第十話「帰り道」
■メルセミュ
遺跡を出た。
外の空気が、急に広くなった感じがした。
朝の光がまだある。そんなに時間は経っていないはずなのに、ずっと長くあの中にいた気がした。
リュバンを支えながら歩く。
重い。
でも、手は離さなかった。
リュバンは喋らなかった。
痛みだけではなさそうだった。顔を少し上げて、空を見ている。
「もう少し」
声をかけた。
返事はなかった。けれど、一歩は続いた。
■フィロニィ
道中、リュバン様の状態を確認し続けました。
呼吸の間隔。顔色。足の運び方。
傷は深い。
ですが、今すぐ命に関わる状態ではありません。早く横になっていただく必要はありますが、戻れます。
土の道が、石畳に変わりました。
ヴェレフェーヌが近い。
その時、リュバン様が少しだけ足を止めました。
「重いだろう」
低い声でした。
「重くありません」
嘘ではありません。
支えられる範囲です。
「私たちを心配する余裕があるなら」
メルセミュ様が言いました。
「自分の足、動かして」
リュバン様は少しだけ間を置きました。
それから、また歩き始めました。
■メルセミュ
石畳に入った。
ヴェレフェーヌの朝の光が、白く広がっている。
きれいだと思った。けれど今は、それより先にやることがあった。
リュリュアまで、まだ少しある。
「リュバン」
「何だ」
声が出た。
かすれていたけど、出た。
「帰ったら、寝て」
リュバンは少し間を置いた。
「店がある」
「ツムギがいる」
返事はなかった。
否定もしなかった。
■フィロニィ
リュリュアの看板が見えました。
扉が開きます。
ツムギさんが、こちらを見ていました。
いつも通りの目でした。けれど、三人を見た瞬間、一度だけ止まりました。
「パン、焼けました」
それだけ言って、カウンターに戻りました。
リュバン様の表情が、少しだけ動きました。
その意味まではわかりません。
「二階へ」
私は言いました。
「今日は休んでください」
リュバン様は何も言いませんでした。
でも、階段へ足を向けました。
メルセミュ様と私で、支えて上がります。
部屋に横になっていただき、傷の処置をしました。
窓から朝の光が入っています。静かな部屋でした。
リュバン様は天井を見ていました。
何を思っているかは、わかりませんでした。
■メルセミュ
処置が終わった。
フィロニィが片付けをしている。
私は椅子を引いて、リュバンの隣に座った。
リュバンは目を閉じていた。
眠っているのか、ただ目を閉じているのかはわからなかった。
何か言おうと思った。
でも、何も出なかった。
階下から、パンの匂いがした。
いつも通りの匂いだった。
それが、なんか良かった。




