第四話「リュリュア、二度目」
■メルセミュ
次にパン屋に来たのは、三日後だった。
理由は単純だ。またあのパンが食べたくなった。今度は別のやつを試してみたい。
「こっち」
フィロニィを引っ張るように路地に入る。
「メルセミュ様、少し速いです」
「すぐそこだから」
石畳の角を曲がる。看板が見えた。リュリュア。
扉を押す。鈴の音がした。
匂いが来る。甘い、焼きたての匂い。やっぱりいい匂いだ。
カウンターに少女がいた。目がトロンとしている。私を見ている。でも、見ていないような気もする。
「いらっしゃいませ」
「また来た。あんぱんってある?」
「はい」
前と同じだった。
■フィロニィ
店内に入りました。
窓際だけ、光がやわらかい。木の棚は艶があります。手入れが行き届いています。パンくずが床に落ちていない。清潔にしている人間の店でした。
棚にパンが並んでいました。丸いもの。螺旋のもの。細長いもの。見たことのない形ばかりです。
「フィロニィも選んでいいよ」
メルセミュ様が振り返らずに言います。
棚に近づきました。細長い螺旋のパン。先端が尖っていて、中が空洞になっているようです。
「これは何ですか」
カウンターの少女に聞きます。
「チョココロネです」
「中に何か入っているのですか」
「チョコレートが入っています」
チョコレート。聞いたことのない名前でした。
■メルセミュ
フィロニィがチョココロネを手に取っていた。
真剣な顔で見ている。フィロニィが食べ物をそんな顔で見るのは珍しい気がした。
私はあんぱんを手に取る。丸くて、表面につやがある。真ん中に黒い点がついていた。
なんだこれ。
二人分の代金を払う。テーブルに座った。
あんぱんをかじる。
甘い。でも、メロンパンとは全然違う甘さだ。中にぎっしり何かが詰まっている。やわらかくて、ねっとりしていて、豆みたいな味がする。
なにこれ。また知らない味だ。
その時、奥の扉が開いた。
店主が出てきた。
棚に近づいて、パンの並びを確認している。一つ手に取って、位置を少し直す。補充でも掃除でもない。ただ、確かめに来た、という動きだった。
目が少し止まった。私の方を見た。覚えていたらしい。でも、何も言わない。
私も店主を見ていた。さりげなく、のつもりだった。
フィロニィがチョココロネを食べながら、何も言わなかった。
店主が棚を整えながら、ふとこちらを見た。
「また来たのか」
低い声だった。静かな声。
「メロンパン美味しかったから。今日はあんぱんにした」
店主は少し間を置いた。
「口に合ったか」
「うん。豆なのに、こんなに甘くなるんだ。なんか、他にない味だと思う」
少し考えてから、続けた。
「また来る」
店主は何も言わなかった。でも、小さく頷いた。
また奥に消えようとする。
「名前、聞いていい?」
店主が振り返った。
「リュバンだ」
「私はメルセミュ。こっちはフィロニィ」
リュバンは二人を一瞬見た。軽く右手を上げる。それから、奥へ消えた。
低い声が、まだ耳の中にあった。嫌いじゃなかった。




