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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第二章 冬

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第11話:芽の理由

朝の温室。


淡い光の中で、双葉がそろって開いていた。


丸く、やわらかい緑。


左右対称に広がる、小さな手のような葉。


セレスティーヌがしゃがみ込む。


「きれい……」


昨日より、わずかに大きい。


確かな成長。


だが、その隣の鉢は沈黙したままだ。


同じ土。

同じ水。

同じ温度。


それでも差はある。


「なぜ、この種だけなのですか」


王子アルフォンスが低く問う。


視線は双葉に向けられている。


種子学教師――グラシアン教授が温室を訪れていた。


彼はゆっくりと双葉を観察する。


「条件は整っている」


リシャールが記録帳を開く。


「水分量、平均値。

 温度、安定。

 光量、十分」


「では、なぜ差が出る」


王子の声は静かだが、強い。


教授は双葉の根元をそっと見る。


「個体差です」


「個体差」


「同じ品種でも、内部の状態は異なります」


教授は続ける。


「成熟度。微細な傷。

 貯蔵栄養の量。

 遺伝的なばらつき」


セレスティーヌが驚く。


「同じに見えるのに?」


「見えるだけです」


王子は眉を寄せる。


「管理で揃えられぬか」


「近づけることはできます」


教授は穏やかに答える。


「ですが、完全には」


「なぜだ」


一拍。


教授ははっきり言う。


「偶然も要因だからです」


温室が静まる。


「偶然」


王子が繰り返す。


「温度のわずかな揺らぎ。

 水の吸収の瞬間。

 微細な菌の存在」


教授は双葉を指す。


「すべてが重なって、この芽が出た」


「では、制御不能ということか」


「一部は」


迷いのない答え。


リシャールが口を挟む。


「統計的には予測可能です」


「ええ」


教授は肯定する。


「集団としては」


双葉を見つめる。


「ですが、この一株が芽吹いた理由を、完全に特定することはできません」


王子は沈黙する。


確率は学んだ。


管理も学んだ。


制度も整えた。


だが――


偶然。


その言葉は、統治の外にある。


「偶然に任せるのか」


彼の声は低い。


教授は首を振る。


「任せるのではありません」


「では?」


「含めるのです」


レディアナが静かに言う。


「制御できないものも、前提にする」


教授が微笑む。


「その通り」


「偶然は排除できません。

 ですが、破壊的とも限らない」


双葉が、わずかに揺れる。


それは偶然の産物かもしれない。


だが今、確かにここにある。


セレスティーヌが問う。


「芽が出なかった理由も、偶然ですか?」


「可能性はあります」


「努力が足りなかったのではなく?」


教授は首を横に振る。


「努力で届かぬ領域もあります」


その言葉に、彼女の肩が少し軽くなる。


王子は双葉の前に立つ。


小さな緑。


偶然の重なり。


「統治は、全てを掌握することではない」


彼はゆっくり言う。


「制御不能を含めて、設計することか」


教授はうなずく。


「それが持続です」


温室の外では、雪解けが進む。


ぽたり、と雫が落ちる。


偶然に落ちる水滴。


だが、季節は確実に動いている。


双葉は理由を語らない。


ただ、そこにある。


王子は小さく息を吐く。


「理解はできぬ」


正直な言葉。


「だが、否定はせぬ」


レディアナが微笑む。


「受容ですわ」


芽吹いた理由は、完全には分からない。


芽吹かなかった理由も、断定できない。


確率。

管理。

偶然。


すべてが絡み合う。


制御不能は、敵ではない。


それは世界の構成要素。


双葉は光を受け、静かに伸びる。


理由のすべてを知らなくても、

育つものは育つ。


王子はそれを見つめながら、

初めて小さくうなずいた。

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