第七話「帰らない夜」
■メルセミュ
夕方になっても、リュバンはいなかった。
パン屋の扉を押す。鈴の音がした。
ツムギがカウンターにいた。いつも通りの目で、こちらを見る。
「リュバンは?」
「おでかけです」
「いつ帰る?」
少し間があった。
「毎週月曜日は、遺跡に行っています」
感情はなかった。でも、今まで聞いたことのない長さの言葉だった。
私はテーブルに座った。待つことにした。
遺跡。毎週月曜日。知らなかった。
店の中は静かだった。パンの匂いはある。棚にパンも並んでいる。
奥の扉が、開かない。それが気になった。理由はうまく言えなかった。
■フィロニィ
メルセミュ様が先に来ていました。
私は入口近くに立って、窓の外を見ました。空が暗くなっています。遺跡までの距離と、戻るのにかかる時間を頭の中で計算します。
遅すぎます。
普通に探索して戻るなら、もう帰っていい時間です。
「フィロニィ」
メルセミュ様が呼びます。
「遅いよね」
「ええ」
それ以上は言いませんでした。でも、二人の間に同じ重さが落ちた気がしました。
ツムギさんがカウンターで布巾を動かしています。いつもと同じ動きです。心配している様子はありません。でも、心配していないのか、心配という感覚がないのか。どちらかはわかりませんでした。
■メルセミュ
窓の外が、もう暗い。
パンをかじる気にもなれなかった。ただ、ここにいた方がいい気がして座っていた。
その時、ツムギが動いた。
布巾を置く。カウンターの奥へ歩いていく。声もなく、振り返りもなく。
「ツムギ」
呼んでも、止まらなかった。階段を上がる音がした。扉が閉まる音がした。
静かになった。
「今、何時?」
■フィロニィ
「十八時です」
私は答えました。そして、その意味を少し考えました。
リュバン様がいなくても。帰ってこなくても。十八時になったから、部屋へ戻った。
それがツムギさんの十八時でした。
心配ではなく、規則。感情ではなく、時刻。
「変だよね」
メルセミュ様が小さく言います。
「ええ」
でも今は、それより先にあることがあります。
「メルセミュ様」
「わかってる」
言い切る前に、返ってきました。
窓の外は暗い。リュバン様のいない椅子がある。パンの匂いだけが、まだ残っていました。
いつもの月曜は、もう終わっているはずでした。




