第一章 6話 『マスターと団長』
――嘘だ、嘘だ、嘘だ。
男がもたらしたその報告にクロアは耳を疑った。ディア村からの救援通信、つまりは今まさにあの『黒い獣』に村が襲われているということ。その事実に倒れそうになる。
「くそっ! ディア村っていったら馬を全力で飛ばしても1日はかかるぞ!」
冒険者の一人が悔しそうに叫ぶ。そう、どれだけ急いでも一日。間に合わないことは明白だった。
「それじゃあ、もう間に合わねぇよ……」
その一言に場の空気が暗くなる。その時、奥の階段から一人の女性が下りてきた。肩に届くくらいのウェーブがかかった赤い髪ですらっとした体躯。白いワイシャツに黒いズボン、そして顔には目から口元にかけて刃物で切られたような傷があった。
「ディア村の近くにエイビンズっていう町がある。そこに転移石があるはずだ。それを使っていけばすぐに着く」
その言葉に周りの冒険者たちは納得する。
「そうか、転移石があるならそこまで一気に跳べる。そこから馬ならすぐだ!」
こちらを見下ろし、その女性は全体へ指示を出す。
「急いでこのことを王国騎士団へ報告! 準備ができ次第、我々もディア村へ向かう!! 今は緊急事態だ、騎士様たちと喧嘩なんかするなよ!!」
オオ!!と冒険者はそれぞれの返事をする。その返事に女性は頷き、また周りを見渡す。
「よし、あとこの中でディア村まで案内できるやつはいないか?」
「僕にっ!!僕に、やらせてください!ディア村は僕の故郷なんですっ……」
クロアは自ら名乗りを上げる。少しでもなにか自分にできることがあるのならば、全部やっておきたい。村人、そして母の事を思うと不安と恐怖で体が押しつぶされそうだった。なにかしないととても耐えられない。
指示を出していた女性は階段を下りて、クロアの目の前まで進みクロアと目を合わせる。
「少年、君の名前は?」
「クロア……クロア・クロフォードです」
「っ! そうか君が、フィリナの……」
女性は母を知っているようだった。クロアの肩に手を置き、こちらの心中を察するように先ほど指示を出していたときとは違う優しい声で話しかける。
「私はアイシア・オルトリンデ。このギルドのギルドマスターだ。……クロアにはエイビンズからディア村までの道案内をしてもらいたい。だけど『黒い獣』が現れたらすぐ逃げろ。自分の命を最優先で守れ、いいな」
肩に置かれている手に力がこもる。クロアはただ頷くことしかできなかった。アイシアはクロアの隣にいるギルド職員に声をかける。
「リリア、この子を騎士団のところまで案内しろ。恐らく騎士団が先行するはずだ、そこにいたほうがいい」
「はい、わかりました。すぐに連れていきます」
こっちよと言われギルドから出る。その後ろ姿をアイシアは悲しそうな目で見つめ続けていた。
ギルドから出た二人は騎士団のもとへと向かう。しかしクロアは足が重かった。『黒い獣』が自分の村を襲っている。もしかしたらもう皆食い殺されているのでは……消極的なイメージしか思い浮かべず、何度も何度も立ち止まりそうになる。
それを見かねたリリアが冷めた瞳でこちらを向き冷たい言葉を投げかける。
「行きたくないんだったら別に構いません。このまま回れ右をして帰ってください」
「そんなこと……」
「あなたがうじうじ考えたところであなたの村の人は助かるのですか? あなたの役目は騎士団と冒険者の皆様を一刻も早く目的地まで案内すること。そうすることで救われる命が一つでも多くなることにつながるんです。……役目を全うしてください。」
その冷淡な言葉にはただ事実しかなかった。そうだ、今苦しんでいるのは村の皆だ。ここで行かなかったらそれこそ被害は増えるだけ。恐れている暇は――ない。
クロアは大きく息を吸い込み、吐く。
「すいません、落ち着きました。そう、ですね。今僕がやれることをやるしかないですよね……」
そうだ、やれることをやろう。リリアの言う通り今できるのは道案内だがそれでも全力を尽くす。
リリアはクロアの様子に満足したのかまた歩き始め、ポツリと呟いた。
「私も……言いすぎました。――大丈夫ですよ、きっと大丈夫……そう信じましょう」
さっきとは違う暖かい言葉だった。この人は自分を慰めてくれているとわかり、冷たそうに見えて実は優しい人なんだと分かった。クロアは心の中で感謝する。
そしてしばらく歩いていき、着いた先はクロアとガルークが馬車で入国した時の門だった。その門を通り抜けると、入国する際に見た百頭以上もいる馬の隊列の先頭まで歩いていく。どうやら今はこの馬たちの乗り手もいるらしい。各々、出立の準備をしている。そしてその先に立ち並んでる天幕が見えてくる
クロア達は奥の一際大きい天幕まで歩いて行った。
「失礼します。冒険者ギルドの者です。入ってもよろしいですか?」
「入れ」
重みのある声で迎え入れられる。中に入ると一人の男が椅子に座っていた。歳は三十ぐらいだろうか。彫の深い顔で目つきは鋭い。こちらを睨みつけているようにも見える。全身に鎧をつけているが普通の鎧とは違い、その男には左腕が無かった。
「ふむ、リリア嬢が来たということは何か進展があったのかな?」
「はい、ですがよい知らせではありません。先ほど冒険者ギルド通信室にここから南西にあるディア村から救援通信を確認。……『黒い獣』が現れました」
「……そうか、捜索隊は間に合わなかったか、ならば急ぎ救援に向かおう。誰か道を案内出来るものは?」
そう言われリリアはこちらを向き、体を傾け男のほうにクロアが見えるようにする
「こちらの者がいたします。ルートとしてはディア村に一番近いエイビンズに転移石で転移。そこからこの者にディア村まで案内してもらいます」
男は鋭い視線をこちらに向ける。心の内側まで見透かされているようなその視線に自然と身構えてしまう。圧倒的な雰囲気にのまれそうだとさえ思えた。
「ふむ、君は? ……いや、こういう時は自分から名乗るものだったな。私は王国騎士団団長カイヴェル・グランダル。若輩ながらこの団を率いているものだ」
騎士団の団長、この王都グリザスの治安を維持するため警備、要人の警護、時には遠方に赴き魔獣退治なども行う国家戦力の一つである。それを束ねるのが目の前にいるこの男。左腕が無いのは騎士団長になる前、とある任務で失ったらしい。片腕が無い状態で騎士団長にまで上り詰めるその実力は本物だろう。クロアの村にもこの男の武勇伝は伝わっていた。
「クロア・クロフォードです。あの聞きたいことがあるんですが……」
「ふむ、何だね?」
「僕がこの王都に来た時、昼頃にはもう外にいるあの多くの馬は待機していました。……もしかして、『黒い獣』が現れることが分かっていたんですか?」
王都に来た時、不思議に思っていたことだった。ガルークが言っていた遠征隊にしては馬の数が多すぎることと、団長が乗ると思われる馬もあった。普通、遠征に行くとき、騎士団長直々に出張るものなのだろうかとクロアは疑問に思っていた。しかし嘗て王都を脅かした『黒い獣』が出たとなれば話は別だ。国を挙げて討伐しようとしてもおかしくはない。
「……クロア君は”異能”を知ってるかい?」
「えっと、魔術とは違い個人が生まれつき所有している特殊な能力の事ですよね」
魔術は基本、修練を積み覚えるものだが、異能はこの世に生まれた瞬間に備わる。理由は解明されていないが物心つく頃になると自然と使い方がわかるというものだった。魔術と同様、魔力を消費して行使するものでもある。しかし異能を持っているものはとても少ない。
「実は未来を予言するという異能を持っている人がいてね。とても部分的なことしか予言しないんだが、いつも危険が迫るときはその予言が当たっているんだ。今回もそうでね、先に手を打っておいたんだがね」
努力空しく、『黒い獣』は止められなかった。カイヴェルは悔しいのだろう、組んでいる両手に力がこもる。
「他に質問はあるかな?」
「いえ、ありがとうございます」
その時、外から慌ただしい足音が聞こえてくる。
「失礼します!団長、準備が整いました!」
一人の騎士が天幕に入り報告を始める。その報告を聞いたカイヴェルは立ち上がり、騎士に返事を返す。
「わかった、今行く。ではクロア君、付いてきてくれるかな」
「は、はい……」
「では、私はこれで、失礼します」
リリアはこちらを一瞥し、天幕を出て行った。
クロアも出ていこうとするとカイヴェルから声がかかる。
「いいか、『黒い獣』が現れても決して倒そうと思うな」
その言葉に、有無を言わせぬ雰囲気にクロアはただ頷くことしかできなかった。
天幕を出ると騎士団員全員が騎乗し、隊列を組んでカイヴェルを待ってる。その表情は強張り、誰一人ふざけているものはいないことが分かる。しかしその中の一人から声が上がる。
「クロア!? なんで君がいるの!?」
その声に聞き覚えがあった。なぜならつい先ほど聞いたばかりの声だったから。
「セフィラ、君の知り合いか。ならクロア君。彼女の後ろに乗りたまえ。セフィラはクロア君を命を懸けて守れ。ディア村までの道案内をしてもらうからな」
「はっ!!」
セフィラは戸惑いながらもカイヴェルに敬礼を返す。
カイヴェルは頷き白馬に乗る。セフィラも後で事情を聞こうと今は大人しく待機する。カイヴェルの隣に備えている騎士が声を張り上げた。
「総員、傾注!!」
「これより『黒い獣』が現れたディア村に向かう! ルートはエイビンズまで転移石で跳んだあと全速力で南西方向に走る!! ディア村に到着後、救出作業を開始、周辺の魔物を掃討しろ! いいか、一人でも多く救うぞ!!」
「「はっ!!」」
騎士団の声が重なり一糸乱れぬ敬礼を見せる。その様子にカイヴェルは頷き進行方向に馬を回す。
「出陣っ!!」
――今、助けに行くからっ!!
セフィラの後ろに乗り、クロアは心の中で改めて決意する。誰一人死なせないと。胸を焦がすほどの焦りに苛まれながら自らに誓ったのだった。




