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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第三章 春

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第九話 拡張か、維持か

春は、頂点に近づいていた。


中庭の花は増え、

例の大輪はいまも人目を集めている。


成功の象徴。


そう呼ぶ声が、自然に広がっていた。


そして――議案が提出された。


「再評価枠、二割拡張案」


生徒会室の中央に、書類が置かれる。


理由は明確だ。


一輪の大輪。

平均値の上昇傾向。

温室の安定した成果。


「いまこそ制度を強化すべきです」


アレクシスの声は静かだが、揺らがない。


「成功例が出た以上、再評価枠は実証段階を終えました。

 次は運用段階です」


成功を、制度に組み込む。


物語を、仕組みに変える。


リシャールも続く。


「拡張は理想ではなく、合理です」


彼は数字の推移を指し示す。


「再評価枠は平均四割から五割へ上昇。

 温室併用区画は七割。

 改善の兆しは明確です」


彼の目は王子に向く。


「維持は停滞を意味します。

 今は、前に進むべき時です」


沈黙の区画の記憶は、まだ新しい。


だが、歓喜の花は、それを上回る存在感を持つ。


成功は、説得力を持つ。


「反対です」


レディアナの声は、静かに落ちた。


室内の空気が張る。


「成功例はあります。

 ですが、それを制度化することには慎重であるべきです」


「なぜですか」


アレクシスは即座に返す。


「成果が出た以上、再現性を高めるのは当然です」


「再現性は、保証ではありません」


彼女は続ける。


「一輪の大輪は、象徴です。

 ですが象徴は、平均ではありません」


アレクシスの眉がわずかに動く。


「統計的傾向も改善しています」


「傾向は、可能性です」


レディアナは王子を見る。


「可能性を“確定”に変える瞬間、

 制度は硬直します」


室内が静まり返る。


リシャールが口を挟む。


「硬直ではなく、安定です」


「安定は、排除を生みます」


彼女は沈黙の区画を思い出す。


「成果を制度化すれば、

 成果を出せなかった者は制度外になります」


アレクシスは一歩踏み込む。


「制度は、成果を求めるものです」


「では問います」


レディアナの視線は鋭い。


「成果とは何ですか」


「発芽率、成長率、最終的な開花率」


「咲かなかった時間は?」


言葉が止まる。


「それは……結果ではありません」


「いいえ」


彼女は首を振る。


「それも、結果です」


アルフォンスは両者を見つめる。


拡張は、前進に見える。

維持は、消極に見える。


だが、急げば何かを置き去りにする。


成功を制度に組み込めば、

次の失敗は“例外”になる。


例外は、やがて排除される。


「殿下」


アレクシスの声がまっすぐ届く。


「成功を制度化すべきか?」


問いは、明確だ。


アルフォンスは立ち上がる。


窓の外では、花が揺れている。


大輪も、まだ小さな芽も、沈黙の土も、

同じ春の中にある。


「拡張は、しない」


室内がざわつく。


「維持する」


リシャールが息を飲む。


アレクシスは目を細める。


「理由を」


「成功を、固定しないためだ」


彼はゆっくりと言葉を選ぶ。


「制度は、可能性を守るためにある。

 成功を所有するためではない」


沈黙。


決定は出た。


だが、議論は終わらない。


アレクシスは静かに言う。


「では、次に失敗が増えた場合は」


「その時、再び議論する」


アルフォンスは答える。


「確定は、急がない」


会議が解散する。


レディアナは小さく息を吐く。


「守りましたね」


「守ったのか、逃げたのかは分からない」


王子は苦く笑う。


「どちらでもありません」


彼女は中庭を見る。


「揺らぎを、残したのです」


春は、まだ続く。


成功は咲いている。


だが制度は、それを囲わなかった。


問いは消えない。


成功を制度化すべきか。


学院は、その答えを確定しないまま、次の季節へ進もうとしている。

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