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僕のような基本的に平々凡々な人間については当然で言うまでもないが、しかし天才にも向き不向きというものが必ずあって、例え勉強が天才的なまでに出来ても、スポーツをやらせたらさっぱりなんてことはとりわけ珍しいことはない。また、その天才的な得意分野に生きることには向いていても、真っ当な良識ある人間として生きることには向いていない捻くれた人間は今も昔もわんさかいる。そうなると僕の世界にいた秀才の方の、捻くれた方の直中伊佐六も天才なんじゃ? と指摘する人もいるかもしれないが、いやそもそも彼に天才的に飛び抜けた特技はなかった。ゴッホやシューベルトのように、生きている頃にはその才能に見向きもされずに、けれどもこの世とおさらばしてから評価されて天才の称号を与えられる場合もあるが、これにも当てはまらない。と、まあ少し話題が逸れてしまったので軌道修正し、ぼくの言いたいことを言うと。
結論から言うと、天才版・直中伊佐六も運動能力は決して高くはなかった。
ついでに言うと、僕の運動能力も決して高くはなかった。
ぶっちゃけ、同じくらいだった。
「――樫耶野行ったぞ!」
「えっ」
チームメイトの声に反応し、咄嗟にレシーブをするために手を出したときにはもう既に時遅し、ボゴッというミートし損ねた音と共に、ボールがあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。当然、誰もそんなボールに触ることは出来ず、相手チームに僕のミスで一点を献上してしまう結果になり、またその一点は試合の勝ち負けを決する一点だったので、つまり僕のミスがチームの決め手になってしまった。
試合中に考え事をしていた僕が馬鹿だった。
「おい樫耶野~」
「すっげえボーッとしてたな、樫耶野。ちゃんと見てなきゃ」
「ごめん……」
試合終了を告げる笛の音が鳴り響いてから、駆け寄ってきたチームメイトに非難轟々と言うまでは激しくない、変な表現かもしれないが、優しい非難を受ける。
言い訳のしようがない。
今のは単純なミスで、運動能力は関係――なくはないか。運動能力があったら咄嗟のレシーブでも一応コート内には飛ぶか。
この試合の僕のプレーをまとめると、まずサーブが相手コートにまともに入らない。二本打ったが、入ったのは半分の一本だけ。スパイクされたら真正面でもレシーブはできず、トスも覚束ない手つきで、半ば持っているようになってしまっている。
自虐ばかりは何なので良いプレーも紹介しようと思ったが、残念無念、目立って良いプレーはしていないのだった。完全に足を引っ張っている不本意な役にあるな、僕。
平凡だよなぁ、僕……。
肩を落としながら、嘆息しながらコートを後にしていると、次の試合に出場する直中が僕とは対照的に朗笑をしながら前からやってきて、軽く僕の肩に手を置いた。
「七伍、そう落ち込むなって!」
「逆にその笑顔が胸に突き刺さるぜ……」
苦笑いで迎えてくれた方が気分的に楽だ。
ここからは試合は二週目、直中は本日二回目のプレーとなる。
僕が直中の運動能力はそうでもないと判断した第一試合では、直中は僕と同じようにサーブを入れることができなかったり、レシーブミスしたり、スパイクが当たり損ねたりしていた。これを判断材料にしなくて何を判断材料にするというのか。
「よしゃー、行くぜー」
試合開始の笛の音が鳴り終えてから、ファーストサーブを打つのはその直中らしい。意気込んだ様子でボールをバスバスとバスケのドリブルのように突いていた。僕とは違って意欲があるのが特筆すべき点だ。
直中はふわっと、左手に持ったボールを真上に浮かせて、利き手の右手で叩く。テレビ中継で聞く代表選手のその鋭い、聞いていて気持ちが良い響き渡る音とは違い、鈍く心地悪い音だったが、描く放物線がお世辞にも綺麗とは言えなかったが何とか相手側のコートに入った。さぁ、素人たちの長くは続かないラリーの開始だ。
……と、そうそうすっかり忘れていたことがある。
僕が直中をラーメン屋に誘った話のことだ。
大方予想がついている人もいるかもしれないが、端的に言うと探りを入れるためだ。調査とも言う。聴取までは行き過ぎだろう。ラーメン屋を選んだ特別な理由はなくて、挙げるとしたらまあ僕がラーメン好きだってくらいだ。話をするならカフェとかが適しているという人もいるかもしれないが、人ぞれぞれということで。
「ふーっ……」
なんとなく息を吐いてみる。これから大変かもしれないな、と今更、そして改めて思う。
僕の視線の先には直中伊佐六がいる。
不安定なポジション取りで、如何にもバレー素人のような動きをしている直中が。
ふと僕はそれを見て思う――直中は、どうして天才と呼ばれているのだろう、と。
天才と呼ばれる所以が運動能力にはないことが判明したわけだが、だとしたら一体どんな分野が、天才的に秀でているんだろう。心底不思議でしょうがない。
普段から漫画や小説に触れている僕の、平凡で簡単な発想だと、まあ学問が思い浮かぶ。もっと言えば、数学とか、化学とか、そんな理系教科。二次創作物で天才にありがちなシーンと言えば、数学の授業中に黒板いっぱいの数式を連ねて難解問題を解いてみせたり(ついでに解説なんかも入れちゃって)、何を意味しているのか分からないアルファベットや記号を書き出したり、そんなイメージが強い。
実際、僕の世界にいた秀才・直中伊佐六もそんなことをやっていた。解説みたいなこともやっていたが、さっぱり分からなかったのは説明が下手だからか、あるいは僕たちが単純に馬鹿だからか。多分前者。であってほしい。
とは言っても、昨日の数学の時間でそんなシーンは見られなかったから今のところは明らかになっていない。
まだ可能性が絞れない段階だ。
他の可能性を言えば、芸術分野とかか。
音楽、文芸、美術、建築、演劇……パッと五つの大きな分野が思い浮かんだが、予想のしようがなかった。やっぱり判断材料がないと何もできない。これらについては特に、だ。
いっそのこと、僕が勝手にキャラ付けしてしまおうか、なんて。
「おい樫耶野危ない!」
「うぉっ!?」
突然、またもボーっとしていた僕の元にボールが飛んできたが、今度はレシーブする必要がないので、とは言え反応が送れたのでギリギリキャッチ。緩くて助かった。
「いやぁー、七伍ごめんごめん」
「……お前かよ!」
見れば、決まり悪そうに苦笑いしながら直中がこちらにボールを回収しに来ていた。おのれ、お前が犯人か。
僕は両手で持ったボールを下から上でゆったりとした動作でボールを放る。きちんと直中の胸元へ飛んでいった。
「ありがとよー……にしても本当ボーっとしてたな。直前まで気付いてなかったみたいだし。プレー中じゃないとは言っても試合中にボーっとしてるのは危ないよ」
「ああ、気を付けるよ」
ボーっとしている原因が直中にあることは、まあ気持ち悪いし言わないでおこう。
それにしても本当に、直中はどこか一体どんな風に天才なんだろうな。
直中伊佐六、お前本当に天才か?




