二幕 6話「牢獄」
狭い牢屋の中へと、タケルとサトシは放り投げ入れられた。冷たい床に、頬をぶつける。激しい痛みが、頬骨に走った。両腕が縛られているため、受け身を取れなかったからだ。それから、翼を縛られたアルが、同じように放り投げ入れられた。
「貴様ら手荒いぞ!」
「調子に乗るんじゃないぞ。キグヌス様のご命令がなければお前たちなどすぐに殺してしまっているのだからな」
自分の立場をよく理解したのか、アルが悔しそうな睨みを兵士に効かせる。
「しばらく、そこでおとなしくしておきな!」
ガシャン、と激しく扉が閉められた。鉄柵越しに、薄暗い石畳の廊下が続いている。かなりの感覚で置かれた小さな蝋燭だけの灯りがともる。その先にある階段を、兵士たちは上がっていった。
キグヌスは、西の塔の牢屋だと言った。タケルたちは、囚えられたあと、恐らく西の塔まで連れて行かれ階段を降りてきた。恐らくというのは、ここに来るまでの間は、目隠しをされていたので、自分たちがどういった経路で来たのかは分からなかった。
ただ、ここは、地下の牢屋らしい。窓もなく、ランプの灯りすらない牢は、随分と臭く嫌な匂いが鼻についた。下水道よりマシではあるが。
「クソっ」
サトシが、倒れ込んだまま、吐き捨てるように言った。体を起き上がらせたタケルは、冷たい床にへばりつくサトシの顔を見ながら声を掛ける。
「サトシだよね?」
「そうだよ‥‥」
小さく息を漏らされた息は、「当たり前だ」と言いったように思えた。
「良かった‥‥」
なんとなく漏れ出たタケルの言葉に、サトシが眉にシワを寄せたように見えた。牢から一番近い蝋燭の炎が、廊下の向こうから抜ける風でチラチラと揺れる。ほんのりとオレンジ色の光が、サトシの額の上を撫でた。
「何も良くないだろ。舞は捕まっているし、俺達だって身動きが取れない」
「ごめん‥‥」
ただ、知っている人に会えたことが嬉しかった。きっと、舞だと思っていた彼女に、「違う」と言われたことがそれなりにショックだったからだ。だから、サトシには本人で認めて欲しかった。
「‥‥ それで、どうしてタケルがここにいるんだよ」
「え?」
質問の意図が良く分からず、タケルは思わず聞き返した。しかし、少し苛立ち気味のサトシを見て、一応に答えて見せる。
「えーと、舞に似た子を見つけて‥‥ 助けなきゃと思ったんだ。それで、」
「そうじゃなくて‥‥」
はぁ、とサトシが深い溜め息を漏らす。弾みをつけて上手く体を上げると、ちょうどタケルと向かいあった。無垢な色の双眸が真面目に、こちらを見つめる。
「なんで、タケルがこっちの世界にいるんだよ」
――こっち。そのあまりにワケを知ったような言い方に、タケルは前かがみに返した。
「『こっち』ってどういうことだよ‥‥ ?! ここがどこだか知ってるの?」
サトシは、言いづらそうに視線をそらした。瞳が左右に揺れる。言うべきか逡巡しているのが分かった。それからすぐに、サトシが話し始める。
「俺、舞の家族と和歌山に旅行に行ってたんだ。‥‥ そうだ、写真を送っただろ? 泊まっていたのは、海のそばの民宿だった。いつもみたいに、普通に遊んでたんだ。海に行って、花火して、舞が楽しそうに笑って‥‥ それで、タケルに写真を送って。少しは、嫉妬するかなって。‥‥ でも突然だった。ものすごい地響きで、目覚めたと思ったら、目の前が真っ暗になってた。――舞を助けないと。そう思った次の瞬間には、意識はなかったんだ‥‥」
サトシの話すその内容は、昨日、電話で告げられた話と相違がない。そして、あまりにリアルな話に、そわそわと二の腕あたりが寒く感じた。
「そうして気がついたら、この世界にいたんだ。どこか分からない森の中で倒れてた。‥‥俺がここにいるんだ。きっと舞だって。そう思って探し回ったんだ。それで、ちょうど一年くらいたった一昨日、ようやく見つけたんだ、舞を‥‥!」
「待ってよ」
タケルはサトシの話を遮る。
「一年って‥‥ ? だって、二人が‥‥ その‥‥ 亡くなった、って聞いたのは昨日のことだよ」
「‥‥ 俺は、確かに一年間、旅をしたよ。いろんな国に行って、人と出会って‥‥、‥‥ ここで生き抜くために、剣術を磨いたんだ」
サトシは、運動神経が良かった。それでも、あんな風に大人の兵士と戦えているというのは、本当に長い間、剣術の修行をしたからだろう。
「だから、舞を助けだして、元の世界に帰るんだ」
「方法はあるの?」
「分からない‥‥ 分からないけど‥‥、」
自信のない瞳が床に沈む。それでも、その瞳はどこか希望に満ちていた。
「‥‥ ここがどこかだったな。‥‥ 一度死んだんだ。きっとここは、あの世なんじゃないのかな?」
そう言って、サトシは口角を上げた。煤で汚れた頬が、わずかに赤らむ。
「それだと、僕まで死んだことになるんじゃ‥‥ ?」
「確かにそうだな‥‥ それじゃ、タケルも死んだのか?」
「勝手に殺さないでよ」
自分が死んだなんて思えない。確かに、奇怪な黒い手に連れ拐われた。あれが、悪魔か地獄の使いだったら、死んだことになるのだろうか。
でも、とサトシは笑みをこぼした。
「俺と舞が、助かってないのは真実だよ。不思議なものでなんとなく分かるんだ。自分は、死んだんだって。でも、この一年間、旅をしている中で聞いた話があるんだ」
「聞いた話?」
「永遠の命。この世界には、それを手にすれば死んだものを生き返らせることが出来るって。だから、それで元の世界に戻れるんじゃないかって思うんだ」
トパーズさんから聞いた話をタケルは思い出す。フィブラ王国の血の話。
「サトシ‥‥ フィブラ王国の長寿の血が目的なのか?」
サトシは、そう言われて表情を曇らせた。馬鹿のことを言うなと、言いたげに咳払いをする。
「迷信だろそれは。もっとも、そういう話は、この世界には五万とあるらしい。でも、実際に永遠の命を得た人がいるって話だ。きっと、永遠の命の話は本当なんだよ」
そんなことを話していると、「おい」とアルが話に混じって来た。
「私のことを忘れるでないぞ」
身軽なのか、翼を縛られているというのに、ひょいと起き上がると、タケルとサトシの前に腰を落とした。
「この鳥は?」
「アルフェッカだ。アルと呼んでくれていい」
タケルがつけたあだ名を、いささか気にいってくれているらしい。
「どこで拾ったんだ? この珍しい鳥」
「拾ぅ‥‥ 失敬だぞ! 私は、フィブラ王国に仕える鳥だ」
お決まりのアルの紹介を、サトシは「へぇ」と一言で返した。話す鳥をわずか気にしつつ、サトシの興味は別のところへ移っているようだった。
「それで、タケルは、どうしてここにいるんだ?」
どうしてと言われても説明に困る。あったままの出来事を、タケルは話し始める。
「二人が、亡くなったって聞いて落ち込んでた。ベッドで座ったまま、放心状態だったんだ。そしたら、急に真っ黒い手が壁から伸びてきて、気づいたら、汽車の中だった。そこで、このアルと出会って、舞‥‥ いや、リラ王女が連れっていかれるのを見て‥‥ なんとか助けなきゃってなって、今だよ」
黙って聞いていたサトシが口を開く。
「あれは舞だよ」
「でも、」
タケルが反論しようとするのをアルが遮った。
「この少年の話を最後まで聞くべきだ」
アルに促され、タケルは聞く姿勢を見せよう、と真剣な表情をサトシに向ける。
「舞に似た人を見つけて‥‥ フィブラ王国を訪れた。その日に、このウイエル王国の侵攻があって、連れて行かれたんだ」
「舞とは、話したの?」
「少しだけ‥‥、でも記憶を失ってるだろ?」
記憶を失っている。それとは、少し違う気がした。別人になってしまったように感じる。仕草やわずかな雰囲気は、舞そっくりなのに。だから、サトシがそう言い張るのも分かる気がした。
「分かるよ。タケルの言いたいこと。でもあれは、紛れもなく舞だ。見間違えるはずがない」
アルに言われた言葉を思い出す。――恋心よりも深い陶酔など、この世にはない。
いざ、面と向かって真剣にそんなことを言われると、不思議と信じてしまう。きっとあの時のアルも同じだったのだろう。
「うむ。永遠の命の物語――。それは、はるか昔の少年と少女の話だな」
「知ってるの?」
「この辺りに伝わる有名な伝記‥‥、いや神話と言ってもいいかもしれない」
――いつの世も闇というものは、人知れず忍び寄るものだ。それは、その物語お決まりの枕なのかもしれない。その言葉を皮切りに、アルがそのお話を語り始めた。
次回は、木曜日更新予定です!




