第一章 5話 『夢と絶望』
少女――セフィラに連れられて夕暮れの街を歩く。セフィラと出会った廃屋が並んでいる旧道から抜け出し、それなりに人がいる通りに出てこれた。昼間よりも人の数は少なくなっているがそれでもまだ屋台や客引きなどが少しでも客を呼び込もうと大きな声を上げて奮闘している。
そんな二人にも例外なく声がかかる。
「そこのお若いカップル! マシホロ鳥の串焼きはどうだい? 彼氏さんも彼女さんにおごっていいとこ見せなくちゃ!」
威勢のいい声がクロア達にかかる。見ると蜥蜴種の男が焼きあがった串焼きをこちらに向け差し出そうとしている。
「カ、カップル!? ち、ち、違いますよ!」
クロアは慌てて否定する。確かにかわいいなぁとか、髪がきれいだなぁとか思っていたのだが。
「なんでぇ、違うのかい。だったらここで彼女にプレゼントしてハートをゲットだ!!」
なおも串焼きを差し出してくる男にクロアは辟易しているとセフィラが男に詰め寄る。
「ちょっとあなた! 私はこの迷子さんをギルドまで送り届けないといけないの。邪魔をしないで」
――おお、カッコいい……
クロアははっきりと自分の意見を言えるセフィラを尊敬の眼差しで見る。しかし彼女の瞳は店主の男を見ていなかった。どこを向いているのかと視線を追うと男が持っている串焼きを凝視していた。
男もそれに気づき、串を持っている手を上下左右に動かす。すると彼女の頭もそれに追随して振られ、口の端からも涎がたれていた。
店主はニヤッと笑い、
「あー、実はこの串焼き、迷子防止の祝福がかけられていてなぁ……」
「買うわ!!」
もう即決で台無しだった。
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「人は誰しも食べないと生きていけないと思うのよ」
セフィラはそういい、串焼きを一気に食べ、本来はクロアの分ということで買ったはずの二本目にも手を付けようとする。何時間も歩きっぱなしで本来なら夕食を食べていてもおかしくない時間だ。さすがにお腹が減っている
クロアは渡すまいとセフィラからその二本目の串焼きを死守する。
「これは僕が食べる!」
彼女の魔の手から串焼きを守り抜きクロアもその味を堪能する。あふれ出る肉汁が口を満たし、ぷりっとした食感は味だけでなく五感を楽しませる。空腹というスパイスがそれを増長させる。それだけでも十分なのにまだもう一つ訴えかけてくるものがあった。そうタレである。甘辛いタレが肉の味を昇華させつつ、一度味わったら最後、早く次を、次をくれと胃を刺激し催促してくる。
「おいしいな~」
しかし残念かな、クロアにはこの味を声に出して的確に表現することはできず、一言で済ませてしまった。
「うん、今のほうがいいかな」
「え?」
セフィラは体を前に倒しこちらをのぞき込んでくる。
「だって迷子さん、ずっと緊張してたでしょ。体を硬くして私の気をずっとうかがっていたし、見るからに同年代の私に敬語だったしね。でもやっと普通に話してくれた」
そういえば彼女の言動を見ていくうちに確かに緊張が取れていたかもしれない。クロアは少し恥ずかしくなり彼女の目を見れなかった。それをごまかす様にクロアは声を出す。
「……クロア。僕の名前はクロア。そろそろ迷子さんってやめてほしいな」
「覚えておくわ。でもギルドまで送り届けるまで、あなたは迷子さんよ」
いじわるそうな笑みを浮かべてこちらを見てくる。どうやら彼女と一緒にいる間は迷子扱いらしい。納得はいかないが今は案内されてる身、不満は何も言えない。手玉に取られている気分だ。流れを変えるため話題を変える。
「そういえばセフィラは何であんなところにいたの? 女性が一人で行くようなとこだとは思えないんだけど……」
クロアはセフィラと出会った場所を思い出す。廃屋が並び、人はおらず、生活している跡は微塵も感じられないような場所だ。ならず者などがいてもおかしくはない。そんなところになぜ一人で?今更になってそんな疑問が浮かんだ。
セフィラは少し悲しそうな顔で語った。
「……あそこはね、もともと私が住んでいたとこなの。ぼろぼろの廃屋がいっぱいあったでしょ?昔ある事件が起きてあんな有様……国も復興が進んだけどあそこは未だに放置されてるの」
「ある事件って……」
「聞いたことがあるんじゃないかな。五年前、王都で起こった『獣の悲劇』のこと」
――獣の悲劇。
五年前、王都で突如として現れた巨大な黒い獣が王都で暴虐の限りを尽くし、忽然と姿を消した。しかし死者だけでも万を超えたと言われている。
クロアはその時ディア村にいたのだが噂は村まで届いており、母のフィリナも怪我人を治療するため王都まで出向いていたのを覚えていた。
「……いきなりだった。お母さんとね、一緒に買い物していたの。そこにあの黒い獣が現れた。周りの建物、人々を皆食べていった……。その時、お母さんも食べられて、私は運よく瓦礫で隠れて気を失っていたから見つからなかったの」
その時のことを思い出しているのだろう、握りしめた拳が白くなり少し……震えていた。
「気が付いたら夜だった。急いで家まで走ったわ、家にはお父さんと弟が待ってるから、もしかしたら今のは夢でお母さんもいるかもしれないって……。でも、着いた時にはもう、皆――」
助からなかった。彼女の表情がそれを物語っていた。
しかし、彼女は笑顔でこちらを向き、迷いのない瞳でクロアの目を見て
「だから私は王国騎士団に入ったの! もう私みたいな人を出さないために! ううん、この王国だけじゃない……」
そういって彼女は拳を天高く突き上げ息を吸い込み、声高々に周りの目も気にせず宣言する。
「世界の平和は――私が守ってみせるっ!!」
その宣言に、夢に、正直……胸に響いた。そこらの男よりも男らしくて、一片の迷いも後悔もないそんな言葉を聞いたら心奪われるに決まってる。だから自然とクロアは言ってしまった。彼女の夢に感化された、心が動いた、だから少しでも彼女の――セフィラの夢が叶うようにと思って言った。
「だったら……僕もっ! 僕も、手伝うよ。セフィラの世界の平和ってやつ」
セフィラは少し驚いたような顔をしてはにかんだ。
「正直、笑われると思ってた。今までこの話を聞いた人は皆、馬鹿にしてきたから。私たち出会って一日も経ってないから、なおさら……」
「そんなことできるわけがない。君が本気だって伝わってきた。だから僕も手伝いたい、君の……セフィラの夢を」
漠然と記憶を取り戻すという事しか考えてなかった、ならば彼女の手伝いをしながらでもいいんじゃないか?いや、言い訳をやめよう、彼女の夢に自分も魅せられたんだと自覚した。
彼女の目じりに溜まった雫と笑顔がその心を表していた。
「ありがとうっ……クロア」
まだ迷子の身だが自分の名前を彼女は初めて読んでくれたのだった。
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「あそこがギルドよ」
そういって彼女が指さしたほうを見るとレンガ造りの豪邸が見えた。いや、ここにたどり着くまでに貴族の豪邸も見たが、それよりも大きく、さながら城といっても差し支えないほどだった。それを見上げているとセフィラから声がかかる。
「じゃあ、道案内はここで終わり! 短い時間だったけど楽しかったわ」
そう、目的地に着いたから道案内は終わり。彼女と一緒にいられる理由はなくなってしまった。一抹の寂しさもあるがここで永遠の別れではない。
「ありがとう、ほんとに助かったよ。……もし、なにか困ってることがあったらいつでも僕を頼ってよ。君の夢を手伝うって言ったしね」
彼女の夢、「世界の平和」を手伝うと言ったからにはその言葉に責任を持たないといけない。彼女が助けを求めてきたら躊躇なく助けるつもりだ。
「気持ちだけで十分……って言いたいけど、そうね、困ったらクロアを頼るわ。でもその前にあなたは生活に余裕が出るまで自分の心配をしなさい」
ごもっともだった。まずは住むところを見つけ安定した収入を得られるようにしなければならない。一応ガルークからワイバーンの素材を売った二百五十万ペイルという大金が商会に取りに行けばあるのだが、何事も蓄えがあったほうがいいだろうと思い、なるべくそのお金は使わないつもりでいた。
「はは、そうだね。僕は僕で頑張らないと……じゃあ、またね、セフィラ」
「ええ、またね、クロア」
そういってクロアはギルドの扉を開ける。ここから新しい生活、自分の記憶を取り戻す一歩を踏み込むと思うと少し怖かった。だけど彼女が夢をくれたからもう怖がってる暇はない。この先に希望があると信じて、進んで行こう。
ギルドに入ったクロアがまず目にしたのは慌ただしく動く人。怒声が飛び交い、只事ではないとクロアは感じ取った。屈強な冒険者が男女問わずその騒乱を起こしていた。
「おいっ! 情報はまだかっ!!」
「地形の確認はとれたか!?」
「落ち着け! 慌ててもしかたないだろう! とりあえず治癒魔術師を集めれるだけ集めろ!!」
誰かが怪我をしたのだろうか?しかしこの慌ただしさは何だろう、誰かに聞こうにも誰に聞けばいいのか迷ってると、ところどころに緑の制服を着た人がいることに気づく。恐らくギルド職員なのだろう。カウンター近くにいる人に尋ねてみた。
「あのっ!! 何かあったんですか!?」
こうも騒がしいと少し声を張り上げないと聞こえない。クロアの声に女性の職員がクロアに初めて気づく。資料を読んでいたのをいったん止め応対してくれた。
「実は、黒い獣が現れたと王国騎士団から報告があり、今その捜索を行っているんです!」
――黒い獣。それは過去に王都を襲撃し、セフィラの家族を奪った魔獣の通称。それが目撃されたということだった。
「被害が出る前に我々で見つけ、少しでも被害が出ないようにしなければなりません。また『獣の悲劇』のようなことだけは絶対に起こさせないっ」
女性職員は唇を噛みしめ、手に持っている資料を握りつぶしてしまう。
その時、奥の部屋のドアが勢いよく開けられ男が勢いよく飛び出してくる。手には青い水晶のような物を握っていた。室内にいた冒険者の視線はそちらに向く。
「来ました! 救援通信ですっ!!」
「遅かったかっ! どこからだっ!!」
男は手に持っている青い水晶に目を向け返答した。
「ここより南西の方角にある……ディア村ですっ!!」
「……えっ?」
男の口から発せられたその村の名前は紛れもなくクロアが育ってきた村の名前だった。




