第十四話「迎え」
■メルセミュ
午後、一階でパンを並べていた。
ツムギがカウンターにいる。私が棚を整える。フィロニィが二階からおりてきたところだった。
扉が開いた。
鈴の音がした。
グレンゼだった。
空気が、少し変わった。
「いらっしゃいませ」
ツムギが言った。グレンゼはツムギを一瞬見て、それから私を見た。
私もグレンゼを見た。
お互い、何も言わなかった。でも、わかった。来た理由は、わかった。
グレンゼの目が、フィロニィへ向いた。
■フィロニィ
グレンゼ様が来ました。
来ることは、いつかあると思っていました。
「グレンゼ様」
「フィロニィ」
テーブルへ促しました。グレンゼ様は座りました。私も座りました。メルセミュ様が棚の前に立ったままでいました。
「リュバンという人の容体は」
「傷は塞がっています。ただ、足に感覚がありません」
グレンゼ様が少し眉を動かしました。
「そうか」
短かった。でも、軽くはありませんでした。
少し間がありました。
「いつ戻る」
■メルセミュ
その言葉が、少しうるさかった。
でも、黙っていた。
フィロニィが答えるのを待った。
■フィロニィ
「今すぐは、戻れません」
グレンゼ様を見て答えました。
「依頼が止まっている」
「わかっています」
「ここで何をするつもりだ」
「今は、ここにいる必要があると思っています」
グレンゼ様が私を見ていました。反論ではなく、測っている目でした。
「看病ならば、他に頼める者がいるだろう」
「他にいません」
「なぜ」
少し間を置きました。
「私たちがいなければ、この店にはツムギさんしかいません。リュバン様は足が動かない。階段も一人では降りられない」
グレンゼ様は何も言いませんでした。
間違っていないとわかっているのだと思いました。だから黙っているのだと思いました。
■メルセミュ
グレンゼが少し視線を上に向けた。二階だ。
「会えるか」
「今日は休んでる」
私が答えた。フィロニィより先に。
グレンゼが私を見た。何も言わなかった。
■フィロニィ
少し間がありました。
グレンゼ様が椅子を引きました。
「数日待つ」
立ち上がりながら言いました。
「ただし、それ以上は待てない。依頼がある」
「わかりました」
グレンゼ様が扉へ向かいました。途中で止まりました。
振り返らずに言いました。
「リュバンという人に。無事で良かったと」
扉が開きました。鈴の音がしました。閉まりました。
店の中が、また静かになりました。
■メルセミュ
しばらく、誰も喋らなかった。
ツムギがカウンターで布巾を動かしていた。いつも通りだった。
「フィロニィ」
「ええ」
「数日、か」
「ええ」
窓の外で、ヴェレフェーヌの午後の光が石畳を照らしていた。
答えは、まだ出ていなかった。




