第二話 数字の季節
双葉が現れてから三日後。
中庭は、静かな熱を帯びていた。
芽は増えていた。
だが、均一ではない。
ある区画では小さな緑が列をなし、
別の区画では、土は依然として沈黙している。
春は平等ではなかった。
「記録を始めます」
そう告げたのは、アレクシスだった。
彼は花壇の前に膝をつき、整然とした帳面を広げる。
定規。方眼紙。筆記具。
無駄がない。
「第一列、発芽三。未発芽七。発芽率三割」
淡々とした声が、空気を切る。
「再評価枠区画、第二列……発芽五。未発芽五。五割」
彼は数字を線で結び、円で囲み、割合を算出する。
芽は、もはや奇跡ではなかった。
計測対象になった。
周囲に生徒が集まる。
「五割って……高いの?」
「従来区画は?」
「比較しないと分からないだろう」
ざわめきが生まれる。
アレクシスは立ち上がり、簡易掲示板に紙を貼った。
区画別発芽率一覧。
整然と並ぶ数字。
視覚化された差異。
そこに浮かび上がる傾向。
従来の適正選抜区画――発芽率六割。
再評価枠区画――発芽率四割。
明確な優劣とまでは言えない。
だが、差はある。
沈黙していた疑念が、言葉を持ち始める。
「やはり……」
誰かが呟く。
「適正選抜のほうが、安定しているのでは?」
その声は小さい。
だが、否定する者はいない。
セレスティーヌは掲示を見つめていた。
「四割……」
彼女の指先が、沈黙区画の数字に触れる。
そこに希望を託した顔を、彼女は知っている。
芽が出なかった生徒は、まだ花壇を見に来ている。
何も言わずに。
数字は、残酷だった。
アルフォンスは腕を組む。
「差はあるが、決定的ではない」
「現時点では、です」
アレクシスは冷静に応じる。
「統計は経過で判断すべきです。
母数が増えれば、傾向は明確になります」
彼の声に攻撃性はない。
だが、確信がある。
「制度は感情ではなく、結果で評価されるべきです」
レディアナは、花壇の縁に立っていた。
彼女は数字を見ない。
土を見る。
芽が出ている区画の土は、少し柔らかい。
出ていない区画は、やや硬い。
「土壌の差もあります」
彼女は静かに言う。
「環境差は統計誤差として処理できます」
即答。
「制度評価において重要なのは、再現性です」
生徒たちの視線が行き交う。
希望と合理。
温度と数値。
どちらも正しい。
だからこそ、分断が生まれる。
掲示板の前で、誰かが言った。
「もし最初から適正選抜にしていれば、六割だったんだろ?」
「四割よりは、効率的だ」
「再評価枠は理想論じゃないのか?」
比較が始まる。
芽はまだ小さい。
だが、優劣はすでに語られている。
セレスティーヌは、ぽつりと呟いた。
「芽が出たことより……出なかったことが、目立ってしまうのね」
レディアナは頷く。
「数字は光を当てます。
同時に、影も濃くします」
夕方。
掲示板の前には、まだ人がいる。
発芽率の更新を待つ者。
自分の区画を確認する者。
他人の数字を横目で見る者。
春は、静かな競争を始めていた。
双葉は揺れている。
風にではない。
視線に。
成功の兆しは、やがて比較へと変わる。
そして比較は、正しさを求め始める。
数字の季節が、始まったのだ。




