↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/25

第二十話「血の道標」

■リュバン

店は静かだった。

メルセミュとフィロニィが出て、どのくらい経つか。

ツムギがカウンターで動いている。いつも通りだった。

私はテーブルに座っていた。足は動かない。でも、手はある。

パンの仕込みが途中だった。座ったまま、生地をまとめていた。

扉が、少し開いた。

音がした。風ではない。誰かが押した音だった。

でも、誰も入ってこない。

「いらっしゃいませ」

ツムギが言った。いつも通りの声だった。

返事はない。

ツムギが扉の方へ歩き始めた。

「ツムギ、待て」

声が出た。自分でも気づかないくらい、早かった。

ツムギが止まる。こちらを見た。いつも通りの目だった。

外の気配が、重い。何かがいる。扉の外に。

この子を外へ出してはいけない。

理由はうまく言えなかった。でも、そう思った。

「ここにいろ」

車椅子の車輪を動かす。扉へ向かった。

扉を開けた。

外の空気が来た。ヴェレフェーヌの夕方の空気だった。

石畳。鳥居。その向こう。

境界の外に、何かが立っている。

黒くはない。でも、光を返さない。こちらを見ていた。

知っている気配だった。

遺跡で聞いた、あの声。

「また会ったな」

低い声だった。静かだった。

「……お前か」

「ネスラグ。そう呼ばれている」

名を持っている。それだけで十分だった。ただの魔族ではない。

「何をしに来た」

「お前に用がある」

少し間があった。

相手は動かない。こちらへは来ない。

知っているのだ。結界を越えられないことを。

だから待っている。私が出るのを。

動けない足で、考えた。

このまま中にいれば、相手は入れない。でも、いつまでも待てる。メルセミュとフィロニィが戻るまで。

戻ってきた二人が、そこで待ち構えている相手と鉢合わせる。

それは、まずい。

短刀を取った。腰に差していたものだった。使えない足の代わりに、いつも持っていた。

それから、車椅子を動かした。

鳥居の外へ。

境界を越えた瞬間、空気が変わった。

相手が動く。速かった。

腕を掴まれた。引きずるのではなく、抱えた。丁寧だった。壊さないように。

「賢い判断だ」

「うるさい」

運ばれていく。石畳が遠くなる。

短刀を握ったまま、左腕を引いた。

刃を当てた。

痛みが来た。血が出た。

石畳に落ちた。

角を曲がる。また落とした。

路地に入る。また落とした。

メルセミュとフィロニィが戻ってくる。必ず血を見る。必ず追ってくる。

それだけでいい。

暗くなっていく。

痛みと、相手の腕の感触だけがある。

リュリュアは、もう見えない。

でも。

ツムギは店の中にいる。

それだけを、思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。