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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第三章 春

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第八話 沈黙の区画

花は咲いている。


あの一輪は、いまや学院の象徴になりつつあった。

中庭を通るたびに誰かが立ち止まり、

感嘆の声を漏らす。


春は、明るい。


だが、その光の届かない場所があった。


発芽率0%のまま、更新が止まった区画。


誰も立ち止まらない。

誰も写真を撮らない。


土は、ただ平らだった。


そこに立っていたのは、ルイだった。


手には、小さな木札。


区画番号が記された札を、静かに引き抜く。


「……もう、いい」


誰に向けた言葉でもない。


自分に向けた、確認。


セレスティーヌが気づいた。


「今日は、水を……」


言葉が止まる。


木札が外されている。


「やめるの?」


「うん」


ルイは笑った。


泣いてはいない。


怒ってもいない。


ただ、少しだけ軽くなった顔。


「出なかった。それだけだ」


責める声は、どこにもない。


誰も彼を非難しない。


再評価枠は保証ではない。

皆が知っている。


だからこそ、言葉がない。


アレクシスは少し離れて立っていた。


何も言わない。


統計上、想定内。


だが、想定内であることと、

目の前の現実は、別だ。


彼は帳面を閉じる。


更新は、これ以上ない。


0%のまま、終了。


アルフォンスは、その様子を見ていた。


(責任は、誰にある)


制度か。

土壌か。

季節か。


それとも、誰にもないのか。


誰も責めない。


だが、その沈黙が重い。


ルイは花壇を離れる。


足取りは、乱れていない。


「来年、またやるかもしれない」


振り返らずに言う。


「でも、今年は終わりだ」


春の光が背中を照らす。


影が長く伸びる。


中庭では、花が揺れている。


歓声は、まだある。


成功の物語は、語られ続ける。


だが、そのすぐ隣で、

静かな敗北が確定した。


拍手もない。

断罪もない。


ただ、終わり。


レディアナは、沈黙の区画にしゃがみ込む。


土を一握り、掌に乗せる。


「敗北ではありません」


小さく呟く。


「今年が、そうだっただけです」


だが、その言葉は、本人には届かない。


届かない言葉は、風に溶ける。


セレスティーヌは立ち尽くす。


「咲いた花の陰に、こんなに静かな場所があるなんて」


涙は出ない。


代わりに、胸の奥が冷える。


春は明るい。


光は強い。


強い光は、影を濃くする。


沈黙の区画は、何も語らない。


だが、その存在は確かだ。


成功が祝福されるほど、

そこに届かなかったものの輪郭も、はっきりする。


夕暮れ。


中庭は橙色に染まる。


咲いた花も、沈黙の土も、同じ色を帯びる。


アルフォンスは静かに言う。


「誰も責めない世界を望んだ」


レディアナは答える。


「ええ」


「だが、責められなくとも、敗北は残る」


風が吹く。


花は揺れる。


沈黙の土は動かない。


春の光の裏に、影が広がっていた。


そして学院は、

その影とともに、次の選択へと進もうとしている。

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