第四話 芽が出ない土
四度目の集計日だった。
掲示板の前に、いつもより人が多い。
更新された紙が貼られる。
新しい数字。
整然と並ぶ区画番号。
そして、その一角に――
発芽率 0%
ざわめきは、小さく、しかし確実に広がった。
その区画は、再評価枠の一つだった。
冬の終わり、最後まで迷い、
それでも「もう一度」に賭けた生徒の名が、そこにあった。
彼――ルイは、掲示を見上げたまま動かない。
「まだ、これからだよ」
誰かが声をかける。
だが、数字は冷静だった。
三週間。
周囲は芽吹き、葉を広げている。
その区画だけが、平らなまま。
何も、起きていない。
セレスティーヌは、花壇へ走った。
「もしかしたら、遅いだけかもしれないわ」
膝をつき、土を見つめる。
けれど、表面は乾いている。
ひび割れすらない。
指でそっと触れると、固い。
まるで、眠ることを拒んでいるかのように。
アレクシスは帳面を閉じた。
「統計上、三週目で発芽が確認されない場合、
その後の成功率は極めて低い」
淡々とした報告。
誰かが顔をしかめる。
「言い方を考えろ」
「事実です」
彼の声に揺らぎはない。
「制度は期待ではなく、結果で評価されます」
ルイは、ゆっくりと花壇へ歩いた。
しゃがみ込み、土を見つめる。
何度も見た場所だ。
何度も「大丈夫だ」と言い聞かせた場所だ。
「……出なかったな」
声は静かだった。
怒りも、泣き声もない。
ただ、認める音。
成功と失敗が、初めて明確になった。
芽吹いた区画は称賛される。
写真が撮られ、話題になる。
沈黙した区画は、触れられない。
同じ春の光の下にありながら、
光の当たり方が違う。
アルフォンスは、発芽ゼロの文字を見つめる。
(これも、制度の結果だ)
自分の決断が、誰かの期待を持ち上げ、
そして落とした。
拡張を急がなかった判断は正しかったのか。
それとも、もっと支援すべきだったのか。
答えはない。
あるのは、数字だけ。
レディアナは、ルイの隣に立った。
「土は、死んでいません」
彼女は静かに言う。
「今年、芽吹かなかっただけです」
「来年も、同じかもしれない」
「ええ」
否定しない。
「それでも、今年が全てではありません」
ルイは、少しだけ笑った。
「慰めにならないな」
「慰めではありません」
彼女は土を見つめる。
「時間の話です」
その日の夕暮れ。
花壇には、はっきりとした対比があった。
緑の列。
沈黙の土。
春は、等しく光を与える。
だが、同じ結果は与えない。
セレスティーヌは、芽の出た区画と出ない区画の間に立つ。
「同じように願ったのに」
涙は出ない。
代わりに、胸の奥が重い。
アレクシスは掲示板を更新する。
0%のまま。
数字は、変わらない。
アルフォンスは中庭を見渡す。
成功が、輪郭を持った。
同時に、失敗も輪郭を持った。
冬は厳しかったが、平等だった。
何も起きなかったから。
春は違う。
何かが起きる。
そして、何も起きない場所が生まれる。
その差が、痛みになる。
風が吹く。
芽は揺れる。
沈黙の土は動かない。
春は優しくない。
それでも、春は続く。
物語は、ここからさらに揺らいでいく。




