第12話:春を確定しない
冬の終わりは、静かだった。
雪はほとんど溶けている。
だが空気はまだ冷たい。
中庭の土は黒く湿り、ところどころに白い霜が残る。
芽吹きは――少ない。
温室の外では、ほとんどが沈黙したままだ。
温室の中。
小さな双葉が、確かに存在している。
左右に開いた緑。
細い茎。
頼りないが、折れてはいない。
セレスティーヌがそっと言う。
「春、来ますよね」
誰に向けたわけでもない問い。
願いに近い。
王子アルフォンスは外を見ている。
曇天。
風はまだ冷たい。
「春になれば芽が出ます」
レディアナが穏やかに言う。
その声は、やわらかい確信を帯びていた。
王子は振り向く。
「確定か?」
短い問い。
鋭い。
レディアナは少しだけ目を細める。
「可能性ですわ」
即答。
揺らがない。
「可能性が高まるだけ。
保証ではございません」
セレスティーヌが不安そうに双葉を見る。
「でも……春ですよ?」
「ええ」
レディアナは頷く。
「けれど、すべてが芽吹くとは申しません」
王子は温室のガラスに触れる。
内側はあたたかい。
外は冷たい。
「春を約束できぬのに、待てと言うのか」
「約束できないから、待つのです」
静かな返答。
外の花壇。
黒い土は湿っているが、動きは見えない。
発芽しなかった鉢もある。
保存された種も、まだ眠っている。
成果主義の声が、遠くで響く気がする。
――発芽しない種は無駄。
王子は小さく息を吐く。
「希望は、結果を約束するものではない」
「ええ」
レディアナは微笑む。
「結果を確定しない勇気ですわ」
沈黙。
風が窓を鳴らす。
双葉がわずかに揺れる。
小さい。
それでも確かに生きている。
王子は問う。
「芽が出なければ?」
「そのときは、そのときです」
迷いがない。
「春は魔法ではありません」
季節は巡る。
だが、すべてを救うわけではない。
セレスティーヌがぽつりと言う。
「怖いですね」
「何が」
「期待するのが」
芽が出る、と信じること。
出なかったときの落差。
レディアナは静かに答える。
「確定だと思うから、怖いのです」
「……可能性なら?」
「外れても、壊れませんわ」
王子は双葉を見つめる。
なぜ芽吹いたか、完全には分からない。
なぜ芽吹かないかも、断定できない。
それでも、今ここに一つある。
「春は来る」
彼は言う。
一瞬、言葉が硬い。
そして続ける。
「だが、すべてを連れては来ぬ」
レディアナが頷く。
「それで十分です」
外はまだ寒い。
温室の中は、わずかに暖かい。
境界線ははっきりしている。
だが、どちらも同じ時間の中にある。
希望は、確定ではない。
成功の保証でもない。
ただ、可能性を否定しない姿勢。
双葉は小さく光を受ける。
外の土は、まだ沈黙している。
それでも季節は動いている。
王子は静かに言う。
「確定しないまま、進むか」
レディアナは微笑む。
「それが、勇気ですわ」
春はまだ途中。
だが温室の中、小さな緑が揺れている。
それだけで、十分だった。




