第一章 4話 『夕焼けの出会い』
――その巨大な城壁にただ圧倒された。
ガルークの馬車に揺られようやくたどり着いた王都。まず目に入ったのは高くそびえたつ城壁と、唯一の出入り口であるこれもまた巨大な門だった。
クロア達が乗った馬車は門の前まで進む。他にも入国しようとしている馬車や人が行列をなしており、自分たちの番まで少し時間がかかりそうだった。
「すごい人ですね~。いつもこんなに並んでるんですか?」
「これでも少ないほうなんだぜ。闘技祭や収穫祭なんかの祭りごとが近くなると他の国からも来るから、一日待っても入れないってこともあるんだよ。」
そんなに人が来るのかとクロアは感嘆する。村のいたころとは規模が違いすぎて別世界のように感じた。
クロアが呆然とその行列を見ていると、ふと不思議な光景が目に入る。門のそばに十や二十ではきかない、恐らく百頭以上の馬がいた。
なんでこんなにいるのだろうか?馬のあずかり所かと思ったが大抵、町中にあるだろうし、門の中からまだ連れてこられているようだ。
「ガルークさん。あれは何ですか?」
「ん? ありゃ王国騎士団の馬だな、立派に鍛えられているからすぐわかる。それに先頭の白馬、あれに付けてる装備に三本の剣が交差している紋章があるだろ。あれは王国騎士団の証なんだよ。」
そう言われてクロアは先頭の白馬を見る。優雅で壮麗、圧倒的な雰囲気がある。恐らくリーダークラスの人物が乗るのだろう。他の馬とは一線を画していた。
「しかし、なんだってあんなに馬が集められてるんだ? どっか遠征にでも行くのか?」
「遠征……ですか?」
「ああ、たまに遠方の村の付近なんかで強力な魔獣が現れると、遠征隊が組まれて騎士団直々に討伐しに行く時がある。たぶんそれだと思うんだが……」
ガルークは目を細め訝し気に馬の隊列を睨む。その時、入り口の検問所の門番から声がかかる。
「次の馬車、どうぞー」
「おっと、次は俺たちの番か。あんちゃん、ようやく入れるぜっ」
馬車は検問所に近づき門番の手前で止まる。こちらに門番が近づき御者をしているガルークに話しかける。
「すいません。身分証の提示を……ってガルークさんじゃないですか!? また一人で行商に行ってたんですか? 商会の人たちが探してましたよ!」
どうやら門番の青年はガルークのことを知っているようだった。今の言い方だとガルークは商会を抜け出して勝手に一人で行商を行っているらしい。
ガルークはタハハと申し訳なさそうに後ろ髪を搔く。
「あいつらやっぱり俺の事を探してたか。こりゃ帰ったら叱られること間違いなしだな。グハハ」
門番は腰に手を当てため息をついた。
「は~、素直に叱られてください。自業自得ですよ。まぁいつものことですけど……一応身分証の提示をお願いします」
はいよ、とガルークは懐からカードのようなものを取り出し、門番に手渡す。
「はい、確認しました。……ところでそちらの少年は? ガルークさんがお忍びの行商で一人じゃないのを初めて見ましたよ」
門番はクロアに目を移しこちらをじっと見つめてくる。
「こいつは俺の命の恩人でな、あのワイバーンを討伐するほどの実力者なんだぜ! すげえだろ!」
ガルークはまるで自らの事を自慢するように語る。正直ガルークの手助けが無ければ危なかったのだが、クロアは素直に褒められることにした。門番もほうと感心しているようだった。
「その若さで強いんだね。あ、言い忘れてたね。僕はカルド、カルド・リーベル。よろしくね」
「えと……クロア・クロフォードって言います。ディア村からきました。ところで身分証とかって必要なんですか? 僕持ってないんですけど……」
クロアは身分を証明するものは一切持っておらず、もし、入国できなかったらどうしようなどと考えていた。
しかしカルドはクロアの自己紹介を聞くと目を見開き声をあげる。
「クロフォードって、まさかフィリナさんのご家族の方かい!?」
「え、あ、はい。僕の母です。知ってるんですか?」
門番はクロアの問に答える前に名前に反応を示す。クロアはカルドのその剣幕に少し慄きながら聞き返す。
「知ってるも何も、彼女は定期的に王都にきてはギルドにいる怪我人を治していくんだ。お金も取らないし、にっこりと微笑まれながら大丈夫ですよーなんて言われて、治癒魔術をかける姿なんて、まるで女神だよ!」
知らなかった。たまに家を空けて王都に行ってるのは知っていたが無償で治療を行っていたなんて。カルドが母を誉めたてるのでクロアは自分の事でも無いのに少し誇らしくなった。
「実は僕も少し前大きな怪我をしてね。その時フィリナさんに治してもらったんだ」
そういいながらカルドは腹のあたりをさする。
「そんな人だから彼女に恩を感じている人はいっぱいいるんだ。僕もその一人ってわけさ。おっと、身分証の話だったね。本当は身分証がない場合は入国料がかかるんだけど、今回は僕が負担しよう。せめてもの恩返しさ」
そういってカルドはにっこりと笑う。恩返しできることが相当嬉しいらしい。
クロアは心の中で母に感謝する。いい行いをすると巡り巡って帰ってくる。この場合クロアが何かしたわけじゃないが。
カルドは後ろの部下に指示を出し門を開く。
「それじゃ、クロア君! ようこそ、王都グリザスへ!」
――――――――――――――――――――――――
人が波のように流れている。門から真っすぐに伸びた大通りを、馬車と人々が行きかい人々の談笑、道を踏み鳴らす音で耳は満たされる。よく見ると人間だけでなく、獣人、エルフ、ドワーフなど、多種族がこの都で生活しているようだった。
視線を上げると立派な城が見える。あそこに国王がいるのだろう。実際に見たことはないが、ここならいつか、その姿を見れる日がくるかもしれない。
クロアは口を開けてその風景を見ていると隣にいるガルークに声をかけられる。
「じゃあ、あんちゃん。ここでお別れだ。今日のことは一生忘れねぇぜ」
「あ、はい。こちらこそ王都まで乗せてもらってありがとうございました」
馬車に乗せてもらえていなかったら王都に着くのはもっと時間が掛っただろう。クロアはとても感謝していた。
「いいってことよ!もし困ったことがあったらいつでもうちの商会を頼ってくれ。歓迎するぞ!」
さっそく知り合いができ、しかも商会の人なのは幸運だった。これからいろいろ苦労することは分かり切っているのでとてもありがたい。
「じゃあな、あんちゃん。これからもドルガン商会をよろしくお願いします」
ガルークは最後に丁寧にお辞儀をし、そのまま馬車で大通りを進んでいった。その態度や仕草から商人らしくないと思っていたが、ちゃんと商人の顔も持っているようだった。クロアは一人になって少しの寂しさを感じつつも「ヨシ」と自分に気合を入れ、自らもまた足を踏み出し真っすぐに道を進んでいった。
――――――――――――――――――――――
「ギルドってどこだよぉ……」
クロアは一人、ポツリとつぶやく。ガルークと別れて早三時間、道を聞いておけばよかったと後悔していた。他の人に聞こうにもクロア自身、人見知りという性格上聞けずにいるのと、観光しながら探せばいいやという甘い考えが、この結果を生み出していた。
迷子である。
「広い、広すぎる……地図がほしいよぅ……」
夕暮れの淡い橙色が地面に差し込み徐々に暗くなっていく。クロアは一人途方に暮れて悩んでいた。そろそろ宿を探さないといけないのだが、周りを見ても廃屋が並んでいるだけで、とても人が住んでいるようにも見えない。
その時、クロアに声をかけるものがいた。
「あなた、そんなところで何をしているの?」
クロアは振り返り声の主の姿を確認する。その容姿に息が止まった。
それは少女だった。クロアとそう変わらない年頃で、金色に輝く髪を一つにまとめ、流麗な紺碧の瞳が真っすぐにこちらを見つめてくる。白を基調としたローブに身を包み、大人びた雰囲気を醸し出しながらも、どこか幼さを携えた顔だちをしていた。しかも着ているローブは彼女の胸元としなやかに流れるような脚部を隠そうともしていない。
その神秘的で扇情的な光景にクロアは思わず視線を逸らそうとするが、彼女の両方の太ももにホルダーが巻かれており、その中に短剣が差されているのを見つけてしまう。彼女は何故かその短剣に手を添え、いつでも抜けるようにしていた。
「ちょっ!?待って!怪しいものではないです!!」
クロアは両手を上げて必死に弁明する。
「怪しい人は皆そう言う。それに、人気の少ないこんなとこでブツブツ呟いてる人が怪しくないとでも?」
確かに怪しい。クロアは自分が逆の立場でそんな人を見かけたら絶対、衛兵を呼ぶだろう。しかし自らの潔白は自分が一番わかっている。ここは何としてでもわかってもらわないといけなかった。
「じ、実は道に迷ってまして……今日王都に来たばかりなんです!!」
「なんだ、そうなの。疑ってごめんなさい」
「信じるの早っ!?」
その早さに少女のことが心配になるクロアだった。素直にも程があるだろう。一気に警戒を解いた彼女をみてついツッコんでしまう。
「え、違うの?」
余計な一言に彼女の警戒心は元に戻り、またしても短剣を抜こうとする臨戦態勢の彼女をクロアは慌てて制する。
「違いませんっ! 絶賛迷子中ですっ!!」
クロアの恥ずかしい告白が夕暮れの街並みに響きわたった。恥ずかしいなんて言ってられない、まずはこの危機を脱しなければ。
「うん、素直でよろしい。どこに向かってたの?」
「ギルドなんですけど適当に歩いていたらこんなところに着いちゃって……途方に暮れてたとこです」
クロアは下を向き少女に説明する。すると彼女はクロアに背を向け、優しい声でクロアが今一番言ってほしいことを言ってくれた。
「ギルドまで案内するわ、ついてきて。それと……」
そう言った彼女はまたこちらを振り向く。流れる髪が夕焼けに反射して輝き、彼女自身を幻想的にさせる。儚くて、でも美しく柔和な笑みを浮かべて彼女は名前を教えてくれた。
「私の名前はセフィラ。よろしくね、迷子さん」
彼女との出会いは夕焼けに染まっていた。




