第二章 一話 『学んで、鍛えて、忘れられなくて』
見渡す限りの草原と見上げれば青い空に白い雲。風が頬を撫で、そこだけ時間がゆっくりと流れているようだった。絶好の散歩日和、昼寝をするのもいいかもしれない。そんなリラックス気分の昼時にクロアは何をしていたかというと――
「うわぁぁぁーーっっ!? こーなーいーでーー!!」
「はははっ!! もっと避けろ避けろっ!!! なあに一発当たったぐらいじゃ精々骨折するぐらいだからなぁ!!」
ログが魔術で人の頭程の大きさの水球を生み出し、周囲に浮かべては一つ一つ、クロア目掛けて放たれていく。その水球からクロアは必死に逃げ回るという、傍から見れば苛めているようにしか見えない光景がそこには広がっていた。
「ひどいっ、ひどいよログ―!!」
クロアは悲痛の訴えをログに向ける。しかし当のログは知らん顔。容赦なく水球、いや高速でクロアに迫るそれは最早、水弾ともいえるものを撃ち込んでくる。しかしクロアもただでは当たらない。つい最近発現したばかりの魔力、白の魔力を足に纏わせる。白の効果は『活性化』、それによる肉体強化で常人よりも速いスピードでの移動、回避を行える。
「お前がどれだけ動けるか知りたいって言ったんだろ! セフィラの犠牲を無駄にするなよ!」
「……勝手に……殺さないで……くれる……」
クロアがストリーゴから吸収した魔力は程なくして消えてしまった。しかしクロアの異能【三首の煉獣】で魔力を吸収できるのであれば、魔力がある状態でどこまで動けるか試したくなったのだ。なのでセフィラの魔力を拝借したのだが……
「……まさか……魔力切れ寸前まで……吸われるとは……あなたも大概酷いわよ、クロア」
セフィラがぐったりした状態で木にもたれかかっている。魔力切れギリギリによる体の倦怠感に耐えているようだった。
「ごめん!! まだっコントロールっ、できないみたいで、うわぁっ!? ログ!? 別に君が攻撃してこなくてもいいんじゃ!?」
「何事も実戦形式だ! 俺も魔術の修行になるしな!! 『エム・サピル・クラスタ』!」
打ち込んできた水弾は人一人覆いつくすぐらいに巨大な物で、クロアを正面に捉え真っ直ぐ向かって突き進んでくる。しかし二、三歩横にズレるだけで避けれるものだが、肉体強化した状態で一歩踏み出すと――
「うわぁぁっっ!!??」
あまりのスピードにクロアは自らの意思で制御できず、勢い余った状態で、その先にあった岩に頭を打ち付ける。しかし肉体強化により幸いにも大したダメージは無かった。
「うぐっ、全然まだまだ制御できないや……」
ログもようやく魔術を止めてくれたようで、依然倒れたままのクロアに近づき手を差し伸べてくれた。クロアは礼を言い、その手を握り一気に立ち上がる。セフィラも回復したのだろう、ゆっくりとした足取りだがこちらに近づいてくる。
「当面は制御の方を鍛えたほうがいいな。魔力は――セフィラにもらってくれよ?」
「……クロア、異能の制御も早急に極めてちょうだい……」
「い、イエッサー」
セフィラの鋭い眼光にクロアは身をすくめる。これは今回みたいな魔力切れ寸前まで吸収するのを何回もするなというメッセージが視線から伝わってきた。
「ふう、私もだいぶ良くなったし、二人ともご飯にしない?」
そういったセフィラの手には白い布に包まれた弁当箱が握られていた。
――――――――――――――――――――
「そういえばログって、魔術を使う時って魔術名を言う時と、言わないときがあるよね? それってなんで? 理由とかあるの?」
三人は木陰でセフィラが用意してくれた弁当を食べながら、お互いの能力の情報交換を行っていた。最初、クロアが異能に目覚めたばかりということもあり、ギルドの依頼のついでに、クロアの異能の検証をしていた。まだまだ制御に難があるが、それでも強力な異能なのは間違いない。
この質問も、白の魔力を扱える事と、今まで魔術には興味が無かったクロアはせっかくログという魔術の先生が身近にいるので、少しでも理解を深め、戦闘に生かせないかという考えからだった。
「名前っていうのは実は大事なものでな、簡単に言えば……世界に認められるために必要な物なんだ」
「世界に認められる?」
「そう、この世界には意思があって、名前を持つものはその世界に受け入れられる。魔術で言えば単純に威力が上がるんだ。だが魔術名を言わないと世界から認められず、少なからず抵抗が発生し、威力が落ちる。だから確実に相手に当たると確信すれば魔術名を言って、不意打ちするときは何も言わず、魔術を発動させるんだ」
それを聞いていたセフィラはうんうんと頷きながら、補足を説明してくれる。
「ちなみに、異能は異能名を言わなきゃ絶対発動しないから、気を付けてね。こっそり私から魔力を奪おうとしても、無駄なんだから」
「そ、そんなことしないよ!」
セフィラはまだ魔力をギリギリまで吸収したのを根に持っているようだった。
「まあ、世界に意思があるっていうのは、本当かどうかはまだ学者連中が議論している所だけどな。だが、名前を言うだけで威力が変わるのは嘘じゃねえから、今度試してみな」
「う~ん、といっても未だに魔力の制御もうまくいかないんだよ。こう、動かしづらいっていうのかな?」
今まで魔力を扱うことができなかったクロアにとっては、魔力制御にも一苦労していた。正直まだ、異物のようにしか感じられず、慣れるのにもまだ時間が掛りそうなのだ。
「クロア、まださっきの魔力は消えずに残ってるか?」
ストリーゴから吸収した魔力は、ダンジョンを出るのと同時に体内から消失した。どうやらこれは魔力切れとは違うようで倒れることは無かったが、吸収した魔力をそのまま保持することは出来ないらしい。二、三分といったところで最初から無かったかのように、体内から霧散してしまう。
「ううん、もう無くなってるけど……」
「そうか、よしセフィラ、もう一度吸われろ」
その一言にサンドイッチを手にしていたセフィラの手がピタッと止まり、顔から冷や汗が吹き出ている。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私!? また私!? いやよ!もう私の魔力はびた一文もやらないんだからぁ!!」
異能の制御もままならないクロアが吸収を行うと、魔力切れ寸前まで吸収してしまう。その時起こる症状としては眩暈、倦怠感、吐き気と、それはまるで乗り物酔いを酷くしたかのような症状だった。セフィラでなくとも誰だってこんな辛い思いはしたくない。
「だ、だったら、ログの魔力を吸えばいいじゃない?私、さっきのでほとんど魔力が無いから、次吸われたら気を失っちゃうんだけど……」
そんなセフィラの懇願にログは一瞬ニヤッと笑みを浮かべ、しかしすぐさま申し訳なさそうな表情を作り上げる。
「それでもいいんだが、これはクロアを強くするためなんだ!確かに魔力切れした時の気分はいいもんじゃない、だがセフィラ、お前の魔力だけが頼りなんだ! お前だけが希望なんだ!これはお前にしか出来ないことなんだ!」
グッと握りこぶしを作る様といい、熱弁は見事な物なのだが、こんな雑な誘いに乗るものがいるのか疑問なのだが、どこにでも例外というのはいるわけで――
「――私にしか……出来ないこと……」
ジーンと感動しているセフィラが雄一の例外だった。ログの熱弁に心を動かされたようで、覚悟が決まったのか、クロアに向けて腕を突き出してきた。
「よしっ、クロア、一思いにやっちゃって!!」
「さっきから二人とも僕の事を厄介な吸血虫か何かだと思っていない?」
そんな捨て台詞を呟きながら、セフィラの腕を掴み、【三首の煉獣】を発動させる。少量しか吸収できなかったが体内に魔力が流れ込んでくるのが分かる。
「……あう~」
とうとう魔力切れを起こしたセフィラは目を回しながら座った状態で後ろへ倒れこむ。
「……こいつの扱い方が分かった気がする。このやり方でこれからいいように利用できるな。ククク、ハーハッハ!」
「……ログの外道」
腰に手を当て、仁王立ちで笑うさまはまるで悪役そのものだった。
ジト目でログを睨むも本人はどこ吹く風。もう魔術師というより詐欺師にしか見えない。しかしセフィラの犠牲を無駄にするわけにもいかず、早速本題に入る。
「それで何をするの?」
「ああ、さっき魔力を動かしづらいって言ってただろう。まずそれが間違いなんだ、魔力は動かすものじゃなく、流すものなんだ」
ログは右手を上げると、その掌から紅色の魔力が浮かび上がってくる。それは腕を伝い左手、胴体、右足、左足と、体の隅々を淀みなく動き回る。このスムーズな動きがクロアには出来なかった。
「人の魔力がどこで作られているか知っているか?」
「え?そういえば考えたことが無かった。体全体で……てわけじゃないよね」
クロアの場合は魔力源が他者の魔力なので、普通の人の魔力に関する構造とは少し違うだろう。元々持たざる者だからというのもあるのだが。
「ああ、実は心臓なんだ。ここから魔力は作られ、体全体に送られる。だから想像しろ。魔力は血液で、心臓が鼓動を刻むたび、血液は全身を駆け巡り、また心臓に戻ってくる。そういうイメージだ」
クロアは目を閉じ、心臓に意識を向ける。心臓がドクン、ドクンと脈打つ度に魔力が全身を巡るイメージ、動かすのではなく、流す。
「目、開けてみな」
「……わぁ」
クロアの全身が淡い白の魔力に包まれている。その中の少量なら意識すれば任意の場所に魔力を送り込むこともできた。
「まだまだぎこちねえが、及第点てところか。後は慣れるまで反復するしかねえよ」
「それだとセフィラの負担がもっと増えるね。その内、異能も制御できればいいけど……」
クロアの異能は、発動するのに魔力がいらないという特殊なもので、これに関しては異能を持たないログはお手上げだった。今は使い続け、慣れることしか方法はないだろう。その度にセフィラの魔力をもらうのは忍びないので、たまにはログから吸収しようと心に誓うクロアだった。
その時ちょうどセフィラが眼を覚ます。
「……うっぷ、気持ち悪い」
「おはようセフィラ。――そろそろ帰ろうか」
辺りは既に夕暮れ、茜色の陽光は徐々に暗い青に変わり、夜が訪れようとしている。
クロアはこの暗闇を見ていると何故かダンジョンで相対した狂人を思い出してしまう。忘れようと振り払おうとも何故か、消えてくれない。どうしても最後の瞬間を、男がこの世から去る瞬間が頭にこびりついて離れない。
「……クロア?」
「……ううん、なんでもないよ。行こう」
彼女の心配する声が胸を締め付ける。それをごまかす様にクロアは、まだ歩くのも辛そうなセフィラを背に抱え、王都に向け歩き出す。夜はクロア達を追いかけるように、徐々に徐々に広がっていった。
魔術と魔力の説明回といったところですかね




