第十二話「立てない朝」
■メルセミュ
朝、二階へ上がった。
リュバンは起きていた。寝台の上で、上半身を起こしていた。
窓の外を見ていた。私が入っても、振り返らなかった。
「おはよう」
「ああ」
階下からパンの匂いがした。ツムギが仕込みを始めている。リュバンがそれを聞いた時、少し身体が動いた。
寝台に手をついた。起き上がろうとしていた。
私は何も言わなかった。
リュバンが身体を起こした。座った。そこまではできた。
でも、その先で止まった。
足が、寝台の端に垂れたまま動かなかった。
リュバンは何も言わなかった。私も何も言わなかった。
パンの匂いだけが、上がってきた。
■フィロニィ
処置のために部屋へ入りました。
リュバン様は寝台に座っていました。メルセミュ様が窓際に立っていました。
部屋の空気が、少し重かった。
「傷の確認をします」
リュバン様が頷きました。
処置をしながら、確認します。上半身の動き。腕の力。座位の安定。
問題ありません。
でも、足は動いていません。
「リュバン様」
「何だ」
「下へ行きたいですか」
少し間がありました。
「……店のことが気になる」
私は少し考えました。
「今の状態では、一人では難しいです。階段があります」
リュバン様は何も言いませんでした。窓の方を見ていました。
■メルセミュ
昼になった。
フィロニィが処置を終えて出ていった。私は部屋に残った。
リュバンはまだ寝台に座っていた。同じ場所に。ずっと。
「何か食べる?」
「いらない」
「食べた方がいいって、フィロニィが言ってた」
「……後で」
私はリュバンの隣に座った。寝台の端に。
しばらく、二人とも黙っていた。
階下で、客の声がした。ツムギの「いらっしゃいませ」が聞こえた。
リュバンがその声を聞いていた。店の音を、一つ一つ聞いているみたいだった。
また、立とうとした。
寝台に手をついて。身体を前に傾けて。
でも足が、ついてこなかった。
そのまま、静かに寝台に戻った。
何も言わなかった。
私も何も言えなかった。
■フィロニィ
夕方、もう一度部屋へ入りました。
リュバン様は横になっていました。目が開いていました。天井を見ていました。
「リュバン様」
「ああ」
「下へ行くには、誰かが支える必要があります。私とメルセミュ様が一緒であれば」
少し間がありました。
「……そうか」
否定はありませんでした。でも、それ以上も言いませんでした。
窓の外が暗くなっていました。
リュバン様がずっと、同じ天井を見ていました。
私は部屋を出ました。廊下でメルセミュ様が待っていました。
目が合いました。
何も言いませんでした。言う必要がありませんでした。




