第十三話「足のこと」
■メルセミュ
午前中は一階を手伝った。
フィロニィがパンを並べて、私がお客に渡す。ツムギはいつも通り動いている。三人でなんとか回っていた。
昼過ぎに、フィロニィと交代で二階へ上がった。
リュバンは寝台に座っていた。窓の方を向いていた。
「煎茶、持ってきた」
リュバンが振り返った。受け取った。
一口飲んだ。
しばらく黙っていた。
「メルセミュ」
「うん」
「フィロニィも呼んでくれるか」
珍しかった。自分から呼んだのが。
■フィロニィ
メルセミュ様が呼びに来ました。
店をツムギさんに任せて、二階へ上がりました。
リュバン様が寝台に座っていました。両手でカップを持っていました。
私とメルセミュ様が、寝台の前に立ちました。
リュバン様がカップを見たまま言いました。
「足の感覚が、ない」
静かでした。でも、はっきり聞こえました。
「動かそうとしても、動かない。痛みもない。ただ、ない」
メルセミュ様が何も言えないでいました。私も、少し間を置きました。
「いつからですか」
「目が覚めた時から」
■メルセミュ
目が覚めた時から、か。
ずっと知ってたんだ。言わなかっただけで。
「なんで言わなかったの」
リュバンが少し間を置いた。
「言っても、変わらないと思った」
変わらないか。
「変わるよ」
リュバンが私を見た。
「私たちが、知ってるか知らないかは変わる」
リュバンは何も言わなかった。カップを見ていた。
煎茶の湯気が、細く上がっていた。
■フィロニィ
私はリュバン様の前に座りました。
「最初から、傷だけでは説明できないと思っていました。リュバン様が話す時まで待とうと思っていました」
「……そうか」
「今の状態は、感覚の繋がり方がどこかでずれているようです。身体は動かせる。でも下へ通る感覚が届いていない」
リュバン様が聞いていました。
「治るか」
少し間がありました。
「わかりません。ただ、原因がわかれば、対処できるかもしれません。詳しく見られる人を探した方がいいと思います」
リュバン様は頷きました。それ以上は聞きませんでした。
窓の外で、風が通りました。煎茶の湯気が、少し揺れました。
■メルセミュ
フィロニィが一階に戻った後、また二人になった。
「店のこと、ありがとう」
リュバンが言った。
「手伝ってるだけ」
「それでも」
私はリュバンの隣に座った。寝台の端に。
「煎茶、好き?」
「……嫌いじゃない」
嫌いじゃない、か。
「また持ってくる」
リュバンは何も言わなかった。でも、カップを持ったまま、また窓の外を見ていた。




