第一章 1話 『笑顔の旅立ち』
「よし、準備完了!」
気合の入った声で少年は革の袋の口をこれでもかと言わんばかりに力強く締める。
笑顔で鼻歌でも歌いだしそうに上機嫌な少年は、少し長めの黒髪で日光に当たると青く見える。体形は中肉中背よりは少し小柄といったところ、白いシャツの上に申し訳程度で機動性重視の革の鎧をつけさらにその上に黒を基調とした外套を羽織っていた。
「食料よし。ナイフよし。ポーションよし。足りないものがあれば王都に着いてから買えばいいか。でも、お金もそこまで多くないから余計なものは買わないようにしないと……」
王都には見たことが無い物や、物珍しい魔法具などもあると思うと、自分は我慢できるかどうか心配になるが限られた資金で我が儘を言うわけにもいかない。自制自制と自分に言い聞かせる。
と、そこに一人の女性が部屋のドアを開け入ってくる。白のローブに身を包んだ若々しい女性だ。
「準備できた? クロア」
「ばっちりだよ、母さん」
そう言って少年、クロア・クロフォードは母と呼んだ人物に微笑みかけた。
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「村の皆に挨拶を済ませたかい? 忘れ物は無いかい? ああもう、お母さん心配で心配でたまらないよ。やっぱり私もついて行っちゃダメ?」
雲一つない晴天の下、木造の家の前で一組の親子がいた。駄々をこねるクロアの母、フィリナは涙目になりながらすがるようにクロアの手を掴んで離さない。
「ダメだよ。母さんが村からいなくなったら皆が困るだろ。魔術医療ができるのは母さんしかいないんだから、母さんのほかに誰が怪我や病気を治すのさ。だからそろそろ手を離してくれない?」
クロアたちが住んでいるディア村は小さいながらもディア村特産の野菜や果物には定評がありそれを定期的に訪れる商人に売って生計を成り立てている。そこでフィリナは村で唯一の医者をしていた。小さな怪我なら治癒魔術を傷口に使うことでで治せるが、体内の疾患などは医療用のナイフで体を開き患部に直接治癒魔術をかけ、治すといった、あまり王都でも知られていない治療法で村人達の健康を保っている。
「そうよね、いつかこういう日が来ると思って覚悟してたんだった。笑って見送らないとね。」
そういって彼女は名残惜し気に掴んでいた手を離し、代わりに自分の手を掴み祈るように胸の前に置く。
「――どうしても行くのね、あなた自身を知るために……」
「うん。六年前、母さんに拾われた日より前のことをどうしても思い出したいんだ。思い出さなくちゃならないって、なんていうか使命みたいなものをいつも感じていたから、だから僕は旅に出る」
六年前、フィリナが山に薬草を取りに行ったとき、倒れているところを見つけ、保護されたらしい。
目が覚めた時、自分の名前しか思い出せず、しばらくの間、対人恐怖症になったが、フィリナが献身的に世話をしてくれたおかげでそれも治り、彼女の提案で正式にフィリナ・クロフォードの息子クロア・クロフォードとなった。
そしてこの六年間彼女の仕事の手伝いをして暮らしてきたが、どうしても記憶を取り戻したく、今日16歳の誕生日に旅に出ることを決意した。
この六年間とても幸せだったと胸を張ってクロアは言える。優しくも甘やかしすぎず、本当の息子として自分を育ててくれた母、村の皆もよそ者のクロアを村の一員として接してくれた。当然ここで一生を過ごすことも考えたのだが何故か失われた記憶を取り戻さなければならない、そこに自分の大切なものがあるような気がしたからである。
クロアは後悔したくないから母に家を出ることを一ヶ月前に告げそしてその申し出を了承してくれたことに感謝していた。
「決意は固いわね。こりゃ何言っても聞かないか……行く前にこれをあげる」
フィリナはローブのポケットから一つのネックレスを取り出す。それを受け取りまじまじと観察する。チェーンの先に赤い水晶のようなものが付いており、中が透けている。
「今日、誕生日でしょ?だから誕生日プレゼント。ま、お守りみたいなものよ」
「そっか、ありがとう」
もらったネックレスを首にかけそしてクロアは自分の村と家を目に焼き付けるように眺め軽く息を吸い、母の目を見て言った
「じゃあ、行ってきます!」
フィリナは目を細め、今までクロアと過ごしてきた日々を思い出す。おそらく数々の苦難が彼を襲うだろう。いや、おそらくではない。必ず、この先クロアの前に多くの試練が待ち構えている。フィリナ自身、クロアの過去について彼に隠していることがある。
――どうか無事で。
クロアに隠し事をしていることを心の中で謝りながら精一杯の笑顔で別れを告げる。
「ええ、行ってらっしゃい!あなたの家はここだからいつでも帰ってきなさい!」
そしてクロアは歩き出す。己の過去を求めて。最初の目的地は大陸でもっとも大きく、そして人と情報が行きかう都『王都グリザス』へ。




