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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第三章 春

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第十一話 咲かなかった花へ

春祭の朝は、静かだった。


ざわめきはある。

笑い声もある。

だが中庭の一角だけは、別の空気を纏っていた。


そこは――


咲かなかった区画。


芽吹きの兆しさえ見えない土。

名札だけが立ち、風に揺れている。


本来なら、覆われるはずだった場所。


だが今年は違う。


「展示します」


前夜、レディアナはそう告げた。


「咲かなかった区画も、開放してください」


会議室に、わずかなざわめき。


「意味があるのですか」


アレクシスの問いは冷静だった。


「祭りは祝祭です。

 空白を並べる理由は?」


レディアナは答える。


「空白ではありません」


彼女は静かに言う。


「時間です」


「芽吹かなかったことも、時間の一部です」


その言葉は、誰もすぐに否定できなかった。


「芽吹かなかったという結果はあります。

 ですが、それは“無”ではありません」


彼女は視線を落とす。


「土は耕され、水は与えられ、

 誰かが毎日、立ち止まった」


それは、記録に残らない努力。


数値にならない日々。


「咲かなかったことも、過程です」


リシャールは腕を組む。


「だがそれを並べれば、

 失敗の可視化になります」


「可視化されなければ、存在しなかったことになります」


レディアナは即答する。


沈黙。


その重さが、室内に広がる。


アルフォンスはゆっくりと頷いた。


「展示しよう」


アレクシスが目を細める。


「理由を」


「成功だけを並べれば、

 成功しか語れなくなる」


王子の声は低い。


「だが学院は、成功だけでできていない」


そして今。


春祭当日。


咲いた花は、確かに美しい。


人々は足を止め、賞賛の声を上げる。


だが――


やがて、視線は別の区画にも向く。


何も咲いていない土。


名札だけ。


説明書きは、短い。


「今季、芽吹きなし」

「来季へ持ち越し」

「環境再調整中」


それだけ。


言い訳も、弁明もない。


最初は、誰も近づかなかった。


だが一人の生徒が立ち止まる。


「……何もないね」


隣の者が言う。


「うん」


沈黙。


風が吹く。


土の匂いがわずかに立ち上る。


その沈黙は、否定ではなかった。


笑いも、嘲りもない。


ただ、立ち尽くす時間。


「来年、咲くかもしれない」


小さな声。


「咲かないかもしれない」


別の声。


どちらも、正しい。


レディアナは少し離れた場所から、その光景を見る。


「共有されていますね」


隣に立つアルフォンスに言う。


「何がだ」


「沈黙です」


彼女は微笑む。


「成功の歓声とは違う、

 言葉にできない時間」


アレクシスも、その区画の前に立つ。


何もない。


だが、完全な無ではない。


彼は名札を見る。


“環境再調整中”。


その言葉に、わずかな可能性を感じる。


制度は数値を扱う。

だが土は、時間を抱えている。


午後。


祭りは続く。


歓声も、笑顔もある。


だが今年の春祭には、

ひとつ特別な空間がある。


咲かなかった花の前。


そこでは、誰も急がない。


誰も評価しない。


ただ、立ち止まる。


「讃えるとは、拍手だけではないのですね」


レディアナが言う。


「見届けることも、讃えることだ」


アルフォンスは答える。


咲かなかった花へ。


芽吹かなかった時間へ。


それでも確かに存在した、季節へ。


春祭は、歓声だけでは終わらなかった。


沈黙が共有されたとき、

学院は、ひとつ深く息をした。

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