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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第四章 夏

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第十三話 監査の影

夏の光は、容赦がなかった。


中庭の石畳は白く照り返し、

春に咲いた大輪は、わずかに色を落とし始めている。


それでも立っている。


咲かなかった区画も、そのままだ。


維持された制度の風景。


そこへ――影が落ちた。


王宮監査局より、公式通知。


封蝋は深い紺。

王宮紋章が、冷たく光る。


評議会室で開封されたその文面は、簡潔だった。


夏季中間成果報告の提出を求める。

監査官セレスティンを派遣する。


沈黙。


室内の空気が、わずかに変わる。


「想定内です」


最初に口を開いたのはアレクシスだった。


すでに次の行動を計算している声。


「春祭の公開性は評価された。

 次は数値確認です」


彼は立ち上がる。


「資料を再整理します。

 成長率、開花率、温室運用コスト。

 再評価枠の推移も含め、比較可能な形式に」


迷いはない。


動くことで、影を薄めようとする。


リシャールは静かに頷いた。


「直近三週間で、成長率は微減しています」


誰もが知っていたが、口にされると重い。


「高温の影響です。

 環境要因として説明は可能ですが、

 改善傾向とは言えません」


紙の上の数字は、容赦がない。


レディアナは窓の外を見る。


夏の陽射し。


強すぎる光。


「説明……」


小さく呟く。


「私たちは、何を説明するのでしょう」


アレクシスが振り向く。


「制度の妥当性です」


即答。


「維持という判断が、合理的であることを」


「合理的……」


彼女はその言葉を反芻する。


春に守ったのは、合理ではなかった。


揺らぎ。


余白。


確定しないという選択。


それは、報告書に書けるのだろうか。


「監査官セレスティンは、形式を重んじる方です」


リシャールが付け加える。


「数値、比較、再現性」


室内に沈む言葉。


再現性。


それは、春に拒んだもの。


アルフォンスは、まだ何も言わない。


通知文を机に置いたまま、視線を落としている。


封蝋の紺が、やけに濃い。


「殿下」


アレクシスが呼ぶ。


「準備の指示を」


王子はゆっくり顔を上げる。


「提出期限は」


「二週間後。

 監査官は一週間以内に到着予定」


短い猶予。


「準備は進めてくれ」


それだけ。


具体的な方針は示さない。


アレクシスはわずかに眉を寄せるが、頷く。


「承知しました」


会議が解散する。


足音が遠ざかる。


レディアナは最後まで残った。


「不安ですか」


王子が問う。


「はい」


即答だった。


「維持は、説明できますか」


沈黙。


窓の外では、風が土を揺らす。


咲かなかった区画。


あの春の日、共有された沈黙。


それは、数値ではなかった。


「説明しなければならない」


王子は言う。


「維持を選んだ以上」


「ですが」


レディアナの声は揺れる。


「維持は、成果を示さない選択でもあります」


「違う」


彼は首を振る。


「成果を急がない選択だ」


「急がないことは、怠慢と見なされるかもしれません」


監査は、外から来る。


外は、待たない。


王子は静かに息を吐く。


「それでも、説明する」


「何を?」


問いは、まっすぐだ。


彼は立ち上がり、窓辺へ歩く。


大輪は、まだ立っている。


咲かなかった土も、まだそこにある。


「私たちは、成功を制度にしなかった」


「はい」


「失敗を罪にもしなかった」


「はい」


「その理由を、説明する」


レディアナは目を伏せる。


「理解されるでしょうか」


「理解されなくても、説明する」


その声は、強くはない。


だが逃げてもいない。


廊下の向こうで、アレクシスの指示が飛ぶ。


資料室の扉が開く音。


紙の束が運ばれる気配。


学院は動き出している。


だが王子は、まだ動かない。


封蝋の紺を見つめたまま。


維持は、説明できるのか。


夏の熱は、問いを乾かさない。


むしろ濃くする。


遠くで雷鳴がかすかに響く。


嵐は、まだ見えない。


だが確かに、近づいていた。

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