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FANTASIA―ファンタジア―  作者: 伊勢祐里
第一章「ウイエル王国編」(上)
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二幕 11話「ファンタジー」

 フェートンの叫びに、タケルとサトシの動きが止まった。観客席の先頭の方にいたフェートンは、2メートルほどの高さがある壁から飛び、闘技場の舞台に降りてきた。



「何だ? この腑抜けた戦いは?」



 キグヌスに詰め寄り、眉尻を上げ攻め立てる。小柄なフェートンは、キグヌスを見上げながら、その顎をグッと上げた。二人の背の高さは、顔ひとつ分は違う。フェートンの乱入に観客は否が応でも盛り上がる。



「何とは? 私は戦っているだけだが?」



 被っていた鉄のメットを取り、凛と表情をキグヌスは浮かべた。それをよく思わなかったのか、フェートンの口調はさらに強まる。



「戦い? 遊んでいるだけだろ? もっと血を見せろよ! 客が求めているのは、死が迫る緊張感と恐怖、それから逃れようとする囚人の愚かで惨めな叫びだろ?」



 キグヌスは、聞き流すような素振りで、目元ほどに掛かった黒い髪を掻き上げると、小さく傾げてみせた。


「おい‥‥ ふざけるのも大概にしろ‥‥ キグヌス‥‥ !」


 フェートンは、腰元に差していた剣に手を伸ばす。次の瞬間には、剣が抜かれ、雷のような光が放たれた。雷鳴の轟きがコロシアムに響き渡り、激しい稲妻がその場に落ちたような衝撃が走った。

 稲光に一瞬、奪われた視界の中で、キグヌスの剣がフェートンの刃先を止めていた。ジリジリとした黄色い閃光が、フェートンの剣先から漏れ出ている。その傍らには、キグヌスが手に持っていた甲が転がっていた。



「短気はよくないな。今は、国王の前だ。みっともない行動は謹んでくれ」


「みっともないのは、どっちだ? キグヌス‥‥ 軍隊長ともあろうお前が手を抜くのは、目に余るものがあるぞ?」


「手を抜いて戦うのがみっともないか。‥‥ キ(・)レ(・)た(・)今のお前とどっちがみっともないだろうな」


「どういう意味だ?」


「さぁな? 薬について言ったつもりはないのだが‥‥ ?」


「貴様ァァァ!」



 ピキピキ、と音をたてながら、フェートンの剣がキグヌスを押し込む。フェートンの華奢な身体に力が入り、細いその腕に筋が伸びた。その細い体躯のどこに、それほどまでの力があるのだろう。それでも、キグヌスは、その表情を崩すことなく、静かにその剣を受け止めていた。


 加えられた力を発散するように、黄色い雷が二人のいる空間を切り裂くように走る。思わず、目を細めてしまうほど、その光は激しい。


 次の瞬間、ひんやりとした風が、タケルの頬を叩いた。宙を割いた黄色い閃光の中に、白い結晶が混じる。キラキラと反射したダストのような粒が、プリズムのごとく散乱し、轟々とした音を立てて、稲光を消し去っていった。



「あくまで本気ということだな。それらこちらも手を抜かない」


「それは、今まで手を抜いていたってことでいいんだな!」



 キグヌスが認めたと受け取ったフェートンは、ニヤリと口端緩める。即座に、互いが剣を弾き合い、距離を取った。この一連の動きに、観客の歓声は今までにないほどまで上がった。


「なに‥‥ ? どうして剣から電気が出てるの?」


 驚いているタケルに対し、サトシは冷静にことを見つめている。アルもそれほど大きなリアクションはない。



「あれは、剣術の長けた者の内、限られた者だけが到達できるという技だな」


「剣から雷や氷が出る‥‥ ? そんな魔法みたいな技‥‥」



 タケルは、ふと『永遠の命の物語』の一説を思い出す。――魔女の魔力。

 それに、城の天井に描かれていたドラゴン――。それらは、まるでファンタジーのお話だ。


 ――ありえない。そうタケルは心の中で呟く。


 しかし、今、目の前で確かに目撃してしまっている。そして、アルの表情は至極真面目で、真実を話していた。



「サトシ‥‥ ?」



 タケルが問いかけると、こちらを一瞥してサトシは静かに頷いた。まるで、ああいう技をいくつも見て、知っているかのように。


 ここは、一体なんなのだろうか。そんな疑問が今更湧き上がってくる。話せる鳥に、ファンタジーのような世界。そこで、死んだはずの友人と再会を果たす。


 やはり夢の中にいるような感覚になった。だが、痛みも苦しみもすべて鮮明に感じる。呼吸も熱も心臓の音も、はっきりと感じることが出来る。


 タケルが、視線を二人に戻すと、ちょうど剣が激しくぶつかり合う瞬間だった。目の前が、再び白と黄色の光に覆われる。途切れることのない明るい二色のコントラストで、激しい光が悍ましいくらいに放たれ続ける。



「どうして、あの少年たちに肩入れする?」


「なんの話だ?」


「観客は騙せても俺は騙せない。まるで指導をしているようだったではないか」


「勘違いだ。そんなことはしていない」


「それなら、なぜ殺さない? フィブラが恋しいか?」


「‥‥」


「その無言が答えだろぉぉぉぉ‥‥ ?!」



 叫びと共に、フェートンの剣から激しい光が再び放たれる。不規則な雷鳴に打たれたキグヌスの頬が、黒く焦げ爛れた。その痛みに顔をしかめることもなく、彼はうまく体勢を変えて、右足でフェートンの腹を強く蹴りつけた。


 バランスを崩したフェートンは、その場で後方によろけた。緩んだ口元から、少量の唾液が飛ぶ。血の気を失わない瞳が、キグヌスを捉える。その瞬間――

 キグヌスが剣を大きく振りかざした。刹那、途切れた閃光に代わり、白く美しい雪の結晶が支配する。キグヌスが振り下ろした大剣から放たれた吹雪が豪々とフェートンと襲った。


 地面をゆっくりと侵食するように、足元にまで白い雪が迫る。すぐに白く美しい光景が広がった。

 確かな寒気は、恐らくキグヌスの剣によるものだ。熱気に包まれているはずのコロシアムの気温は、間違いなく下がっている。タケルは、自分の吐く息が白く濁っていることに気がついた。


 キグヌスの口端から漏れる息も白く濁っていた。柔らかくその広角を持ち上げると、彼はこちらに視線を送る。

 その視線の先には、吹雪のせいで壊れて開いた扉が見えた。どうするんだ? と言いたげに彼の瞳が揺らぐ。



「ぐっ‥‥ ふたりとも、今の隙きに逃げるぞ‥‥」


「バカ言うな!」


 アルの言った言葉は、すぐにサトシによって否定された。


「今、この状況で戦って勝てると思っているのか?!」


 アルは、苦い顔をしたまま、サトシに向かい声を荒げる。


「まだ、俺は力を出し切ってない!」


 どうしても彼女を救いたい思いが、サトシの表情に表れていた。


「だとしても、今は逃げるべきだ‥‥ やつがチャンスを作ってくれた」


 アルの視線がキグヌスを捉える。確かに、彼はわざとこの状況を演出したように思えた。ただ、どうして彼がそんなことをしなくてはいけないのか分からない。わからないが――、


「よく分からないけど、逃げるべきだと思う」


「おい、タケルまで‥‥」



 サトシの眉尻がグッと持ち上がる。なんでだ、お前は助け出したくないのか? と無言の双眸が訴えかけてくる。長く綺麗な眉に、白い雪が乗っていた。体温で溶けた雫が、柔らかい光を放っている。


「アルは、リラちゃんを大切に思ってる‥‥、助けたいと思ってる。それでも今は、逃げるべきだと言うんだ‥‥。きっと、何か考えがあるんだよ‥‥、きっとこのままじゃ、僕たちは舞を助けられない」


 サトシの両眼に、真っ直ぐな自分が映り込んだ。小刻みに揺れるサトシの瞳に、白く濁った息が交じる。うるうると潤んだその瞳が、薄い瞼に隠された。

 開かれた視線は、静かにフェートンの方へと向いた。埋もれた雪の中から、稲光が漏れ出てきている。激しい衝撃とともに、蒸発した雪が白い湯気となってコロシアムの空へ溶けていった。



「キグヌスぅぅぅぅ!」



 フェートンは、叫びと共にキグヌスを睨みつけた。どうやら、もうこちらのことは気に留めていないらしい。



「ほら、今のうちだよ‥‥ !」


「必ずリラ様は助け出す。今は、この場を離れ作戦を練ることを優先すべきだ」


 タケルとアルの説得に、サトシは客席を一瞥する。悲しげに見つめる彼女の表情をその眼に映し、歯を食いしばるように頷いた。


「分かった‥‥」


 観客の目も完全に、軍隊長と副軍長の争いに向いていた。出口付近で立ちはだかった兵士数人をサトシが簡単に片付ける。


 タケルは、もう一度、客席のリラを振り返った。すっかり気落ちした表情が、悲しげにコロシアムを見つめていた。閃光が走るたびに、まぶたが細くなる。


 必ず戻るから――。と心でつぶやいて、タケルは彼女に背を向けた。

次回は、18日火曜日の19時頃更新予定です!

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