第9話:静かな対立
雪はやみ、空気だけが冷たく澄んでいた。
その朝、生徒会室に新しい影が立つ。
転入生――アレクシス・ヴァレール。
成績優秀。
前校では最年少で運営委員を務めたという噂。
整った制服。
無駄のない姿勢。
視線は鋭い。
彼は温室を一瞥して言った。
「効率は悪くない」
挨拶より先に、評価だった。
温室の鉢が並ぶ。
芽吹いた列。
沈黙している列。
アレクシスは記録帳を手に取る。
「発芽率、予測値と一致。優秀です」
リシャールがわずかに胸を張る。
だが次の一言で、空気が変わる。
「では、なぜ未発芽分を保管しているのです?」
棚の奥の瓶に視線が向く。
ラベル――春期再検討種子。
「可能性を保存しています」
レディアナが穏やかに答える。
「発芽率は?」
「三割前後」
「低いですね」
即断。
「発芽しない種は無駄です」
静かな声だった。
だが、その言葉は硬かった。
セレスティーヌの指先が強張る。
「まだ分からないのに」
「分かります」
アレクシスは淡々と続ける。
「確率が示している。
三割は、七割の失敗を意味します」
数字は明快だ。
「限られた土壌、限られた時間。
成功率の高い種を優先すべきです」
合理的。
反論しづらい。
王子アルフォンスは沈黙する。
言葉が、出ない。
確率の講義。
冬期簡易運営制度。
選ばれなかった種。
すべては理解している。
だが、成果主義の直線的な論理は強い。
「無駄を抱える理由は?」
アレクシスの視線が向く。
問いは鋭い。
王子は口を開く。
「……可能性がある」
「低い可能性です」
「ゼロではない」
「ゼロでなければ抱えるのですか?」
返せない。
沈黙。
温室の中で、水滴が落ちる音。
リシャールが苦い顔をする。
理屈の上では、アレクシスは正しい。
効率を上げるなら、
切り捨ては有効だ。
「成果が出なければ、制度は評価されません」
アレクシスは言う。
「成果がすべてです」
その言葉に、王子の胸がわずかに揺れる。
成果。
確定。
数字。
彼がこれまで問い続けたもの。
「統治は、結果で示すべきです」
転入生の声は冷たいが、誠実だ。
「発芽しない種は、土を占有するだけです」
セレスティーヌが小さく反論する。
「でも、芽が出るかもしれない」
「“かもしれない”では運営できません」
即座の否定。
彼女は黙る。
レディアナが静かに問う。
「成果とは、何を指しますの?」
「数値化できる結果です」
迷いがない。
「芽吹いた数。収穫量。成功率」
「芽吹かなかった時間は?」
「失敗です」
その断言が、部屋を冷やす。
王子は棚の瓶を見つめる。
選ばれなかった種。
確率三割。
七割は沈黙。
無駄か。
合理性は、そう告げる。
「……」
言葉が出ない。
反論の理屈が組み立てられない。
ただ胸の奥に、違和感だけが残る。
アレクシスは最後に言う。
「成功に集中すべきです」
そして一礼し、去る。
足音が遠ざかる。
温室は再び静かになる。
セレスティーヌが俯く。
「やっぱり……無駄なのでしょうか」
リシャールは答えられない。
理屈の上では否定できない。
レディアナは王子を見る。
「殿下?」
王子は、しばらく沈黙したまま言う。
「……正しい」
その一言は重い。
「だが、息苦しい」
温室の芽は揺れている。
芽吹いた列は整然としている。
だが棚の奥の瓶も、そこにある。
成果主義は明快だ。
だが、明快であることと、
正しいことは同じなのか。
王子はまだ答えを持たない。
反論できなかった。
それが、静かに胸を刺す。
冬の空気は澄んでいる。
だがその透明さは、
ときに冷たすぎた。




