? 確認をさせていただきたい」
「一つには一つってこと……知ってる?」
「……なるほど。――この場を仲介する魔女は二人である! 両陣営、それでよろしいか!」
「うん。構わないよ」「……」「はい」
威勢のいい声が上がり、そう宣言した。思い思いの反応で両陣営がそう、肯定する。
老体が歩みを始め、その場所にユミも向かった。それは言わずもがな、もう始まることを意味している。
――――どこかでずれたのかな。
そう捉えることのできるのは現状ユミだけ。
前倒しに到着した金髪の人物と、また別の魔女。それでいて、結局コウは来ていない。
何ができるかは分からない。ただ、この場を乱すことをしたならば、その老体から何をされるかだけは分かっている。恐らくそうであろうがために、確認はしないが察する。
待つこと。ユミにできるのはそれしかなかった。
だが、『一つ』は手に入れた。ただ待つだけでは済ましやしない。
「すまないが、コウ殿下を待つ時間をいただけないか?」
金髪の人物。『カイ』とノイは言っていたが――その険しさが物語る表情と懇願は受け入れられ、待つ時間が始まった。
スマホの時計は、まだ九時には程遠い時刻であった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
大木と赤い苗木。凸凹の二人は両陣営のちょうど真ん中。尻目にそれらを捉えられる場所にいる。
結ばれて作られる三角形は見事。
「確かにこれはフィア殿の指輪と相違ないですな。――ではお返ししましょう」
滑稽なほどその指輪が小さく見えるのは気のせいだろうか。
手のひらに落とされた指輪を握りしめ、その老体見上げ、
「コウを呼べたりする?」
先程の一つに対しての一つ。
フィアは出来ると言っていた。だからこそ、一つを作ってそれに強制というものを与えた。
言い逃れなどできない。百パーセント、確実に一つは貰えているはずだから――。
だが、
「はっはっは。残念ですが、私はフィア殿のように強大な力を持ち合わせてはおりません。他のことで返させてもらいたいですな」
高笑いを伴いながら、きっぱりと断りをいれた老体こと、『メトン』。
ユミは頭を抱え、また新たに考えを始めなければならなくなった。
――――読みが外れている。
これで万事解決とはいかず、フィアがどれほど優秀であるかが窺い知れる。
メトンはフィアよりも下。残念ながらそう解釈される。
「……何ができたりするの?」
「そうですなー、『嘘か信』か。『真実か虚偽』か。それぐらいでしょう」
「なにそれ? 嘘発見器かなにか?」
「言ってる意味が分かりかねますが……ここは一つ! 私の力を特別ですが披露しますとですな、カイ殿の言葉には嘘がありますぞ」
メトンの言葉にユミの双眸はカイへと向かう。そこにいるのは、腕を組んで佇むカイの姿であった。
――――連れてきた。待つ時間。
カイの言葉を思い返しながら、その中にある真実と嘘を分ける。
連れてきた、という言葉は真実だろう。魔女とグルになって嘘を交える意味が、カイには何のメリットもないためだ。待つ時間を要求するのにあたり、魔女との因果関係は邪魔でしかない。
それに、仲介役の魔女であるはずのメトンが嘘をつくだろうか。あったとしてもそれは、嘘発見器的な力が嘘という可能性の方が遥かに高い。
「ねぇ、私が死んだことあるって言ったら驚く?」
おどけた感じにユミはそう投げかけた。その問いかけは、ユミだけが知る真実と嘘。どちらの答えだとしても、この問いでメトンの真実と嘘が分かる。
「面白い冗談……では、なさそうですな。言葉は濁しているようですが、心はそうではない。私の前では一切の偽りは不可能のはず……一体どうすればそのようなことを、本心から言えるのでしょう」
屈強な老体は、ユミのその問いに真剣に取り組みだした。「あのー?」と、ユミが声をかけても、手を振っても、その考える素振りはいっこうにほどけない。どうやら深みにはまったようだ。
ただ、これではっきりはした。メトンの力が本物だということが。
となると、カイの待つ時間、という言葉が嘘をついていることになる。それが嘘というのが、正直、謎。
「待つ時間かぁ。待っても意味ないってことかな? いやいや、それはそれでおかしいよね……それに、コウとカイさんの関係が分からないから、何とも言えないし……」
ユミにさらなる拍車をかけたのが、そのカイとコウとの関係だった。そして、ふと気づく。カイは何者、ということに。
「……そういえばあの時」
それは、ユミの中に過るカイの悲哀のような、そして哀願のような投げ掛けであった。ノイとゼーブに、ユミは罵られたのに対して、あの時のカイだけはどこか違かった。
一人悲壮感のようなものが漂っていた。
「……よし。話し合ってみよう」
ユミは意を決してカイとの対話のために歩き始めた。
ただ、少し進んだところで振り返り、
「――あと言っておくけど、これは場を乱したりするわけじゃないからね! 聞いてるの?」
未だ悩むメトンへと大事な大事な釘を刺し、「はい、赤髪のお嬢様」との言葉をしっかりと受け取ってから、カイへと近づく。
気づいたようで腕組を止め、腰の剣へと手は移って、「……なに?」と素っ気ない一言で、それは始まった。
「カイさん……でいいの?」
「名乗るなら――じゃない?」
手振りで示され、冷静に返される。「ええっと、ユミ……です」と主導権を握られ、軽くあたふたしながらそう名乗ると、「私はカイ」と胸に手を当てて、真っ直ぐにそう答えてきた。
仕草から何から、ただの一般騎士とは言いがたい。コウと共にこの場に来るのだから、ある程度の地位はあると見受けられる。
「一応言っておくけど、私はコウに来てほしいと思ってるから……」
ユミは自分の立ち位置をそれとなく教え、敵対心はないことを告げる。
が、
「中立であるべき魔女なのに、こっち肩入れするの。まあ、いいけど――それは私も同じ」
「カイさんはさぁ、コウとはどういう繋がりなの?」
「知ってどうするの? 殿下と私の経緯を話したとして、あなたに利点はあっても私にはない」
そう簡単には受け入れてもらえず、それどころか至極全うな正論で突き放される始末。
気落ちするユミに対し、カイは冷然としている。
どんなに寄り添いに行っても、どこか距離を置かれる。一歩下がって、どこか俯瞰しているような――それほどに付け入る隙などありはしない。
――――言ってやりたい。『リダイアル』してると。
切り札の提示について、ユミは悩み始めた。諸刃の剣。メトンがいるからこそ使える切り札でもある。ここでカイから情報を引き出せれば、たとえこの世界は救えなくても、救える世界があるはず。
だったが、
「……なにそれ。違うでしょ」
ボソリと切り札という雑念に自問自答するユミ。それに待ったをかけた。
この場すら救えていないのに、『リダイアル』すれば、なんてそもそも考えが甘い。
――――次はないかもしれないのに。
そんな甘えた考えを、根本から消し去りたい。
『リダイアル』に伴う『死』という『痛み』の代償を払っても――やり直せるからいいやじゃ、駄目なのだ。今ある時間を懸命に生きてこそ、きっと動かせるものがある。
「カイさんは……戦争、止めたくないの?」
「……っ」
まどろっこしいことはなしに、核心を突くことを投げた。
その一言に、カイの表情は歪みを見せ、顔は背けられた。
――――よかった。
ユミはそれにどこか安心感を得て、カイという人物を少しは知れた気がした。
冷淡ながらも、中身はちゃんと温かいのだと。したい訳じゃない。したくてしてる訳じゃない。カイもそうなのだと――それだけでも分かって。
ユミはメトンの元へと戻り始めると、
「待って! ――あなたはどうして……魔女なのに」
冷たさは一変した声色だった。どこかそれは、『女性』のような少し甲高いものであったのが、印象深く残る。
そう、強く呼び止められたユミは、「こんな声も出せんるだ」と、半ば関心の中振り向きながらに、
「魔女だって、嫌なものは嫌ってだけ。私と同じ『赤』が流れて欲しくない。それにね――」
全身を振り向かせ、そして続けた。
「――『赤』は『運命』の色。『赤』はいつでも、私達と繋がってるんだよ。どんなにそれが流れたって……また戻るの」
何でこんなことを口走ったのかは分からない。ただ、知って欲しかった。
『死』はとても辛くて、とても残酷で、悲しいことなんだということを。
ユミ自身、それを一番よく分かっている。
だからこそ、そうならないために『赤い糸』という一つの線を、一点と一点で結ぶために、
「私は止める……どんなにそれを流しても、絶対に」
拳を握りしめ、そう誓う。
ユミは、決めかねていた意思をこの場で確固たる『もの』へと変えた。
――――戦争を止めたい。
『リダイアル』を受けたがために、そういう呪縛に陥っているのではない。決してない。
全てを放棄したところで、この『異世界』を堪能できるはずがない。必ずつきまとう。戦争という悲劇を止められなかった愚者としての自分を。
ヒイラギ・ユミ。彼女の心に植え付けられた、小さな欠片と呼ぶべきその『もの』は、誰しも一度は持ったことのあるもの。
「……ユミ。私はコウ殿下の側近だ。近頃、コウ殿下との接触を禁じられてしまい……時間になっても来なかったために、私だけここに来た。少しでも時間を作るためにも……と」
ユミの意思に応えるかのように、カイは懸命にコウとの関係を教えてくれた。
側近であるが故に、きっと堪えがたいものがあったのだろう――カイに溢れるものは、落ちはしないが溜まっている。
カイ自身、コウのために駆けずり回って、それでもコウはいないという現状に、きっと歯痒い思いでいっぱいのはずなのだ。
「ありがとうカイさん。私なりにやってみるよ」
だからこそ、ニッコリと笑いを見せて、癒しになるか分からないが、それを与えた。
再び振り返り、元の場所に歩み始めた。
ユミの意思はもう揺るぐことはない。この思いを胸に、今を生きる。
「それで、決まりましたかな? 赤髪のユミ殿」
「コウのところまで案内できたりしない?」
「それは無理なご相談ですな」
「じゃあ、私の手伝いして」
「それぐらいならば……ただし、会談後ですぞ。これが私にとってフィア殿から言いつけられた一つですので」
「……はぁ、フィアさんが来てたらなぁー」
「……ゴホン。本音で言われると、少々辛いものがありますぞユミ殿」
「繊細なのね、メトンさんって」
「……余計なお世話です」




