第十話 祝祭前夜
春祭の準備は、思った以上に騒がしかった。
中庭には白布が張られ、
花壇の縁には灯りが並べられていく。
花を讃える行事。
それが、今年の春祭の名目だった。
大輪はすでに象徴となっている。
学院の成功の証。
再評価枠の成果。
だが――
「誰を讃える祭りなのか」
その問いは、準備の音の隙間に落ちていた。
「主役は当然、あの花です」
装飾案を手にしたアレクシスが言う。
「成功例を祝う。
それは努力を肯定する行為です」
合理的だ。
分かりやすい。
反論しにくい。
リシャールも頷く。
「成果を可視化しなければ、制度は信頼を得られません」
咲いた花を掲げる。
それは制度の正しさを証明する舞台装置。
「では、咲かなかった花は?」
静かに、レディアナが問う。
作業の手が止まる。
「祭りは、祝う場です」
アレクシスは答える。
「失敗を掲げる場ではありません」
「失敗、と決めるのですか」
彼女の視線は揺れない。
「咲いていない花を?」
中庭の端。
まだ蕾のままの株。
芽吹きさえ遅れている区画。
春は平等ではない。
それを、誰もが知っている。
「祝祭は象徴です」
リシャールは冷静に言う。
「象徴は単純であるべきです。
成功を示す。
それで十分です」
「単純であることは、排除でもあります」
レディアナは小さく返す。
「咲いた者だけを讃えるのなら、
咲いていない者は、何を信じればいいのですか」
沈黙が落ちる。
アルフォンスは、まだ決定を出していない。
彼は中庭を見渡す。
色づいた花々。
誇らしげな大輪。
土の下で何も見せない根。
「春祭は、花を讃える」
彼はゆっくり言う。
「だが、花とは何だ」
アレクシスは即答する。
「開花です」
「形を成したもの」
リシャールが補う。
レディアナは首を振る。
「過程も、花です」
夜が近づき、灯りの試験点灯が始まる。
まだ咲いていない区画にも、同じ灯りが置かれている。
「もし、明日、
咲いた者だけを壇上に上げたら」
レディアナは王子に問う。
「それは祝福でしょうか。
それとも選別でしょうか」
アルフォンスは、大輪の前に立つ。
確かに美しい。
誰もが認める成功。
だが、その背後にある土は、同じ色だ。
「壇上は、設けない」
決定は静かだった。
「全区画を開放する」
アレクシスが目を上げる。
「中心を作らないと?」
「中心は作る」
王子は言う。
「だが固定しない」
翌日の構想が語られる。
・大輪は展示する。
・蕾も展示する。
・芽吹きのない区画も、覆わない。
・名札は付けない。順位も付けない。
「見る者に委ねる」
リシャールは眉を寄せる。
「評価の不在は混乱を招きます」
「混乱も、春だ」
アルフォンスは微笑む。
レディアナは静かに頷く。
「讃えるのは、結果ではなく、存在ですね」
「違う」
王子は首を振る。
「選び続ける意思だ」
夜。
中庭は柔らかな灯りに包まれる。
咲いた花も、
まだの花も、
沈黙の土も。
同じ明かりの下にある。
祝祭前夜。
問いは消えない。
花を讃えるとは何か。
咲いた者だけを?
それとも――
咲こうとしているすべてを?
春祭は、まだ始まっていない。




