8. 親族に色々伝える②
洗練された王都に、暑苦しい男たちが大量にやってきた。
「デイジー! 父さんからの手紙だ。精鋭も連れてきたぞ!」
「あちゃー」
「あーあー」
漁も狩猟も対人戦もいける猛者たちが反復横跳びでアップを始めた。
「お嬢、いつでも王宮に攻め込みますぜ」
「いやいや、ちょっと待って」
デイジーとグレン叔父は頭を抱えた。
人って、周りが暴走してると冷静になれるんだなあ。デイジーはしみじみと思った。
兄マイルズの話によると、領地はもう決起しているらしい。
まず、デイジーの祖父が浜辺で領民たちに檄を飛ばしたらしい。
「ワシの目に入れても痛くない孫娘デイジーに。王家め。王家が王族としてふんぞり返っていられるのは、誰のおかげだと思っているんだ。あやつらが呼べもしない双頭のワシを、毎回呼びよせてやっているのは誰だと思っているんだ」
「リュベナー領主一族だー」
吠える領民たち。
次に祖母。
「皆の者、落ち着くのです。これはデイジーの漁。デイジーの策を待ちなさい」
「はーい」
ちょっと落ち着いた領民たち。
長兄が父に進言する。
「デイジーの策を待つにせよ。デイジーがいざ動くとなったら即座に支援できるよう準備するのが我らの務めではありますまいか」
「その通りだ」
父は領民たちに覚悟を問う。
「決死隊を王都に送る。デイジーを支え、デイジーの策を実行し、デイジーを領地に連れ戻るのだ。誰が行く?」
「オレが行く。行かせてくれ、父上。デイジーが幸せに結婚するまで誰も娶らないと誓ったオレが行くべきだろう。オレの命に代えてもデイジーを守る」
「よく言った、マイルズ。では行け。行って、デイジーと共に王家を潰してこい」
「応」
マイルズは拳を振り上げ、領民たちは泣いてそれに続いた。
リュベナー一族の雄たけびに、鳥たちが一斉に大空に羽ばたいたそうな。
マイルズが臨場感たっぷりに説明してくれた。
「それで、決死隊と共に王都に来たってわけさ。いやー、王都、都会だなー。王家潰す前に王都見学して、母さんたちにお土産買おうぜ」
「「おい」」
デイジーとグレン叔父はマイルズに突っ込む。
熱しやすいが、割とどこか冷静でいられるのは、リュベナー一族のいいところかもしれない。デイジーは久しぶりに会う兄を見ながら思った。
「決死隊たちもさ、都会は初めてだから。死ぬ前に楽しませてやってもいいだろう」
「いや、死ぬような策は作らないからね。誰も死なせないから」
「あ、そうなん? 刺し違えてでもヤル覚悟かと思ってた。なーんだ」
「マイルズ兄さんってば。縁起でもないこと言わないでよ。夜会での婚約破棄イベントで返り討ちにしてギャフンと言わせるぐらいだから」
「おお、いいぜ。楽しそうじゃん。いずれにせよ。王宮の見取り図がいるな。王都全体の詳細な地図も。川や湖の場所、衛兵の巡回スケジュール、騎士の練度なんかも調べるか」
マイルズがしれっと物騒なことを言っている。
「そこまで必要? 王宮には攻め込まないよ」
「必要。いざという時のために、切り札は複数ある方がいい。オレに任せておけ。お前が好きに暴れられるように、オレたちが場を整えておくから」
「マイルズ兄さん、ありがとね」
「何言ってんだ。水臭いな。あのアホ王子をぶちのめせるかと思うと、腕が鳴るぜ。デイジーが流した涙の数だけぶん殴ってやるからな」
「うん。それすると、あいつ死んじゃうかなー」
「そうか。そんなに泣いたか。まあ、泣け泣け。泣いて忘れろ、あんなアホ」
マイルズの大きな手がデイジーの頭を優しく叩く。
「今日は宴会な。決死隊の皆が、デイジーと飲むのを楽しみにしてる。父さんから酒もらってきたぞ」
「いいな。屋敷の使用人も全員入れて、無礼講にするか。使用人たちもデイジーのことでうっ憤がたまりまくってるから、いい機会だ」
「そういえば、領地ではよく無礼講の宴会やってたよね。王都ではやってないような? なんで?」
デイジーの疑問にグレン叔父が肩をすくめる。
「お前が王子妃教育で息も絶え絶えだったからだ。王都での生活に慣れるのも四苦八苦してただろう。辺境女子たちと友だちになってからは、空き時間は彼女たちと過ごしてたしな」
「あ、そっかー。なんかごめん」
「謝ることはないさ。新しい環境になじもうと必死だったろう。そっと見守るだけにしたんだ」
「さすがグレン叔父さま。鳥のことも、私のことも、よく分かってらっしゃる」
忍耐強いグレン叔父は、鳥に詳しい人だらけの領地でも群を抜いて鳥に信頼されている。距離感が絶妙だからだろう。
人数が多いし、天気もいいので庭でたき火を囲み、魚を焼き、領地の酒を飲むことになった。グレン叔父の音頭で宴会が始まる。
「皆の者、デイジーの危機にはるばる集まってくれてありがとう。王都にいる者たちも、今までデイジーのことでやきもきしていたと思うが、よく耐えてくれた。デイジーに思いのたけをぶつけてくれていいぞ。ただし、少しずつな。デイジーも全員から一度に言われると困るからな」
笑いが起こり、雰囲気が和やかになる。
「今日は無礼講だ。酒も魚もたっぷりある。楽しんでくれ」
そう言うと、グレン叔父は杯を力強くかかげた。
「それでは、デイジーの華麗なる復讐と幸せのために。乾杯」
「乾杯」
グラスが空くと、早速質問が飛んでくる。
「それで、お嬢をそんなやつれさせた男は、いったい何様なんです?」
「だから王子って言ってんだろうが」
すかさず周りから指摘が入る。
「王子ってことは分かりました。でもねえ、そいつは双頭のワシを呼べるんですけい?」
「呼べない。呼べるわけない。カワセミとヒヨドリですら見分けられないもん」
「っかー、なっさけねー。そんな間抜けにデイジーお嬢さまが釣り合うわけがねーわ」
「そうだそうだ」
男たちが野太い声で同意する。
「それで、その抜け作はお嬢になんの羽根をプレゼントしたんです?」
「うっ、なにももらってない」
「なんだってー」
男たちが立ち上がった。
「いや、ちょっと待って。王都にはそういう風習がないんだ」
デイジーの言葉に男たちが騒然となる。
「なんだってー? じゃあ、じゃあ、男はどうやって好きな女に気持ちを伝えるんすか?」
「え、それはー、花束とかじゃない、かな?」
「ほーん、花束。なるほど」
「お嬢はどんな花束もらったんすか?」
「うっ、花束、はもらったことないけど。あ、でもでも、夜会のドレスにさすバラのコサージュならもらったよ」
「お嬢、それちょっと違くないすか」
「お嬢、それちょっと義務っぽくないすか」
「お嬢、それちょっとついで感が強すぎないすか」
「うすうす気づいてたけど、改めて言われると、そうかも」
見ないフリをしていた真実に直面しがっくりとうなだれてると、男たちが慌てふためいている。
「おまっ、バッカ。お嬢をこれ以上傷つけてどうする」
「ちったー、気をつかえや、アホ」
「おい、誰か、どっかから花、ほれ」
すると、精悍な軍団のなかから若い男がサッと立ち上がった。
「あ、俺が行きます!」
若者は宴会の輪をぬけだしてどこかへむかっていった。
ヒソヒソ声とたき火のはぜる音。
しばらくするとうつむいたデイジーの顔の下に小さな花束が差し出された。
色とりどりの小さなかわいい花がいっぱい。
「デイジーの花がたくさん」
「温室に咲いてるのをもらってきました」
「ありがと」
「どういたしまして。お礼なら、庭師のじいさんにもぜひ」
「じい、ありがと」
「なんの。この日のために色んなデイジーを世話してきたようなもんですわい」
ふぉっふぉっふぉっと笑う庭師のじいさんの肩を男たちが次々叩く。
「あなたも、気を遣わせてごめんね」
「いえ、とんでもないです」
花束を渡してくれた青年はちょっと赤くなって、男たちの群れに戻っていった。
「見たことない人もいるなあ」
「お前がいない間に新しい領民も増えたからな」
マイルズが酔っぱらってる男たちを見渡す。
知ってる人と知らない人が半々ぐらいだなとデイジーが思っていると、トントンと肩を軽く叩かれた。振り返ると使用人がずらっと列を作っている。
「デイジーお嬢さま、あたい毒のある魚とか貝に詳しいの。もしあれでしたら、毒をあれしますんで。ええ」
「お、おお。ありがと。えーっと、そうだなー。あ、エリカに相談してみるね。使うかわかんないけど」
「はい」
ペコリと頭を下げ、満面の笑顔で飲みの輪に戻って行った。
「デイジーお嬢さま、あたしゃ魚屋によく魚を売りつけにいってんですけどね。そこで色んな屋敷の使用人と顔見知りになってんです。もし、お嬢さまが知りたい貴族とかあれば、聞いてきますんで。ほら、あの、似顔絵とかあるんですよね」
「あ、ああ。よく知ってるね。あ、そっか。みんな耳いいもんね。分かったー、あとで似顔絵まとめておくね」
「お任せくださいませ」
満足気に拳を握りしめ、列から外れる。
「デイジー、言い忘れてたけどさ。わたし色んな貴族夫人たちと野鳥を見る会やってるのよ。わたしが先生役なんだ。野鳥を見る合間に、不倫や浮気してる男女をこっそり観察してみんなで楽しんでんのよ。これからはルークとフィービーを集中的に追跡しようかと思ってさ」
「ちょっとハーパーさんまで何並んでんのよ」
「あら、順番は守らないと」
ハーパーさんは楽しそうに笑いながら、グレン叔父の隣に向かう。
その後も、使用人たちからの多岐にわたる申し出を、デイジーはひたすら聞いた。
「お前、愛されてんなあ」
「ほんとだよ。ありがたいなあ」
デイジーはちょっとしめっていた目をハンカチで拭いた。




