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第四話 執事は内心笑えない



「――あの子にはこのブローチが似合うと思うの!」


 そして二十歳になったジョゼは相変わらず楽しそうに誕生日プレゼントを選んでいる。


「お客様、お目が高いですなあ」


 宝石商が景気のよさそうな顔でジョゼに声をかけてきた。


「そちらのブローチ、先日はオズウィン王太子殿下もお気に召されていたんですよ!」

「あら、王太子殿下にお会いになられたの〜?」

「ええ、ええ。殿下もお客様のように市場をぐるりと巡られておりましてな。光栄にもご拝謁賜ったのです!」

「もうすぐこちらにもご来訪いただくのよ〜」

「おや、そうなのですね。これは出店する日にちを間違えたやもしれませんなあ」


 ジョゼも宝石商も上機嫌である。

 オズウィン王太子殿下という危惧すべき存在を思い出したアレクスを除いて。


「殿下は『まだ贈る相手が決まっていないのが惜しいなあ』と仰っておりましたよ。ワハハ」


 ワハハではない。

 アレクスはとりあえずハハハと笑い声に聞こえるような音を発しておくことにした。


「女性用だものね〜」

「質は確かなのですがなあ」

「そうよねぇ、装飾も凝ってるもの〜」

「腕利きの職人の作品ですからなあ。お客様にもお似合いだと思いますぞ」


 ジョゼお嬢様だぞ。似合うに決まっているだろう。

 アレクスは複雑な気持ちを抱えつつ、鼻だけは高くしておいた。


「私よりも似合う子がいるのよ〜。これをくださいな」

「まいどあり!」


 ここからは執事として出動するターンである。

 アレクスは慣れた様子で請求の手続きを済ませる。


「――もしやとは思っておりましたが、リンデンバーグ伯爵家のお嬢様でしたか」

「あら、自己紹介もせずに失礼してしまうところだったわね〜」

「いやいや、お嬢様に名乗らせるとはとんでものうございます! ……しかし、あのぉ……」


 宝石商は先ほどまでとはうってかわり、小声で話を切り出す。


「……うちのご領主のお坊ちゃまとのお見合い、なぜお断りになられたんです?」


 ゴホン、とアレクスが大げさに咳払いをしたとたん、宝石商はあわあわと自らの手で自らの口をふさぐ。「いいのよ〜、お気になさらないで」とジョゼはのほほんと応えた。


「私も、最初は乗り気だったのよ〜」

「ほほう」


 アレクスを押しのけ、宝石商は身を乗りだす。


「でも……私の嫁入りがあちらの条件だったのよね〜」

「ああ、お坊ちゃまはご嫡男ですから……」

「ほかのご兄弟もご結婚されるのでしょう?」

「ええ、私ども平民もそう伺っておりますなあ」

「でしょう? こちらも交渉してみたのだけれどね〜」

「お坊ちゃまは婿に行く気も、家督を兄弟に譲る気もないそうですからなあ……」

「そういうことなのよ〜」

「ははあ、とても残念です……ジョゼお嬢様のご評判はうちの領内にも広まっておりますから……」


 それはそうだろう。(器用さを除いて)これ以上の女性がこの国のどこにいるというのだ。

 アレクスの鼻は高くなるばかりだ。


「しかし、それならば……もしオズウィン王太子殿下がお嬢様をお気に召されますと困りものですなあ! ワッハッハ」


 ワッハッハではない。

 アレクスはとりあえずハハハと同じ音を三連発しておくことにした。


「そうだわ〜。アレクス、あなたにも何かプレゼントするわ! ほしいものはあるかしら?」

「ほしいもの、ですか……」


 ジョゼに笑顔を向けられ、アレクスはホッとしたような切ないような、なんとも形容しがたい気持ちを隠しつつ考えを巡らせる。


「……身分、でしょうか……今は」

「……身分?」


 ジョゼは笑顔のまま首をかしげた。


「執事を辞められたら困るわね〜……」

「困ってくださるのですか」

「……あなたがいないと生きていけないみたいなのよね〜、私……」


 アレクスの目が輝きを取り戻す。


「これほど助けてくれる執事はいないんだからねって、お父様が言っていたもの〜」


 ああ、輝きはしょせん、束の間のきらめきに過ぎなかったかもしれない。


「それに……」

「それに?」


 ――いいや、束の間ではないかもしれない!

 アレクスはジョゼが続きを言うのをじっと待つ。


「こんなにかっこいい執事はそうそういないのよって、お母様も言っていたの……」


 輝いていていいのかわからなくなった。

 ――いや、いい。ひとまずは輝いていていいはずだ。

 少なくとも、ジョゼの中でアレクスは【かっこいい】と分類されている。

 そこだけは、胸を張って目を輝かせ、喜んでもいいはずだ。

 アレクスは脳内の引き出しを片っ端から開けてはひっくり返し、ジョゼに返すべきであろう言葉を探す。

 だがなかなか見つからない。

 とうとう先に口を開いたのはジョゼだった。


「アレクス、どうして子犬のような顔をしているのかしら?」

「……まさに……現在の私の気持ちといたしましては道端に捨てられかけている子犬そのものです」

「このブローチはどう?」

「こちらのブローチは身分も下賜されるのでしょうか」

「さっきから何を言っているのあなた? とりあえず買っちゃうわね」

「え、いえ、私にはお気持ちだけでじゅうぶんでございます!」


 アレクスが止めるにはすでに時が遅かった。「まいどあり!」という宝石商の声が号令になり、アレクスはやはりどうにも形容できかねる感情のまま、ただただ執事根性で請求の手続きを済ませるのだった。



「――今日はオズウィン王太子殿下がお見えになる日ね〜!」


 この朝の青空のように晴れやかなジョゼの表情とは裏腹に、アレクスの心は二度目の死を迎えていた。

 アレクスの襟元に輝くブローチだけが彼の生気を放っている。


「領内のご案内は旦那様直々になさるとのことです。昼餐会の計画もございましたが、オズウィン王太子殿下のご所望で、領内各地のものをお召しになりながら巡られることになりました」

「それなら心配はいらないわね〜。お父様は私以上に領内のことをわかっているものね!」


 こちらは心配だらけです。その泣き言がアレクスの口から抜け出ることはなかった。


「晩餐会の支度は……」

「恐れながら、奥様のご意向により、お嬢様はセッティングのご指示だけなさればいいとのことです」

「つまり私の仕事は終わっているというわけね……」

「左様でございます」


 ジョゼの母であるリンデンバーグ伯夫人から「あの子に花や花瓶やクロスや食器を触らせちゃダメよ。絶対ダメよ」とアレクスはきつく言われていた。

 そしてその命令どおり、アレクスはジョゼに使用人への指示出しだけさせたのだった。

 晩餐会を予定している客間は、それはもう文句のつけどころがないほど見事に演出されている。


「食後のケーキを焼くお手伝いでもしようかしら」

「恐れながら、お嬢様が焦がしたケーキの数はかれこれ百を超えております」

「……何かを見誤っただけかもしれないじゃない」

「これは私めの持論ですが、ケーキ作りに向いている人間は、ケーキを焦がした十回目あたりで何を見誤ったのかおおよそ見当がつくものと思われます」

「ゲストルームのセッティングで忘れていることはないかしら」

「先ほどお嬢様自ら私を連れてご確認なさったばかりでございます。完璧なセッティングでございました」


 アレクスの脳裏にはすさまじい剣幕のリンデンバーグ伯夫人のご尊顔が浮かんでいる。「とにかく触らせちゃダメよ」という命令とともに。





お読みくださりありがとうございます。

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