第一章 エピローグ 『英雄の足跡』
ストリーゴの姿が跡形もなく消えていくのを見届けた後、三人はその場へ座り込む。戦闘の疲労からか、最早立ち上がることすらも億劫だった。セフィラとログは体中傷だらけの中、限界を超えて異能、魔術の行使を行ったのも影響していた。
クロアはそんな二人の元へ近づき、発現したばかりの魔力を使い傷を癒していく。白い魔力が二人の体を包み込み、光を放つと見る見るうちに傷口が塞がっていく。
「二人とも大丈夫?」
心配するクロアに二人は笑顔で返答する。
「ありがとう、クロア。正直そろそろやばいって思ってた頃だったから」
「あの男、ぎりぎりの所まで俺らを痛めつけやがったみたいだな。意識を失う一歩手前だったぜ」
二人はストリーゴの異能空間に囚われ、抵抗空しく魔術の餌食となっていた。殺されなかったのはクロアの秘密を聞き出すための人質といったところか。しかしそれもクロアがストリーゴを怒らせたことで二人の事は頭の中から消えていたのだろう。
「でも二人が起きててくれてよかったよ。実際ピンチだったからね」
恐らくクロア一人では勝てなかった戦いだった。突如発現した魔力、異能は確かにストリーゴを驚かせることはできたが、二人が作った隙が無ければこの力は、剣は届かなかった。
「それにしてもクロア、やっぱり魔力があったんだな。しかも異能まで」
ログは治った傷口を見てからクロアのほうを向く。興味深そうに見てくるログにクロアは恥ずかしくなったが、実際まだまだこの力には分からなことばかりだった。だが分からないことばかりでは無かった。
「……それについては色々分かったことがあるんだ」
自分の心に住んでいるという謎の男、リーヴェ。そしてそのリーヴェから教えてもらった事に引っかかることがあった。
――君の記憶は何者かに封印されているんだ。
一体誰が?何故?考えても答えは出てこないが、確実に記憶を取り戻すことへの手がかりになったと言える。それだけでも確実な一歩だった。
「外に出てから言うよ。さあ、二人とも帰ろう」
「そうしたいのはやまやま何だが……」
ログの様子がおかしい。クロアのちょうど背後辺り、この部屋の入口を見て固まっていた。クロアは何だろうと思い振り返ると、そこに入口があったであろう場所は瓦礫の山で埋まっており、人が通れる様な隙間すらなかった。
それを見たクロアはあんぐりと口を開け――
「な……なんじゃ、こりゃー」
「なんじゃこりゃーって、あなたがやったのよ?クロア……」
「……え゛っ」
「あなたがストリーゴの異能を破った時の衝撃が、入口の天井部分を壊して落ちてきたのよ、あれ」
クロアがストリーゴの異能空間を≪放出≫の一撃で切り裂いたのはいいものの、あまりにも強力なその一撃は異能空間を破壊した後も部屋の中を暴れまわっていたのだ。
単純な魔力も量によっては凄まじいほどの威力を持つのだ。
「そ、そうだったんだ……ごめんなさい……」
やってしまったと言わんばかりに両膝両手をを地面につきうなだれる。これではこのダンジョンから出られない。
セフィラは瓦礫をどかそうと力を込めて動かそうとするもびくともしない。
「ううーんっっ!! ……無理ね、救助を待つしか無い……かな」
「こ、こうなったらもう一回僕の異能で」
「バカたれ、今度こそダンジョン自体が崩壊するわ」
「あだっ!」
ログがクロアの頭をグーで殴る。決して軽くない一撃にクロアは頭を抑え身もだえる。涙目でログを睨みつけるが本人はどこ吹く風だ。
そんなログにクロアは一つ提案を持ち掛ける。
「あの……ログ……」
「ん? なんだ?」
「僕たちの……パーティーに入ってくれないか?僕たちは、知っていると思うけど黒い獣を倒すのが一番の目標だ。君はどんな理由で黒い獣を追っているのかまだ知らないけど……君が仲間になってくれたらとても心強い、だから――」
「……」
ログはこちらに背を向け決して顔を見せない。ようやく返してくれた言葉は――
「俺はずっと一人だったから、今更パーティーなんざ組めねえよ。……ま、気が向いたら考えといてやるよ」
そんな二人のやり取りにセフィラはやれやれと肩をすくめる。
「お二人さん、そういう話はここから出れたらね。現状出れる手段は無いんだから」
セフィラの言葉は最もだった。まずここから出れなければ話にならない。
するとログが急に歩き始め、ある部分で立ち止まった。これは、と呟き――
「いや、そうでもないぞ。これを見ろ」
そういったログはある部分を指さす。そこには本棚が幾つも倒れており、一見不思議なところなどは見受けられなかった。
「……なにかあるの?」
「いいからもっと近づいてみろ」
クロアは倒れている本棚の群れへ近づいていく。そして一つの本棚が眼に入る。正確には本棚の裏、壁と接する部分だ。そこには掌ぐらいの小さいひし形の青い結晶が貼り付けられており、クロアはこれに見覚えがあった。
「――転移石!!」
ついこの前、王都からエイビンズの街まで転移するのに使用した転移石だった。しかしその時は人が見上げるほどの大きさのものだったが、これはそれと比べるとずいぶん小さい。
「近距離用の転移石だ。転移石は距離が遠い所に飛ぼうとするほど巨大で質がいいものが必要だ、だからこれぐらいの大きさの物ならせいぜい……地上に上がれるくらいだろうな」
クロアはそれを持ち上げ、二人のほうを向く。
「帰ろうよ、王都に!」
満面の笑みにセフィラは笑顔で返しながら、ログはやれやれと頭を掻きながら歩み寄り、三人は転移石に触れ、クロアが代表して魔力を流し込む。眩い光が三人を包み込みんだ。
――――――――――――――――――
次の日、クロアとセフィラはギルドを訪ねていた。手ごろな依頼が無いか探しに来たのである。
「ギルドもなんだか懐かしく感じるわ。やっと帰ってこれたって感じがする」
「昨日は色々あったからねぇ、ていうかセフィラ、ギルドに懐かしむほど関わってきてないでしょ」
「まったく感傷に浸っているというのに、クロアは無粋ね」
そしてクロア達はギルドの入口を開く。数多の視線がその身を貫くが、一際睨みつけてる人物がいた。受付に座ってただならぬオーラを放っているその人物は、リリアであった。
その雰囲気に他の冒険者も近づかない。他の受付に並び、リリアの受付には一人も並んではいない状態だ。そこにクロア達はビクビクしながら近づいてゆく。
「……あの~リリアさん? またなんか怒っています?」
「ちょっとクロア、リリアさんに何かしたんじゃないの? はやく、謝らなきゃ!」
「ええっ!? なにもしてないよ!? セフィラもずっと一緒にいたんだから知ってるでしょ!!」
そんなやり取りを見てリリアはスマイルを作る、もちろん営業のほうだ。
「そうですね、何もしてないですね。私が出したグレムル討伐の依頼も何もしていないのでしょうね」
「「……あ」」
二人は思い出す。ログとセフィラが冒険者登録をしてすぐのこと依頼を受けていた事を。
「私は心配していたのですよ?まさかグレムルに負けるとは思っていませんでしたが、生き物を殺す罪悪感に押しつぶされていないかとか……まさか何も連絡が無く一日経つとは思っていませんでしたよ。お陰で寝不足です」
怒ってる、確実に怒っている。しかしセフィラがここで切り出す。
「グ、グレムルなら一匹倒したわよ。これで依頼達成ね」
「依頼内容は三匹です」
「うぐっ」
やられた。ダンジョンでセフィラは一匹しか倒していない。クロアに至ってはゼロだ。依頼内容を忘れていた二人のミスだろう。これで初依頼失敗かと思われたが――
「――じゃあ、俺のを合わせて三匹だな」
そこに現れたのは紅いローブに身を包み、クロアよりも少し背が高く、茶髪で眼光が鋭い三白眼。
「――ログ!!」
ログ・ヒュージ・マギアラ。彼が来てくれたのだった。
リリアは少し驚きながらも、姿勢を正し、クロア達を見据える。
「ヒュージ様、申し訳ありませんがパーティーでもない人物の討伐数をカウントするわけには――」
「昨日、そいつらとパーティー組んだんだ。事後報告だが何とかしてくれ」
「えっ……」
ログは昨日の時点でパーティーの件は断っていたはずだ。なのに何故?そう思っているとログはクロア達の方を向かず恥ずかしそうに、
「……言ったろ、気が向いたらなって、依頼内容も覚えられないんじゃ俺がいないと危なっかしくて見てられん」
「ログっ!!」
「全く、素直じゃないんだから」
そういうセフィラもとても嬉しそうに笑っていた。
リリアはそんな三人の様子を見てはあ、とため息をつく。しかしそこにはもう怒りはなかった。
「……今回だけ特別ですよ。次からはちゃんと報告してからにしてください」
「ありがとうございます!!」
身を乗り出し、顔を近づけるクロアに、リリアは恥ずかしさからか頬を赤らめる。平常を保つために話題を変える。
「こほん、三人以上のパーティーはパーティー名を付けてもらう規則になっております。それとリーダーも決めてください」
うーんとクロアは考える。リーダーについてはセフィラかログのどちらかだろうと。元騎士団で異能も扱えるセフィラか、天才的な頭脳を持ち、多彩な魔術を使えるログか、うーん、うーんと悩んでいるとセフィラとログは当然と言わんばかりに――
「リーダーはクロアね」
「ああ、決まりだな」
そういったのだ。
「ええ!? なんで僕なの!?」
クロアは驚き、二人に問い詰める。しかし当の二人は何言っているのだろうと、不思議そうな目をしていた。
「なんでって、私はあなたについて行くって決めたから、それにクロアなら絶対いいリーダーになるって思えるの」
「俺も大体そんな感じだ。それに俺を誘ったのは、手を差し伸べたのはお前だクロア。お前が頭を張るのが筋ってもんだろ」
二人がそう考えていたるのを初めて知った。二人がこんなにも自分を信頼してくれているならそれを裏切るわけにはいかない。クロアはそれを承諾した。
「わ、わかった! 僕、頑張ってみるよ!」
「では、リーダーはクロア君ということで、パーティー名はどうしますか?」
「あ、それなら考えていたものがあるんです!」
クロアは考えていた名を二人に伝える、二人は快く承諾してくれた。
クロアがかつて母にもらった絵本を思い出す。医学本しか無かった家に母が気を使って買ってくれたもの。それは世界を荒らす巨大な獣を倒した英雄の、このご時世、極々ありふれた英雄譚だが母にもらったそれは今でも記憶に残っていた。
決して諦めず、勝てないであろうと思われている敵に挑み、やがて勝利する。そんな英雄の名と、彼の跡を辿れるようにと願いを込めて――
ヴィーザル・イクノス、と――
第一章はこれにて完結。次回は幕間なんかを書ければ書きたいなあと思っております




