第二十三話「迎撃」
■メルセミュ
ネスラグが動いた。
それより先に、杖を振っていた。
火球が床すれすれを走り、崩れた石片を赤く照らした。壁に残っていた古い文様が、一瞬だけ炎の色を拾う。その奥で、ネスラグの黒い霧が裂けた。
直撃はしなかった。でも、動きが止まった。
リュバンが床に横たわっている。紫の霧が体に巻きついている。それを見た瞬間から、頭の中が少し違う感じがしていた。
熱い。いつもより魔力の出が早い。止められない感じがした。
黒い霧が床を走った。影が手の形になり、リュバンの方へ伸びる。
そちらへ行かせない。
杖を振る前に、光が落ちた。影の腕が床ごと焼けた。
ネスラグが手を動かした。今度は黒い槍みたいな形が飛んでくる。
避けなかった。防いだ。
杖で弾いた。腕が痺れた。でも止まらなかった。
そのまま踏み込んで撃った。
正面へ光の矢。逃げる先へ火球。足元へ白い線。
考えて撃っているのではなかった。先に魔力が道を選んでいた。
光の矢が連続で走る。五本。十本。間を置かずに。
ネスラグが後ろへ退きながら黒い霧で防ぐ。でも全部は防げなかった。
また撃った。また撃った。止まらなかった。
「メルセミュ様」
後ろからフィロニィの声がした。
「結界を張ります。私たちのことは気にしないでください」
聖印の光が広がった。リュバンとフィロニィを包む白い薄い膜が立ち上がった。
それを見た瞬間、何かが外れた。
加減しなくていい。
杖の先に熱を集めた。いつもより深く。さらに押し込む。腕が熱くなった。それでも止めなかった。
放った。
建物の壁が揺れた。石が崩れた。崩れた壁の向こうに、夜の暗さが滲んだ。
ネスラグが煙の中から飛び出してきた。距離を詰めてくる。黒い霧が広がり、床全体を覆い始める。足元が見えなくなった。
近距離の方が有利だと思っているのかもしれない。
違う。
杖を引いた。魔力を一点に絞った。点。小さく。でも密度だけ上げた。
ネスラグの顔面めがけて放った。
轟音とともに壁に叩きつけられた。
黒い霧が散る。床が見える。
また動いた。また来た。
また撃った。また撃った。また撃った。
光の玉が建物の中を埋めた。壁に当たる。柱に当たる。天井に当たる。ネスラグに当たる。また当たる。
数えていなかった。数える気もなかった。
ただ撃ち続けた。
天井の梁が一本、火花を散らして折れた。落ちてきた石板を、次の光弾が横から砕く。破片が雨のように降り、フィロニィの結界の上で白く弾けた。その向こうに、夜空が裂け目のように見えた。
それでも撃った。
ネスラグが防ぎながら後退する。でも追いかけながら撃った。
黒い霧が再び伸びてくる。今度は天井から。壁から。足元から。三方向から同時に。
普通なら詰む。
でも、もう考える前に撃っていた。
天井の霧を光弾が焼く。壁の霧を白い線が断つ。足元の霧は、踏み込みながら火球で吹き飛ばした。
魔力を全部集めた。腕が震えていた。足元がふらついた。それでも止まらなかった。
全部、一点に込めた。
放った。
爆発が起きた。
轟音がした。熱風が来た。光が広がった。
建物の残った壁が吹き飛んだ。瓦礫が散った。夜空が一気に開いた。
煙が広がる中、ネスラグの声が聞こえた。
遠くなりながら、静かに言った。
「器はもう開いた」
気配が急速に遠くなっていった。
私は杖を下ろした。
息が荒かった。腕が震えていた。足元がふらついた。
でも、倒れなかった。
■フィロニィ
爆発の衝撃で、結界が大きく揺れました。
魔力を全部注いで、維持しました。
リュバン様とともに、瓦礫の中にいました。結界の中は無事でした。
煙が晴れてきます。
メルセミュ様が瓦礫の上に立っていました。杖を持ったまま、息が荒い。腕が震えています。
でも、立っていました。
ネスラグの気配は遠くなっていました。
「器はもう開いた」という言葉が、まだ耳に残っていました。
追い払えた。でも、終わっていない。
「メルセミュ様」
「うん」
「リュバン様の体内にまだ魔力が残っています。今の私では取り除けません。詳しい人を探す必要があります」
「誰?」
「一人だけ、心当たりがあります」
リュバン様が小さく動きました。目が開いています。
「リュバン様、聞こえますか」
リュバン様が、小さく頷きました。
「動かないでください。今、外へ運びます」
もう一度、頷きました。
メルセミュ様が瓦礫を越えてこちらへ来ました。二人でリュバン様を支えます。担ぐ形になりました。
夜の空気が来ました。
ヴェレフェーヌの灯りが、遠くに見えます。




