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FANTASIA―ファンタジア―  作者: 伊勢祐里
第一章「ウイエル王国編」(上)
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二幕 9話「コロシアム」

 タケルとサトシは、馬車へと押し込まれた。逃げられないようにと、鉄柵が閉められる。恐らく囚人や捕虜を運ぶためのものなのだろう。その荷台はひどく汚く、ところどころに生々しい血痕も残っていた。


 外へ通じる門が開いた。すでに登りきっている太陽が眩しく照りつける。小さな鉄柵の窓から、陽射しが差し込んだ。正面では、サトシが眩しそうに目を細めながら、窓の外にいる押し込んだ兵士たちを睨みつける。馬車はゆっくりと動き出し、大きな音を立ててタケルたちを揺らした。



「どこに向かってるんだろう‥‥」


「処刑か、拷問か」


「嫌だよそんなの‥‥」



 漏らした声は、馬車の車輪が、石畳を弾く音にかき消された。妙に冷静なアルを横目に、タケルは黙ったままのサトシに目を向ける。



「大丈夫?」


「あぁ‥‥」



 低い覗き窓から、フェートンが馬に跨っているのが見えた。小柄な彼だが、馬を乗りこなすその様は、立派な軍人そのものだ。女性のような体躯は、妙に凛々しさを強調させている。随分とサトシのことを気に入った様子だったが、本当に処刑しようと考えているのだろうか。


 勇気を出して来たものの、死というものが迫るだけで、体が震えだして来る。自分の覚悟はなんだったのだろう。救い出したいと決意した覚悟は、意図も簡単に崩れさってしまった。


 サトシの目を見つめる。壁を見つめたまま、その双眸は、一寸も動かない。舞を助けたい一心で、兵士へと向かって行ったサトシの姿が重なる。自分もあんな勇気が持てたなら、震えて怯えるだけじゃなく、きっと今もチャンスを伺っているに違いない。逃げ出して、舞を助けにいくそんなことをサトシは考えているのだ。


 震える自分の腕をタケルは抑え込む。それを見ていたアルが、ふいに口端を緩めた。



「安心しろ。恐らく心配ない」


「‥‥ どうしてそんなこと言えるのさ」


「キグヌスという男が関係していると言っていたろ」


「そうだね‥‥ 」


「だから大丈夫なのだ」


「‥‥ ?」


 首を傾げるタケルに、アルは少し自信なさげに答える。


「と、希望的観測なのだがな」



 何か根拠があるような言い方だが、アルはそれ以上答えない。キグヌスという男、確かに副軍長のフェートンとは雰囲気が違うように感じたが、それはフェートンがあまりに異常だからそう感じてしまうだけにも思える。


 揺れる馬車は、ゆっくりと町中を進んでいく。沿道の人たちが、こちらに対して好意的な視線を向けている。歓声に近い声や、指笛が飛び交かう。一体、なんの騒ぎなのかと、動かしづらい体を持ち上げ、タケルは窓の方に体を寄せる。



「なんの騒ぎだろう?」


「まさか歓迎されているとは思えないけど‥‥ ?」



 深いサトシの息が、異臭の中に落ちていく。牢では薄暗くて見えなかったが、縄に縛られた手首のあたりが紫色に腫れている。連れてこられている間に、相当抵抗したらしい。



「それじゃなんだろう、この歓声は‥‥」


「フェートンに向けてなんじゃないのか?」



 サトシはそう言うが、どうも視線はこちらに向いているように思えた。フェートンも歓声が自分に向けられているものなら、それに答えそうなものだが、黙ったまま綱を握り前方を向いている。



「どちらかと言うと冷ややかな歓声だけどね‥‥ 。面白がってるんじゃない?」


「なるほどな」



 サトシはぶっきらぼうに答えがら、頬の辺りを繋がれた両手で拭った。フェートンに舐められたことが気に食わないらしい。そんなをサトシを見てアルが言う。


「フェートンには、気をつけたほうがよさそうだな」


 そのフェートンに喰って掛かっていたのは誰だよ、と心の中で呟くが声には出さない。ただ、表情には出てしまっていたようで、アルの鋭い視線が返って来た。


「やつの趣味は知らないが。それよりも情緒が不安定だっただろう?」


「うん。すぐに怒ったり‥‥ 、そう思ってたらころっと機嫌が直ったり‥‥」


 異常に思えたフェートンの行動。趣味というよりも、コロコロと変わる不安定な情緒は、タケルも気になっていた。思い返せば、瞳もどこか遠くへ行ってしまっている、そんな目をしていた気がする。何か意味があるのか、とタケルが考えていると、サトシが注意を向けるように咳払いをした。



「タルジ使用者の症状だよ。タルジわかるか?」


「うん」


「あんなに分かりやすく出てるなんて、そうとうの量をやってる証拠だよ」


 サトシの視線が、小窓から見えるフェートンの方に向いた。今は、落ち着いている状態だ。それに反して、狂気じみてしまった時を想像すると、反動で随分と恐ろしいものを感じてしまう。


「小僧は、随分と知っているようだな」


「前にいた村が、タルジが横行していたからね。嫌という程、見てきたよ。汚いものから見たくないものまで」


 サトシは、一体何を見てきたのだろう。タルジに汚染されてしまった村が辿った末は、タケルには想像も出来なかった。


「アル、小僧じゃなくてサトシだよ」


「そうか‥‥ 。もう知らぬ中でもないな。すまぬな、サトシ」


 そう言われて嫌な気はしなかったらしい。サトシは、そっぽを向いたまま黙った。少しクールだが、照れ屋なところは変わっていない。いつもと同じようなサトシの表情になんとなく安心する。サトシまですべてを忘れてしまっていたら。そんな不安が一瞬過ってしまう。




 馬車は、どこかの建物の中へと入って行った。薄暗い中で停車する。すぐに鉄柵が開いたと思えば、フェートンがこちらを見つめていた。


「降りろ」


 そう言われ、素直に従う。兵士に掴まれるのは、可愛そうなのでうまい具合にアルを肩の上に乗せてやった。


「ここで何をする気だ?」


 サトシの問かけに、フェートンはニヤリと口端を釣り上げた。気色の悪い舌先が、唇の間から覗く。寒気を覚えたタケルは、思わず体が震えた。


「聞こえるだろう? この歓声が」


 そうフェートンが言った瞬間、正面の石の壁が左右に割れ、開き始めた。ゴゴゴォ、と激しい音を立てながらゆっくりと巨大な石の壁が動いていく。電力はないはずだから、恐らく地下から人力の動力で動かしているのかもしれない。そこから漏れ出た光が、思わず目をくらませる。その次に壮大な歓声が聞こえてきた。


「お前たちには、コロシアムに参加して貰う」


 兵士がタケルとサトシの肩を押した。差し込む光の中へと放り込まれる。そこから見えたのは、巨大な円形のコロシアムと膨大な数の観客の姿だった。


 見渡す限り、客席は人で埋まっている。その視線の先にいるのは、自分たちだ。輸送されている時に、どうして声援が送られていたのか分かった。コロシアムに出場する戦士‥‥ いや処刑に向かう罪人が通るのを楽しんでいたのだ。


「説明しろ‥‥ !」


 サトシが、振り返りフェートンを睨む。暗がりにフェートンは、笑みを浮かべたまま言った。


「慌てるな。まだ始まってない。俺が手を下してやりたいことろだが、‥‥ 軍隊長が自ら名乗り出たんじゃ仕方ない。つまらないことをあいつがすれば、俺がやってやるさ‥‥」


 石の扉が閉まっていく。冷たいフェートンの目が、闇の中へ消えていく。扉の閉まるその激しい音さえ、観客の歓声に消えてしまいそうだった。

次回は、明日の19時頃更新予定です!

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