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FANTASIA―ファンタジア―  作者: 伊勢祐里
第一章「ウイエル王国編」(上)
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二幕 10話「教示」

 鼓膜が破れそうな程の歓声が、さらに大きくなった。観客席の中段に設けられたテラス席のような所に向かい、観客たちが拍手を送る。それに答えるように、大きく手を振りながら、厳格な雰囲気の衣を羽織った男が現れた。


「あれが国王か?」


 サトシの呟きの通り、その見た目は王様そのものだった。還暦とまでは言わないが、それなりの年齢に見える。威厳を出したいのか、その表情は硬い。その横から小さな少女が顔を出した。


「舞‥‥ 」


 タケルとサトシの声が被った。彼女は、悲しげにこちらに一度、視線をこちらに向ける。すぐに、ぐっと悔やむように目をそらした。その目尻に光るものが見えた気がして、タケルは思わず奥歯を噛みしめる。


 国王がいやらしい手付きで彼女の肩に手をかけた。それが許せないようで、サトシの手に力が込められ、繋がれた縄がぐっとしなる。


「くそっ‥‥ 汚い手で‥‥」


 軽く寄せられた彼女の肩が、国王の大きな腹のあたりに当たる。無表情に近い彼女の顔が、わずかに曇った。国王の手は、次第に下がっていく。



 ――暴れる。とっさにそう思い、サトシを止めようとした瞬間、兵士がサトシの肩に手をおいた。



「なんだよ‥‥ 」


「おい、腕を出せ」



 兵士は、無理やりサトシを振り向かせると、短いナイフで手を結んでいた縄を切った。そのまま、タケルの方に近づき、同じように縄を切る。



「いいのか? 俺らを自由にして?」


「自由にしなければ、戦えないだろう?」



 兵士がそう言うと、タケルたちの向かいの壁が開き始めた。それと同時に、会場のボルテージが最高潮に膨れていく。歓声が怒号のように変わっていく。降り注いでくるそれを恐ろしく感じた。やがて開いた扉向こう側、闇の奥から鉄の鎧をまとったキグヌスが姿を現した。

 腰に大剣を差し、手には鉄製のメットを握っている。短く黒い髪が、砂塵に揺れた。


「コロシアム‥‥ 。あの軍隊長と戦えと?」


 サトシの問いに、兵士はニヤリと笑みを浮かべる。キグヌスに頭を下げると、そそくさとその場から離れて行った。キグヌスを一瞥すると、サトシは小さく舌を鳴らす。



 タケルは、震える腕を必死に抑え込こむ。ここでやられてしまえば、助け出すことなんか出来やしない。あれが、舞であろうとなかろうと、助け出すんだ。


「タケル、大丈夫か?」


 タケルが自分の肩に目をやると、アルを結んでいた縄もすでに切られていた。心配そうにこちらを見つめる。



「アルは、逃げられるんじゃないの?」


「お前を置いて逃げるわけにはいかないだろう?」



 気恥ずかしそうに翼を広げて、アルは肩からスッーと降りていった。その赤い体躯を追った先で、キグヌスが大きな剣を抜いているのが見えた。



 前方では、サトシが身構えていた。剣を持っていないので、ファイティングポーズのような姿勢になっている。まだ、子どもの自分たちが素手で、あの軍隊長に勝てるとは思えない。それでもサトシは向かっていくつもりのようだ。



 威勢のいいサトシを見て、キグヌスの口端が緩んだ。剣とは反対の手に掴んでいた鉄のメットをかぶると、彼は空いた手を上げる。


 それを合図にしたように、どこからともなく、タケルたちの前に剣が投げ込まれた。うまい具合に、土の地面に刺さる。一方は普通の剣だが、もう一方は空色の美しいものだった。



「サトシの剣だよね‥‥ ?」



 タケルの問いに答えることはなく、サトシは、黙ったまま剣を抜いた。少しだけその刃先を見つめてから、タケルの方を振り返る。



「タケルは、どうする?」



 わずかに緩んだ口端に、思わず緊張の糸が緩んだ。サトシなら勝てるかもしれない、そんな希望が湧いてきた。青い色のマントが風になびく。その背中がやけに大きく見えた。



「僕も‥‥ 、戦えるかな‥‥ ?」


「戦うしかなかろう? この状況、それ以外に手段はないと思うが?」



 アルが大きく翼を広げた。そのパフォーマンスに、観客がわっと湧く。サトシが剣を構えるのを見て、タケルも地面に刺さった剣を抜いた。


 重たく重厚感のあるそれは、タケルの背丈の半分ほどもあった。柄を持つ手が震える。それでも、剣先をキグヌスに向けて構える。その瞬間、さらに歓声が大きくなった。


 直後、キグヌスの足が地面を蹴る。それに合わせて、前方のサトシが力を入れたのが分かった。タケルが、どうしよう、と思考をする間もなく、キグヌスとサトシの剣が激しくぶつかり合う。


  金属と金属がぶつかる音は、一瞬にして歓声の中に溶けていった。次の瞬間には、サトシはキグヌスの蹴りに弾かれて、タケルよりも後に飛ばされる。上手く受け身をとり、彼はすぐに体制を立直すと、間髪をいれずに剣を振りかざした。


  キグヌスはそれに臆することなく、腕の鎧で空色の剣を止めて見せる。上手く鎧の隙間に剣を入れて、力を込めてみせた。そのせいで、サトシは剣を動かくことが出来ない。必死にそこから抜こうと試みているようだが、ビクリともしないようで、慌てた様子でこちらを見た。



「タケル何してるんだよ! 早くお前も」


 そう言われても、どうしたら良いのか分からない。剣を振ったことも握ったこともない。ただ柄をぐっと握り込んだまま、タケルは呆然と立ち尽くしていた。


「早く! タケル!」


 必死に剣を抜こうとしているサトシの頭上に、キグヌスが剣を振り風したのが見えた。南中した太陽が、その剣先に光を集める。神々しく光った剣は、その影の尾を描きながら振り下ろされる。


 助けないといけない。そんなことは頭で分かっている。それでも体は動かない。この剣をどうすればいい? ただ、視界の中でサトシに向かい剣が落ちていく。それをこのまま黙っているのがいいのか? そんな訳はない、とタケルは自分を奮い立たせる。脳裏に夢の光景が浮かんだ。囚われた舞。それを助けようとするが叶わない。浮かんだ幻想はやがて消えていき、客席に囚われた舞の姿が映った。


 やらなくちゃ、やらなくちゃいけない。



 そう思った次の瞬間、タケルの剣がキグヌスの剣を弾いていた。クルクル、と弧を描きながら、宙を舞ったキグヌスの剣は、彼の後方に突き刺さる。

 それを目で追っていたキグヌスは、「いいじゃないか」と一言発し、二人から距離を置いた。


 急に力を抜かれたサトシがバランスを崩し、その場に倒れ込む。膝を突き立ち上がると「ナイス」と笑みを浮かべた。



「どうしよう。僕、武器を振り回しちゃった」


「何を今さら、さぁすぐに敵はくるぞ」



 アルが言った矢先、キグヌスは剣を抜き取るとすぐにこちらに向かい走り出してきた。タケルとサトシは剣を構える。


 かざされた剣を、まずサトシが受け止めた。キグヌスは、細いにも関わらず、腕っぷしはあるらしい。子どものサトシはまた簡単に弾かれてしまう。その刹那をタケルがついた。わずかにバランスの崩れたキグヌスの身体に向かい剣を横向きに振り抜く。脇腹辺りの鎧に走った衝撃が、自分の手首に伝わる。折れるんじゃないかと思うほど、固く重たい衝撃が返ってきた。


 それでも振り切った剣は、キグヌスに片膝をつかせた。その瞬間、観客から、ドッと歓声が上がる。



「どうして‥‥ ? みんな軍隊長を応援してるんじゃ」


「客は、死闘を見たいのだ。一方的は楽しくないということだろうな」


 アルが、悠々と頭上を旋回している。タケルは、チラリとそれを見て、すぐにキグヌスへと視線を戻した。


「すぐに来るぞ」


 背後に回っていたサトシが、タケルの前に出た。青色のマントが、大きく翻る。それを合図にしたかのように、キグヌスは平然と立ち上がった。タケルの一撃は、あまり効果的でなかったらしい。



 再びキグヌスが迫る。同じ轍は踏まないと、サトシが上手くそれを受け止めた。キグヌスは、押し込むようにサトシを潰そうと力を加える。ぐっ、と堪えているサトシを見て、タケルはまた大きく剣を振りかざした。


「だめだな。もっと早く」


 こちらを一瞥しながら、そう言ってのけるほどの余裕がキグヌスにはあった。タケルの振った剣先を、鉄製の足裏で簡単に受け止めると、そのバランスを崩すことなく、タケルを蹴り飛ばす。その反動を利用するように、サトシを剣で押し込み、仰向けに倒してみせた。間髪を入れずに、突くように降ろされた剣が、サトシの顔の真横を通り地面に突き刺さる。 


「いい判断だ」


 巻き上がった砂塵の向こうで、サトシの首はわずかに反らされていた。反射的に剣を避けようとしたに違いない。キグヌスは、地面に刺さった剣を抜くと、再びサトシに向かい振り下ろす。大きく体を反らせたサトシが、両足で思い切りキグヌスを蹴り上げた。さすがのキグヌスも、ぐふっ、と声を漏らしのけぞる。その隙に、タケルは剣を振りかざした。


「見事な連携だな。だがまだ遅い」


 身軽に反らされた体を、キグヌスが宙へと放り投げてみせた。バク宙の要領で、体を捻り、剣を躱す。あまりのアクロバティックな動きに、タケルが唖然としていると、「油断するな」とキグヌスから声が飛んだ。


「油断なんか、」


 そう言ったタケルの喉元に、キグヌスの剣が向ける。刹那でも動かせば、喉元から血が吹き出る恐怖を本能的に感じた。


「後ろの君も動かないことだ」


 ザクリ、と地面が擦れる音がして、背後でサトシが身構えたのが分かった。観客がシーンと静まる。柄と擦れ金属音が響き、サトシが力強く剣を構えているに違いない。


「もう少し、期待していたが‥‥ とくに君には才ある。初手は、中々のものだったぞ」


 タケルに向けられた双眸が、優しく潤んでいる。鉄の鎧の向こうにある瞳に映り込んだ自分を、タケルはじっと見つめていた。


「このまま、俺たちを殺すのか?」


 サトシの問いに、瞳は悲しげに緩んだ。困ったような仕草で動いた眉に、タケルだけが気づいていた。


「君たちが諦めればそうなるだろう。あのお姫様を助けるため? そうじゃなかったのか?」


 キグヌスの剣先が、タケルの喉元の皮膚に触れた。冷たい感触が、喉の脈拍を抑え込む。ドクンドクン、と揺れる静脈の音が抑え込まれることで伝わる。


  ――そうだ。あれが、舞だろうと、リラだろうと構わない。救うと決めたんだ。今、ここでやられるわけにはいかない。 



 タケルの決意は、表情に現れていた。それを見ていたキグヌスの口端が緩んだ。喉元に突きつけられた剣がぐっと押し込まれる。しかし、それよりも早くタケルは体を動かしていた。黒色のポンチョの首元にキグヌスの剣がかかり、胸元からザックリと破れ落ちていく。

 細かく解れた生糸が、風に煽られ血吹雪のように舞った。

 臆することなく、タケルは足をしっかりと地面に残し、剣を下から振り上げる。



「そうだ。体勢を低く、そのまま左側を切りかかれ」



 振り抜かれていたキグヌスの剣は、彼の右側にある。言(・)わ(・)れ(・)た(・)通(・)り(・)、がら空きになった左側にタケルは切りかかった。


 来ると分かっているのだから、キグヌスは見事に躱してみせる。剣を大きく振り上げ「右上から剣が落ちてくるぞ。どうする?」とタケルを試すように言った。


 剣を振り切った勢いに任せて体を放り出す。剣先を上手く残し、キグヌスの振り下ろした剣のスピードを殺させる。


「そうだ。そこで‥‥」


 キグヌスの視線が、タケルから反らされた。その視線の先に、タケルも目を向ける。青いマントが、太陽の陽射しを隠した。落ちた影の色が、マント型に変わったポンチョに染み込む。


「――相方が斬りかかるんだ」


 鉄製の篭手で、サトシの空色の剣を掴むと、振り回すようにして地面に叩きつけた。タケルの傍らで、ゴホゴホと咳き込みながらサトシが起き上がる。


「グズグズするな。怯んでいる時間はないぞ」


 サトシがすぐに起き上がり、キグヌスに向かう。


「どうして左辺から攻撃を加えようとしない? 相手の剣、相方の位置も考えて戦え」


 何度も何度もキグヌスに二人は向かっていく――。


「体が小さいのを生かせ――、二人で戦っていることを考えろ――、体全体を使え、武器は剣だけじゃないぞ――」


 まるで戦いの教示を受けているようだった。その教えの言葉は、観客には聞こえていない。ただ、キグヌスが弄ぶようにして戦っていると思っているだろう。

 何度も何度も、タケルとサトシはキグヌスに向かう。簡単に弾かれては挑んでいく。戦いの中でどう振る舞うべきなのか、どうすれば敵を倒せるのか、丁寧に一つずつキグヌスから吸収していく。


 タケルの動きは、次第にキレを増していく。まるで昔から剣術を学んでいて、それを思い出していくかのように。


「タケル、どうしてそんなに‥‥」


 タケルの急激な成長に驚いたような様子で、サトシが声を漏らした。それと時を同じくして、怒号が響いた。


「何をしているんだ」


 そんなキグヌスの戦いっぷりをみて、怒号を鳴らしたのはフェートンだった。


次回は土曜の夜19時頃更新予定です!

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