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FANTASIA―ファンタジア―  作者: 伊勢祐里
第一章「ウイエル王国編」(上)
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二幕 7話「永遠の命の物語」

 少年は、小さな村に暮らしていた。大陸の外れにあるその村は、大きな国に属した長閑な村だった。少年は、綺麗な湖の近くの小さな家に一人で暮らしていた。両親がいないのは、少年が幼い頃に二人とも亡くなってしまったからだ。


 家のそばの小さな畑で、麦を育てながら、生計を立てていた。小さな村では、近くに住んでいる人が手助けをしてくれた。両親はいなくとも、そんな温もりに包まれながら、少年は育っていった。


 ある日の昼下がり、少年は自分の畑に少女が倒れているのを見つける。黒く長い髪、美しい肌の少女は、ひどく弱っていた。数日は、何も口にしていない様子を見て、少年は慌てて豊富でない食料を分け与える。少年の懸命な看護があり、少女はすぐに元気になった。


 少年は、それから少女とすぐに暮らし始めた。初めて出来た家族と呼べる出来た存在に、少年は大変喜んだ。共に目覚め、畑の世話をし、時には町に出向きわずかなお金を作る、そうして夜になれば、簡単な食事を摂り、同じ布団で眠る。質素ながら一緒に過ごすその時間はかけがえなく、胸の高鳴りとときめきが幸せという感情を少年の中に生み出した。


 だが、平和な生活は長くは続かない。青々とした空に嵐がやがて訪れるように、世界というものは、常に変化し続けるからだ。小さな村が属して国は、戦争に巻き込まれた。それは、遠い異国からやってきた争いだった。


 小さな村にも、戦争の魔の手が忍び寄った。多くの民が武器を取り、戦場へと連れて行かれた。少年はまだ幼かったので、徴兵はされなかったものの、それも時間の問題だと悟った。


 とある夜、いつもと同じように、小さなパンと簡素なスープの食事を摂っている最中、少年は少女に言った。


「君を守るためなんだ」


 少女は、涙を流した。少年に手を汚して欲しくはなったのだ。それも自分のためだなんていう理由は、彼女にとって最も辛いことだった。


 その翌日から少年は、畑には出なくなった。代わりに、町まで出向き剣術を磨き始めた。少年は、一生懸命だった。ただ少女を守るためだけに力をつける。その揺るぎない思いだけで、少年の剣術を磨いていく。それでも、少年の剣術の才は秀でていて、国でも有数の腕前となった。


 戦争は、やがて激化していった。少年も青年へと成長していく。軍に入隊し、週末だけ村へと戻る生活をするようになっていた。


 いつものように、青年は一週間分の食料と資金を持ち、村へと戻ってきた。すでに、夜の帳が降り、すっかり静かになっている。虫の声と湖の波の音だけが、辺りに響く。ぼんやりと、窓にランプの灯が点っているのが見えた。



「帰ったよ」



 疲れた身体を、木製の椅子へと下ろす。綺麗な絹の織物が、丁寧に背もたれに掛けられていた。体重を背もたれに掛ければ、わずかにシワが寄った。柔いその感触が、背中に伝わった。


 彼女は、青年の向かい側に座っていた。一週間ぶりに見る彼女の顔を、幸せそうに青年は見つめる。いつもなら返って来るはずの笑みが、今日は返ってこない。


「どうしたんだ?」


「ダメよ」


 悲しげに彼女は言った。うるうると潤んだ双眸が、あまりにも綺麗で青年は言葉を失う。


「私はここにいるべきではないわ」


 流れた涙を、彼女は手で覆い隠す。「どうしてなんだ?」と青年が聞けば、彼女は首を横に振った。


「あなたは、手を汚すべきじゃない。優しく、穏やかだったあなたが兵士になるなんて、それはいけないことなの」


「俺は、君を守りたいから兵士になったんだ」


「それを私は望んでなかったわ」


 彼女が、望んでいなかったことを青年は知っていた。少しでもそばにいて、一緒に暮らせればいい。だが、果たしてそれで彼女が守れるのだろうか。そんな不安が、青年を変えた。


「力を手にすべき人とそうでない人がいる。あなたは手にすべき人じゃない。穏やかに静かに暮らして欲しかった。私は、ここに現れるべきじゃなかったの」


 その言葉に、青年は涙を流した。その涙に暮れることなく彼女は立ち上がると、玄関へと歩きはじめた。


「上着を着なさい」


 そう呼び止めた青年の方を一度だけ振り返り、彼女は壁に掛かった厚手の上着を肩に掛けて家を出て行った。


 眩い朝陽に、青年は目を覚ます。机に突っ伏したまま、眠ってしまったらしい。赤く腫れた腕がヒリヒリと痛んだ。庭の井戸の方に出て、冷たい水で顔を洗う。ひんやりとした朝の空気が、湖の辺りでゆらゆらと揺れている。薄っすらとした靄が、対岸にある大きな町を隠す。


 遠くの方から馬の音が聞こえた。遠くの方で、赤い旗が見えたので、すぐにそれが軍の馬だと分かった。


「確認して欲しい」


 青年の前で止まるや否や、馬に乗った兵士はそう言って後ろを指差した。もう一頭、そこには馬が縄で繋がれている。


 支持されるまま、青年は馬に乗り、兵士のあとを追う。村から少し離れた山の中で、前をいく兵士が止まった。馬から降りた兵士が、茂みの中を指差した。青年も馬から降りて、指さされた茂みを確認した。


 そこにあったのは、昨晩、彼女が手に取った上着だった。恐る恐る青年は、その上着を手に取る。わずかに持ち上がった上着がめくれて白い背中が見えた。長い髪が、赤い血で染まっていた。上着以外の衣は、見つからなかった。


「この状態で見つかった。村の人が、君のところじゃないかと」


 どうして、昨晩、彼女を止められなかったのだろう。青年はその場で泣き崩れた――。



「どうして‥‥止めなかったんだろう?」


 ゴホン、と話の腰を折ったタケルにアルが咳払いをする。


「これから終盤なのだ。もう少し黙って聞いて置け。青年は、その後、軍をやめ一人静かに暮すようになる。町にも出ずにただ麦を育て、ひっそりと‥‥、彼女の遺品である上着と共にな――」



 そして、闇は、密やかに忍び寄っていた。ある日、青年のもとに一人の老婆が訪ねて来た。老婆は、枯れた細い声で言った。


「永遠の命。それは、欲するものに与えられる。お主は求めておるのじゃろ?」


 青年は首を横に振った。今は、ただ静かに彼女と共に暮らしていたかったから。それでも老婆は、語らいを続けた。まるで、青年の弱った心につけ込むように、優しく寄り添うように。


「失ったものを手にすることが出来る。それが永遠の命。お主は、それを手にする事ができる。いや、すべき人間なのじゃ」


 赤く垂れた瞳が、青年をじっと見つめた。青年は、思わず「どうすればいい?」と訪ねた。


「簡単なことじゃ、魔女の魔力を体に宿すのじゃ。さすれば、永遠の力がお主の体を支配しることじゃろう」


 老婆の話を聞き、青年は剣をとった。永遠の力を手にして、彼女を蘇らせるために。良くも悪くも彼には、剣の腕はあった。軍の中でも格段と優れていた彼の剣術は役にたった。


 長きに渡る旅の末、青年は永遠の力を手にする。彼女を蘇らせた青年は、そうして永遠の時の間で、未来永劫幸せに暮らしたとさ――。




 話を聞き終わり、タケルはなんとなく妙な違和感を覚えた。でも、それが何なのか分からない。そんな風に考え込んでいると、「おい、聞いていたのか?」とアルが少し怒ったような声を出した。


「うん。聞いていたよ。それが、永遠の命の物語なんだね。それじゃ、サトシは魔女を倒しに行こうっていうの?」


 タケルの問いにサトシは首を振る。


「そこが問題なんだ」


 縛られた腕がしんどくなったのか、サトシはその場で居直した。


「老婆が言う、魔女の――の下り。言い伝えがここだけ地域によって違うんだ。‥‥、昔話や都市伝説なんかでもそうだろ? いろんなパターンがある。それみたく、このお話も様々なんだ」


「それじゃ、何が真実か分からないの?」


「あぁ。だけど、永遠の命の話というものをこの世界の人は信じてる。言い伝えに過ぎない伝説やおとぎ話みたいな話をみんな間に受けてるんだ。だから‥‥俺は、きっとそんな力があると思うんだ」


 サトシの目は、真っ直ぐだった。優しく真面目で元気で、クラスの中心にいるサトシ。いつも通りのサトシの様子に、タケルは思わず安堵した。


「でも、そんなに噂があると、どうやって見つけるつもりなの?」


「そりゃ、全部探して回るんだ」


「全部?」


「一つ一つ潰していく」


「そんな‥‥、その噂いくつあるのさ?」


 タケルの問に、アルが答えた。


「魔女に始まり、ドラゴン、フィブラの長寿の血、湖の底に眠る黄金都市、‥‥ それは、それは、多岐に渡るぞ」


「ブリキの国の秘宝なんてのも、怪しいよな?」


「なるほど、あそこは他国と国交を完全に断絶している。なくはないな」


 どうしてか、二人で話が盛り上がる。その時、タケルは、妙な既視感を覚えた。それが、この状況になのか、物語になのか。引きずり込まれるような感覚が、脳幹を揺さぶる。

 鼓動が早くなり。妙な息が荒くなった。つっかえたように湧き上がってくる感情が、吐き気を催した。

 激しい動悸をごまかすように、深く息を吐く。落ち着きを取り戻した口調で、「その前に、」とタケルは二人を睥睨した。


「助け出さないとね‥‥」


「そうだな‥‥」


 今のはなんだったのだろう。黒いポンチョをグッと押さえ込みながら、タケルはまた深く息を吐く。サトシの剣も取り上げられてしまった。どうやってここから脱出しようか。そんなことを考えていると、奥の階段から人が降りてきた。


次回は土曜日の19時頃更新予定です!

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