第一章 2話 『不可解な戦い』
――運がよかった。
村を出てから二日、近くの村、ダムル村に立ち寄った際、馬車で行商に来ていた商人、名をガルークといい、商人にしては若い、恐らく二十代後半ぐらいだと思われる青年から食料を購入した。その時王都にこれから戻ると聞いてクロアは必死に頼み込み馬車に乗せてもらうことになった。
ただ単に歩き疲れたのである。
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「なんだい、あんちゃん。王都には行ったことがないのかい? そりゃ人生損してるぜ! 王都には何でもある、食べ物に武器、防具、魔術具や情報なんかも金で買える。いいところだぜ王都は!」
馬車で王都に続く街道をガタゴトと揺られながら進んでいく。馬車の荷台にクロアは座り二日も歩きっぱなしで凝り固まった足の筋肉を揉みほぐしながら御者をしているガルークの話を聞いていた。
「そうなんですか? それなら僕が探しているものも見つかるかもしれません。それにしてもお金がたくさんいるかもなぁ。まずは働き口を探さなきゃ」
そういってクロアはため息を一つついた。母から資金はかなり多めにもらったのだが働かないことにはいつか尽きてしまう。なにか自分にもできる仕事があればいいなぁと思っているとガルークが提案してきた。
「ならギルドに行くといい。あそこは何でも屋みたいなところで色々な種類の仕事がある。確かあんちゃん、昔の記憶がないんだったよな、行方不明者の捜索なんて依頼も結構あるから、その中にあんちゃんを探してくださいって依頼もあるかもな」
グハハと一笑いし、クロアも苦笑いする。もしそうならすぐに目的達成だ。
――クロア的には自分の記憶を取り戻すのに何年もかかるんじゃないかと思っていたので、村を出る時の覚悟を返してくれなんて思いたくなかったが。
「あんちゃんも魔術が使えればどんなところでも引く手あまたなんだがどうなんだい? 使えるのかい?」
ガルークは目を輝かせ、鼻息を荒くし聞いてくる。
「いえ、というか僕、魔力が無いんです」
その言葉にガルークはやっちまったという顔をして右手で後ろ髪をがりがりと搔く。
「あ~なんだその、悪いこと聞いちまったな」
魔力がない。
魔術を発動するには前提条件として魔力が必要なのだが、この魔力を持たないで生まれてくるものもいる。そういった者たちを通称『持たざる者』と呼ばれ差別の対象になっていた。ガルークはクロアが今まで苦労してきたんだなぁと同情していると――
「でも、僕の村はみんないい人ばっかりで誰も僕のことを見下していませんでした。対等に扱ってくれて何一つ不自由はなかったです」
クロアは村の事を思い出し、幸せそうに笑って見せる。
――ほんとに、いい故郷だよなぁ。
と、クロアはまだ二日しか離れていない故郷に思いを馳せる。
そのとき街道から外れた、山があるほうから砂塵を巻き上げて何かがこちらに向かってきた。
「ん?なんだありゃ……ってワイバーンじゃねえか!? なんでBランク相当の魔獣がここに……緊急事態だ、あんちゃん! ちょっくらスピード上げるからしっかり掴まっときな!!」
ガルークは手綱を勢いよく振り下ろしそれに応えるかのように、いや馬もワイバーンから逃げたいのだろう、猛スピードで街道を駆け抜ける。
クロアは振り飛ばされそうになるが荷台のふちを掴みなんとかこらえる。
落ち着いて馬車から振り落とされないようにバランスを取り、近づいてくる砂塵に目を向けるとその姿が見えてくる。
茶色の鱗で体が覆われ、岩のようにごつごつと隆起している。肩から前足のほうにかけて翼のようなものがあり、その尻尾には棘が何本も生えていて一目見て危険だとわかる。その凶相にはクロア達を睨みつける瞳孔と、それに見合う獲物を喰い散らす為の牙を備えていた。
何故かワイバーンはこの馬車を襲おうとしているらしい。
「うわぁっ!? ガ、ガルークさん! ここら辺て魔獣が一切出ない安全地帯じゃありませんでしたっけ!? なんでワイバーンなんか……」
「わからん!! だがやつは地竜種だ、空を飛ぶ飛竜種じゃねえから足は遅ぇ! このままいけば振り切れる! ってやべぇっ!!」
しかしワイバーンがすぐ側に落ちている石を拾い上げこちらに投げてきた。かなりの距離があるはずだが、しかし魔獣の強肩はガルークの馬車を正確に狙い定めてくる。
飛んできた石が馬の脚に当たり馬は荷台事横転してしまう。
「うわあああああっ!?」
クロアとガルークは地面へ投げ出された。体が地面を擦り上げながら、なんとか体制を立て直す。
「ごほ、ごほっ! いてて、ガルークさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな……しかし、いよいよやばいな。もう逃げられんぞ。あんちゃん、すまねぇが戦えるかい?」
「……剣なら少し扱えますが、あいにく今は持っていなくて……」
ディア村から王都までの道のりは魔獣が現れない安全地帯として知られておりクロアも余計な荷物を持ちたくないからといって武器を置いてきてしまった。その判断をした過去の自分を心底恨んだが無い物はない。どうしようかと悩んでいると横転した荷台をあさっていたガルークから何かを投げられる。
剣だ。一般的なショートソードで恐らくまだ使われていないのだろう刀身には傷一つなく、いかにも新品ですと主張している。
「これを使え。本当は商品なんだがこの際だ、四の五の言ってる暇はねぇ。俺もこいつで戦う」
そういったガルークはクロスボウを手に持ち肩に乗せる。
「だ、だけどガルークさん、僕、魔獣と戦うの、初めてなんです。正直、とても……怖くて……なんの役にも立たないかも……なんかごめんなさい」
「グハハ。そうか、俺もだ。だが腹ぁくくらねぇと俺ら二人すぐに冥界いきだぞ。気張れよ!」
そしてワイバーンがどんどん近づいてくる。相手の数は一、対してこちらは二。数は有利だがこちらは戦いの素人。ワイバーンはギルドの中でも一流のBランクの冒険者でないと討伐することができない魔獣だ。しかし戦わなければ死ぬ。記憶を取り戻す目的も達成できなくなる。
徐々に近づいてくるワイバーンを目にし、クロアの体は震え上がり、立っているのが精一杯だった。一応自衛のためだと母の友人から剣の振り方は教わったが、ついぞ今日まで活かす機会は訪れなかった。しかしついに今、チャンスがきているとはいえ初戦の相手が悪すぎる。
――どうするどうするどうする。落ち着け落ち着け。手足の震えが止まらない。このままじゃあいつの突進で木っ端微塵だ。逃げる?だめだ、馬がない以上すぐ追いつかれる。ならどうする、このままなすすべなく死ぬのか?
――死ぬ?死ぬ?死ぬ?それだけはだめだ。死んだら返せなくなる。何を?大事なもの……誰に?思い出せない思い出せない思い出せない
「あんちゃん! 来るぞ!!」
気づけば走り出していた。こっちに突進してくるワイバーンを正面から迎え撃つ。
不思議と体の震えは止まり、さっきまでの恐怖心が嘘だったかのように足が動き、腕は振れていた。
「無茶だ! 避けろ!!」
ガルークの忠告は聞こえるが、おかしい、頭では無理だと思っても体はできると主張するようにこの無謀な行動を止めない、止められない。
そしてクロアとワイバーンは激突する。クロアよりも体は何倍も巨大なワイバーンに吹き飛ばされるとクロアは思った。しかし……
「えっ?」
クロアは自らとった行動の結果に疑問の声をあげる。彼は剣を持っていない左腕一本でワイバーンの頭を掴み突進を止めていた。しかもその掴んでいる腕から、正確には手首から手全体を球状に白い炎のようなものが覆っていた。
「これは……魔力?」
しかしありえない。なぜならクロアには魔力がないはずなのだ。医師でもあり魔術師でもある母に昔、言われたことがある。あなたには魔力がない、魔術を使うことができないと。なぜと考えるがそれどころではない、まずはこのワイバーン何とかしなければならない。
掴んでいるワイバーンを右に放り投げる。明らかに常人では持ち上げることすらできないワイバーンを、腕の力だけで放り投げれることにも驚きを隠せない。その前の突進もそうだ。なぜ、受け止められたのか。疑問は尽きないが敵、ワイバーンは待ってくれない。
体制を整えたワイバーンは右の前足を使い、その鋭い鉤爪でクロアの体を削り取ろうとする。しかしクロアはそれをショートソードで受け止める。鉤爪を弾き返し、バランスを崩したところに一太刀。ワイバーンは苦し気な鳴き声を上げる。
――戦い方が分かる。
どこをどう動けば相手の攻撃を防ぎ、どう剣を振るえば相手にダメージを与えられるか、なんとなく直感でわかる。これではまるで実戦経験があるかのようだった。
着実にワイバーンに傷を負わせていく。
しかし、ワイバーンはクロアから距離を取り、前足を地面に打ち付ける。その衝撃で地面が割れ、石の礫がクロアに襲い掛かるが、クロアは今まで扱ったことがない魔力の使い方をやはり、この短い時間で理解していた。
故にこの技を防ぐ術を発動する。
左手を上げ、一気に振り下ろす。すると前方に白い魔力の壁ができ、石の礫を防いだ。その衝撃で砂煙が一面に広がり、その陰からワイバーンが飛び出してくる。今度こそとまたしても前足でクロアの体を削り取ろうとする。視覚外からの急襲、さすがにクロアは反応できない。
――やばい、防げない!
その時ワイバーンの目にクロスボウの矢が突き刺さる。ワイバーンはもがき苦しみ、うずくまり、この矢を放ったガルークに注意を向けてしまう。
「今だ!あんちゃん!!」
「っあああああああ!!!!」
ガルークが作ってくれた最高のチャンス。無駄にするわけにはいかないとクロアは飛び上がりショートソードでワイバーンの頭を貫く。暴れるが決して剣は手放さず、そしてワイバーンは徐々にその動きが小さくなり物言わぬ骸となった。
死んだことを確認したクロアは、安堵から足の力が抜けてしまい地面に座り込み、空を仰ぎ見て一言呟く。
「なんかもう、なにがどうなってるんだ?」
旅に出て最初の危機と謎はこうして過ぎ去った。




