第九話「牢の中」
■メルセミュ
血の跡を追った。
暗くなっていく。湿気が減って、代わりに石の冷たさが増した。空気が変わっていた。さっきまでとは違う変わり方だった。
跡が、止まった。でも、終わっていない感じがした。
壁がある。扉のような形をした何かがある。でも、普通の扉じゃない。石の壁と同じ素材で、継ぎ目がほとんど見えない。
「リュバン」
呼んだ。返事はなかった。
でも。
壁の向こうから、かすかに何かが聞こえた。音じゃない。でも、音に近い何かが。呼吸だとわかった。浅い。でも、ある。
「いた」
■フィロニィ
メルセミュ様が壁に手を当てていました。私は扉の形をした構造を確認します。
閉じ込めるための扉ではありません。継ぎ目がない。鍵穴もない。外から力で開けるものではない。留めるための構造です。内側から出られないのではなく、外側から解かなければ開かない。
「開けられる?」
メルセミュ様が聞きます。
「やってみます」
聖印を握りました。回復とは違う術です。境界を解くためのもの。薄く、慎重に光を当てます。無理に破れば、中の構造ごと崩れる可能性があります。
繋がった感触がありました。扉が、少し動きました。
■メルセミュ
隙間が開いた瞬間、血の匂いがした。
中に入った。暗かった。石の壁。石の床。
リュバンがいた。壁にもたれて座っていた。腹のあたりに布を当てている。自分で押さえていた。顔色が悪かった。でも、目が開いた。私たちを見た。
「リュバン」
名前を呼んだ。呼ぶしかなかった。
■フィロニィ
すぐにリュバン様の前にしゃがみました。
呼吸。浅いですが、ある。意識。目が私たちを追っています。
「傷を見せてください」
布をそっとずらします。深い。でも、急所は外れています。出血が多い。布が血を吸っていました。自分で押さえ続けていた跡でした。
「動けますか」
リュバン様が少し間を置きました。
「足手まといになる」
「構いません」
メルセミュ様が先に言いました。私も同じことを思っていました。
「今すぐ止血します。少し痛みます」
処置を始めます。完全ではありません。でも、ここから動けるくらいには。
リュバン様は声を出しませんでした。ただ、壁に手をついて、立ち上がろうとしました。
■メルセミュ
私は杖を置いて、手を伸ばした。リュバンの腕を支える。重かった。でも、立った。
「帰ろう」
リュバンは何も言わなかった。一歩踏み出した。フィロニィが反対側を支える。三人で、来た道を戻り始めた。
後ろの空気が重かった。振り返る気にはなれなかった。
出口の光が見えた時、私は少しだけ息を吐いた。声には出さなかった。でも、出た。




