第一章 3話 『白と黒の夢』
ワイバーンに突き刺したショートソードを抜きクロアはほっと一息つく。しかし頭の中は疑問に満ちており、困惑していた。
「なんだよ、あんちゃん! 戦ったことがねぇていうのは冗談だったのかい!?」
冗談というわけでもない。村にいたころは武器を使う機会などなく、唯一あったのは、村にいた母の友人を名乗る冒険者にいざという時に役立つと言われ、剣の振り方、足さばきなどは習ったが実戦は一度もなかった。
故に戦えるわけがない。そう思っていた。しかし実際はどうだ?あのワイバーンの動きを正確に読み、鉤爪で身を削ろうとする攻撃を防ぎ、あまつさえ一太刀いれ、その脳天を貫いた。これが素人の戦い?そんなわけがない。
「あんちゃん? 大丈夫か?」
ガルークが不安げな顔でこちらをのぞき込んでくる。どうやら何も言わないことを心配されたようだ。
「あ、はい、大丈夫です。――なんか自分でもよくわからなくて……」
「ピンチの場面で新たな力に目覚めるってか! くう~かっこいいね! 一度は憧れるシチュエーションだな。まるで物語の主人公じゃねえか」
そんな都合のいい話があるのか?と首を傾げるとガルークが横転した馬車に歩み寄り倒れている馬を見てため息をつく。
「あちゃー足がやられてるな。しかたねぇ、馬はおいていくしかないな」
ガルークはそういい馬車の荷台にある商品を持っていけるだけまとめようとするが、それを見たクロアが待ったをかけ、馬のそばに近づく。
――そういえばわからないことがもう一つ。
ワイバーンの突進を受け止め、さながら砲弾のような石の礫を防いだ魔力の壁。今まで使ったことがないものを、否、使えるはずがないものをなぜか使えたということ。魔力が無いはずが突如現出し、今ではある程度自分で操作できている。だから一つやってみたいことがあった。
クロアは馬の怪我をした脚をみる。肉が抉れており、ワイバーンの投石をかすっただけで抉れるのだから威力の程が垣間見える。
患部に手をかざし、クロアは母が村で行っていた治療を思い出す。
――確かこう、だったよな……
だてに母の医師としての活動を手伝っていない。六年間ずっと見続けた魔術による治療、それを今、再現する。
魔力を掌に集め、固定し、馬と自分が一本の線で繋がっているようなイメージで魔術名を口にする。
「《ヒール》」
すると徐々に傷口が塞がっていく。抉れた肉や骨が少しづつ元の形に戻っていき、そして元の傷一つない脚になった。
馬は少しふらつきながらも、しっかりと治った脚で立ち上がる。
――やっぱり使えた……。
自らの手を凝視し、クロアは自分の体に意識を向ける。いつもと違う、柔らかくて、でも硬くそして熱い、そういう矛盾したなにかが体の中に存在していると、それが魔力であるということは本人が一番わかっていた。
――というかその魔力がもうほとんど、体内に残って……な……い……。
「おおっ! これがヒールか。しっかり治ってやがる。でもあんちゃん、抉れた肉を元に戻すぐれーだから結構な魔力を使ったんじゃ……って、あんちゃん!? 大丈夫か!? おい、しっかりしろ!!」
――なんか……急に眠気と倦怠感が……。意識を……保って……いら……れな……い……。
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―――お……ろ
男の声が聞こえる。誰だろう?知らない声だ。というかここはどこなんだろうか?暗い、いや黒い。一面黒、黒、黒。何もない、いや、黒という色しかない。その光景に漠然とした恐怖に襲われる。
クロアはそんな頭がおかしくなりそうな空間にいた。
怖い
寒い
誰か
その時、黒しかなかった空間に一つの白が現れる。その白はクロアを包み込んでゆく。しかしこの白にクロアはなんの恐怖感も感じなかった。むしろ安心感、家に帰ってきたかのようにも思えた。
――起きろ。
先ほどから語り掛けてきたのはこの白のようだ。その時、何かに体が引っ張られてゆく。上へ、上へ。見上げると輝く光が自分を照らしている。その太陽のごとき光へ自分の体は吸い込まれてゆく。
クロアはもう一度下をみた。そこにあの白い塊は人の形になって、こちらを見上げていた。口が動く。声を発しているわけではない。しかし何を伝えようとしているのかクロアは分かった。
――もう、こっちに来るなよ――
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クロアは体に伝わる揺れで目覚めた。布で覆われた天井が見える。どうやら馬車の荷台で横になっているらしい。体を起こし己の身に異常がないか調べる。その時前方から声がかかる。
「お、目が覚めたかい、あんちゃん」
ガルークだ。ワイバーンに襲われる前みたいに御者をしていた。
「ガルークさん、すいません。僕、倒れちゃったんですね」
「ああ、急に倒れたから何事だと思っていたらただの魔力切れだったから安心したよ。しかしあんちゃん、具合はいいのかい?倒れていた間、なにか、うなされていたけど……」
うなされていたのは変な夢を見たせいだったと言おうと思った、思ったのだがその夢の内容を忘れてしまったようである。思い出そうとしても靄がかかったように曖昧だった。
――どんな夢だったっけ?
しかし思い出せない以上しょうがない。クロアは思い出すことを諦めた。
「ま、大丈夫ならよかった。こっちも、あんちゃんが馬を治してくれたおかげで、商品を置いていくという最悪の選択肢だけは免れたよ。ありがとな」
ガルークは馬の背中をポンポンと叩く。馬も感謝を述べるかのように一啼きあげる。
「いえ……あの時は今ならできると思って……」
「結局、あんちゃんのその実力と魔力、どっちも身に覚えがねぇんだろ。てことはやっぱり昔、何かあったってことなんじゃないか? ほら、体は覚えてたってやつだ」
体が覚えている。ということは体が覚えこむまで長い間戦っていたということなんだろうか? 中々、波乱万丈な過去だなぁとクロアは苦笑いする。しかし、これで自分の過去に一歩近づいた気がした。この調子でいけば全部思い出す日も近い。幸先のいいスタートだった。
「そうだ。討伐したワイバーンなんだがうちの商会のほうで買い取らせてくれないか?ほかの商会で安く買いたたかれるより、うちで高く買い取ってやるよ。助けてもらったことの少しばかりのお礼だ」
その言葉にガルークはとても義理堅い男だと評価を改めた。商人は儲け第一という考えで動いていると思っていたクロアは少し恥ずかしくなった。
「は、はい。よろしくお願いします。いくらぐらいになるんですか?」
お金は少しでもあったほうがいい。期待しながらガルークにその価値を聞く。
「うーん、そうだな、傷が少ないほど価値は上がるんだが、胴部に三、頭部に二の損傷がある。だがワイバーンなんてそうそう市場に出回ることもないことも鑑みて……二百五十万ペイルでどうだ?」
「に、二百五十万ペイルッ!!?それだけあれば一年は遊んで暮らせますよ!?」
「B級相当の魔獣なんだ、それを討伐したあんちゃんに対する正当な報酬だよ。それに他の商会に持ち込んだりしたら足元みられてたぶん、百万ペイルって提示されるだろうな」
ガルークがにっと白い歯を見せながら笑う。こっちは相場なんて知らないから百万ペイルでも素直に喜んで納得してしまう。
――悪質商会怖い……。
「でも、正直助かります。これで気持ち的にも余裕ができますよ」
「そうだろうそうだろう。金はいくらあったって困らねぇ。だけどな詐欺まがいのことまでして手に入れた金は汚れちまってる。俺はきれいな金に囲まれて生きていきたいんだ。だから商人は信用、信頼も大事なんだよ」
そういってガルークは遠い目をする。きっと苦労してきたんだろう。しかし今そういうことを言えるガルークが少し格好良かった。
「っと、話しているうちに見えてきたぜ。あんちゃん、前のほう見てみな」
クロアは身を乗り出してガルークの隣まで移動し前方を見やる。
「あれが……」
「ああ、あれが、イグナーツ王国、王都グリザス!」
巨大な白亜の城壁がクロアを待ち構えていた。




