第21話:再び、壇上を巡って
――守るとは、何を守ることか
公開成果発表会まで、あと十日。
学院の会議室には、設計図のように案が並べられていた。
最初に口火を切ったのはアレクシスだった。
「壇上提示は、成功区画のみに絞るべきです」
迷いのない声。
「監査局の要求は“成果の提示”。
最大値を示せばよい。
平均や未達区画は、資料で補足すれば十分です」
合理的だ。
評価を取りにいくなら、最短距離。
レディアナは静かに首を振る。
「壇上は象徴になります」
彼女の声は穏やかだが、硬い。
「成功区画のみを上げれば、
“それが学院の姿”として固定される」
「それが事実ではありませんか?」
アレクシスは問い返す。
「最も成果を出している区画が、学院の顔になる。
それは自然です」
「自然ではありません」
レディアナは即答した。
「選別です」
空気がわずかに張り詰める。
リシャールが資料をめくる。
「私は、データの完全開示を提案します」
二人の視線が向く。
「成功例も、未達区画も、事故影響も、微減傾向も。
すべて数値で示す。
隠さない。それが最も公平です」
「公平と評価は別問題です」
アレクシスの声が低くなる。
「完全開示は、弱点の拡大提示にもなります」
「弱点があるのは事実です」
リシャールも譲らない。
「事実を隠して守る制度は、
長期的には崩れます」
三者三様。
成功のみを掲げるか。
全区画を提示するか。
データを全面に出すか。
王子アルフォンスは、沈黙していた。
「殿下はどうお考えですか」
アレクシスの問い。
王子は、答えを持っていなかった。
守りたい。
だが、何を。
制度か。
生徒か。
理念か。
学院の存続か。
その夜。
王子は一人、回廊を歩いていた。
石造りの廊下は昼の熱を失い、ひやりとしている。
月光が細長く床を照らす。
遠くで、誰かの笑い声がした。
きっと成功区画の生徒だろう。
別の方角から、静かな足音。
咲かなかった区画の生徒かもしれない。
どちらも学院の一部だ。
「守るとは……」
独り言が夜に溶ける。
春に掲げた言葉。
成功を制度にしない。
失敗を罪にしない。
だが今。
成功を強く見せなければ、制度は疑われる。
失敗を並べれば、制度は弱く見える。
守るとは、
傷を隠すことか。
傷ごと差し出すことか。
回廊の端で、足を止める。
月が中庭を照らしている。
花はまばらだ。
咲いているものもあれば、葉だけの区画もある。
もし成功区画のみを壇上に上げれば、
光は一方向から当たる。
もし全区画を並べれば、
観客は戸惑うだろう。
もしデータを全面に出せば、
評価は冷たくなる。
「私は、何を守りたい」
問いは、自分へ向いていた。
制度の存続か。
理念の純度か。
生徒の尊厳か。
そのとき、ふと浮かぶ。
第19話の生徒の声。
“辞めていないことが、成果です”
もし成功区画だけを掲げれば、
彼は再び客席に戻る。
もし全区画を並べれば、
彼は晒される。
もしデータを全面に出せば、
彼は数値の一部になる。
どれも、完全ではない。
足音が近づく。
レディアナだった。
「眠れませんか」
王子は苦笑する。
「君もだろう」
彼女は並んで月を見上げる。
「守るとは、何を守ることだと思いますか」
王子の問いに、彼女は少し考えた。
「形ではないと思います」
「形?」
「制度の形、評価の形、舞台の形。
それらは変わります」
彼女は続ける。
「守るのは、人が自分を否定しなくて済む場所です」
王子は息を呑む。
「壇上に立つ者も、
客席にいる者も、
自分の存在を否定されない構図」
それは難しい。
「だが、観客は評価する」
「はい」
レディアナは頷く。
「だからこそ、私たちが構図を決めるのです」
守るとは。
成功を守ることではない。
失敗を隠すことでもない。
“存在を否定しない構図”を守ること。
王子はゆっくりと言う。
「成功区画は提示する」
レディアナは黙って聞く。
「だが、それだけにはしない」
夜風が回廊を抜ける。
「守るのは、制度でも数値でもない。
ここに立っている者たちだ」
迷いは消えていない。
だが、方向は見え始めている。
月光の中、二人はしばらく立ち尽くす。
舞台は、まもなく設営される。
光が当たる場所。
影になる場所。
守るとは、何を守ることか。
その問いは、まだ終わらない。




